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ノア(仮)  作者: 直方 諒
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使者

冒頭800字程度を、前話『売買』の終盤に移動させました。

『それで、その少年は本当に死霊術師(ネクロマンサー)なのか?』

『まだわかりません。連れている人形も自動人形(オートマタ)と区別がつきませんし、出歩き先も錬金術師(アルケミスト)として不自然がありません。』

『この際、死霊術師でも錬金術師でもかまわん、一度本人に接触してみろ。』

『しかし、接触しようにも…。』

『馬鹿者、せせこましく尾行などするから警戒されるのだ。

 堂々と正面から近付けばよいではないか。』




 二軒目の目的地の商店は、拠点の館のより近くにある。

 買い出した素材が荷物になることを見越して、遠くの店から回ったのだ。

「次の店に向かう前に、食事にしないか、ノア。」

 人通りも屋台も多い通りに出た所で、リトが昼食の提案をしてきた。

 遠くでカーンカーンと教会の鐘が鳴り、昼を告げている。

「そうだね、おれもお腹がすいた。」

 食べ盛りの腹の虫が、昼食の気配にくーと鳴く。

「このあたりならば店も多いし好きなものが食べられるぞ。

 何がいい?」

 問われて考えてみるが、ノアはいつも入った店のメニューや屋台に並ぶ料理を見て食べるものを決めるので、これといったものが思い浮かばなかった。

「うーん、リトのおすすめは何かある?」

「そうだな、私がよく利用する食堂が近い、そこに行くか。」


 リトが案内してくれたのは、店構えは古いが手入れの行き届いた、テーブルが四つとカウンターに椅子が六つ並んだ簡素な店だった。先客はカウンターに一人とテーブルに二組。

「らっしゃい。いつもので?」

 一人で店を切り盛りしているのか、奥の厨房から大きな声がかかる。

「今日は連れがいる、メニューをもらうぞ。」

 よほど馴染みの店なのだろう、勝手知ったるとばかりにカウンターからメニューを取り上げ、リトがテーブルにノアを促す。

 ノアはライラと共に壁側に座り、ライラの隣にヒューマンのスケルトンを立たせた。

「ノアは好きな物を選べ。」

 言われて、渡されたメニューに目を落とす。

 リトは『いつもの』を頼むのだろう。ノアの隣に座ったものの、メニューを覗く気配もない。

「これにしようかな。」

 一通り目を通して、目についた料理をメニューを指差して示す。具沢山のスープ料理だ。今日はいい天気で日差しは暖かいが、空気がひんやりする。こういう日は腹から温まるものがいい。

「一品で足りるのか? 肉料理でも頼んだらどうだ。」

 ひとつ頷いてから、リトはさらに別のメニューを指して見せた。

「どのくらいの量かわからないし、余らせたらもったいないから、足りなかったらまた頼むよ。」

「そうか?」

 もう少し頼んでおいていいと思うのだがなと呟きながら、リトがカウンターに向かい店主に伝えてくれる。

「ひとりで大変だな、女将はもう少し安静が必要そうか。」

 注文のついでにリトが店主に話しかけた。

「へい、初産ですし、大事を取ってまだ半月は休ませてやりたいと思ってやす。

 まあ、もうしばらくしたら、倅と一緒に店にも顔出しまさ。」

「男の子だったな。何か祝いを贈りたいが。」

「とんでもねえ、旦那が食いに来てくれるだけで十分で。」

 店主とリトの言葉を拾うに、おめでたい話らしい。

 察するに、さすがにいつもひとりで店を切り盛りしているわけではなく、今は奥方がお産で静養しているから人手がないのだろう。

 他の客もそのあたりの事情はわかっているようで、出来上がった料理を運ぼうとする店主の元に、それを待っていたテーブル席のうちの二人組のひとりが受け取りに行った。

「こりゃすいやせん。」

「いいから大将、次作っちゃいなよ。」

 笑顔で店主に声をかけると、盆に載せた皿から揚げ物をひとつ頬張りながらその客はテーブルに帰っていく。自分達のテーブルに皿を並べ終えると、盆をカウンターに返してまた席に戻った。

 この店の常連で気心が知れているのだろうか、随分と良心的な客だ。

 恐縮しながらも、店主も手際よく次の料理に取りかかっていた。それを横目に見ながらリトもテーブルに着く。

「なー、大将。赤ん坊連れじゃ女将さんも大変だろうから、誰か雇ったら?」

 カウンターの客が麺料理を啜りながら厨房に話しかける。

「そんな流行った店じゃないですからね、嫁とふたりで回すのが相応ってもんですよ。

 でもまあ、確かに、誰かいい人がいたら嫁の手が空かない間入ってもらいたいですねー。」

 はははと笑う店主が、湯気の立つスープボウルと、魚のソテーのような料理と焼いた野菜を盛り付けた皿、小篭に入ったパンを盆に載せて運んできてくれた。

「さ、熱いうちにどうぞ。」

 ノアの前に置かれたスープボウルには芋や豆や根菜と共に塩漬けの肉が盛り付けられていて、思ったよりもたっぷりとボリュームがある。これならば一品で十分お腹がふくれそうだ。

 リトの前には魚と野菜の皿とパンの小篭。

「リトは魚が好きなの?」

 ソテーを見ながらノアが訊けば、リトは薄く唇を上げて答えてくれる。

「魚も好きだが、これは店主任せのメニューだ。」

 そういえば、リストの一番下に『お任せ』という文字があった気がする。

 メニューに悩むこともなく色々な料理が味わえて、面倒くさがりのリトにはぴったりなのかもしれない。

「さて、温かいうちにいただくとしようか。」

 リトの言葉に、ノアもスプーンを手に取った。




「食事は足りたか? 物足りなければ屋台ででも何か…。」

「ううん、ちょうどいいくらいだったよ。」

「そうか? ノアは育ち盛りだろう、もう少し食べてもいいと思うのだが。」

 店を出て歩きながら、リトがノアを気遣ってくる。

「これ以上食べたら動けなくなっちゃうよ。

 それにしても、今のお店の料理美味しかったな。値段も手頃だし、もっとお客さん入ってもいいと思うんだけど。」

 ノア達がいる間、カウンターにもうひとり入っただけで、店主の言葉にもあったが、あまり流行っているようには見えなかった。落ち着いて食べられて良かったが、料理の味が良かっただけに不思議だった。

「ああ…故人をどうこう言うのは気が咎めるが、先代が少々評判が良くなくてな。急な不幸で跡を継いだ娘が苦労している。

 店主は娘婿なのだが、腕もいいしよく働く気のいい若者だからな、これから客も増えていくだろう。」

 そんな話をしているうちに、屋台や商店の多く並ぶ大通りから、露店の広がる広場に入る。

「少し見ていくか?」

「うん。」

 リトが気安く誘ってくれるのを見るに、どうやら今のところ尾行の再開もないようだ。ノアはそれに応じると、早速近くの露店を覗いていった。




「見目の良い人形を連れた少年…なるほど、それなりに目立つ特徴だな。」

「…あの…?」

「その身形は教会の者だな? 何用だ。」

 露店を巡るノアの前に現れたのは、黄色のローブを纏った背の高いエルフの男だった。

「そっちの兄さんには用がない。俺達が用があるのは坊やの方だ。」

「シーマ、失礼よ。

 はじめまして、ノインスファルス卿、タッセル少年。(わたくし)はセルディア、連れはシーマと申します。」

 同行のエルフの女性もまた同じ色のローブを身に纏っている。

 教会に属する者は、社会的地位も高くなり責任の重くなる高位者を除き、基本的に姓を名乗らない。名乗る場合は姓の代わりに所属する教会の名を宛てる。それもないということは、彼らはこの街の教会に属する僧侶(プリースト)なのだろう。

「私共は教会執行部から、そちらのタッセル少年の調査を命じられて参りました。」

「昨日からこの子についていた尾行と出元は同じか?」

 ふたりを遮るようにノアの前に立つリトだが、接近を許したということは今のところ危険な気配はないようだ。リトにもふたりにも、それほどの緊張感はない。

「はい。その節はご無礼の段ご容赦ください。」

「そうそう、こそこそと探ってたら兄さんに追っ払われるってんで、仕方なく俺らが直接出てきたって訳だ。」

「無駄口が過ぎるわよ、シーマ。」

 セルディアと名乗った女性の言葉に、シーマと呼ばれた男は首を竦める。

「堂々と出てきたということは争う意思はないと見ても?」

「ええ、私共の目的は、あくまで調査です。」

「調査の内容は?」

「現段階ではお答えできません。」

「迷惑だと言ったら?」

「私共も仕事ですので、そう簡単に帰るわけにもまいりません。

 また排除されては困るのでご挨拶に伺っただけで、これ以降はご迷惑にならないよう離れて観察させていただきます。行動を阻害する意図はありませんので、どうかお買い物を続けてください。」

「こちらも訊きたいことがあるのだがな。」

「お答えできる範囲のことであればなんなりと。」

 淡々と返したセルディアの言葉に、リトが少し驚いた顔をする。

「わざわざ『秘匿案件』で尾行を雇っていたようだが、いいのか?」

「教会からの依頼は全て『秘匿案件』として仲介ギルドを通ります。意図的なものではありません。」

 冷静に返すセルディアに、リトが小さく頷いて口を開いた。

「ふむ。ではひとつ。尾行者に特殊な魔法衣(ローブ)を貸与していたようだが、何か知っていることは?」

「は? 特殊なローブですか?」

「多分これのことだろ。胡散臭い、魔除けのローブだとかいうやつ。」

 シーマの荷物からばさりと抜き出されたのは、灰色がかった白いローブ。午前中に尋問した男の着ていたのと同じものだ。

「ああ、魔法を通さないというあれか。何故こんなものを?」

「荷物に入れときゃ一応の魔法(たま)避けになるからな、任務で外出する時には借りるようにしてる。」

 セルディアは本当に忘れていたようで、これが何か? という顔をしている。

「そのローブは、教会では珍しいものではないのか?」

「聖具扱いで一般には公開しておりませんが、比較的数もあり、持ち出しやすいものです。

 教会関係者であれば希望すれば貸与されます。」

 しかし、外部に貸与するとは、規律違反ではないのか…セルディアが渋い顔をしている。どうやらこのふたりも、大して情報を持たされていないようだ。

 ともあれ、貸与は教会関係者の手配であることは確かなようだ。それはもちろん、テルザとネイヴを襲撃させた者も教会関係者だろうということの裏付けを強めることにもなった。

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