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ノア(仮)  作者: 直方 諒
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歓談

 何故、現行の死霊術師(ネクロマンサー)はリッチと化するのか。

 何故、旧来のネクロマンサーはリッチ化しなかったのか。

 何故、テルザはリッチ化して、老師はリッチ化しなかったのか。


 ネイヴはつい先日までテルザの座っていた揺り椅子で、コーヒーのカップを傾けながらゆっくりと思考を巡らせていた。

「老師は確かに使役術を好まない方だったが、それでも幾度かは使役する所を見せてくれていた。

 やはり強い未練なのか、他にも条件があるのか…?」

 リッチ化の要因は、まだ明確な答えには至らない。

 リッチになっても魔物(モンスター)化しない条件は不確定ながら固まってきたと思う。しかしそれは、ネイヴの望む完全な形ではない。

 リッチ化してなお理性を失うことなく魔術も使役も為す…不死への挑戦とも言える命題故に、そう簡単に解けるものでもないことはわかっている。

 しかし、ノアは使役については解決してみせた。

 不可能とは人間が決める限界だ。可能性は必ず存在するはずなのだ。そうして、魔法は発展してきたのだから。


 ネイヴはまた思考の海に意識を投げる。諦める気など毛頭ないのであった。




「お久しぶりです、ゴーンツ猊下。」

「これはこれは、何年ぶりになりますかな、アークシェル司祭。」

 カークはさっそくこの地域を取り仕切る大教会に出向き、いつもは断る僧らの勧めに従って、責任者であるゴーンツ枢機卿との面会を果たしていた。

(けい)はいつも忙しそうで、大教会(こちら)に来てもすぐに帰られるから、着任の挨拶もできぬままでしたな。」

「これは申し訳ありません。

 私など些末な僧が猊下のお手を煩わすのも恐縮で、早々にお暇しておりました。」

「大陸随一のヒーラーと名高いアークシェル司祭が、謙遜が過ぎますでしょう。」

「私は在野の一信徒に過ぎません、猊下。」

 にこやかな笑顔で社交辞令を済ませ、カークはゴーンツを観察する。

 枢機卿になって約4ヶ月。大教会内部の改革を推し進め、教会の地盤を強固なものにしていることは窺い知っていた。

 こうして数年振りに直接相対してみると、やはり宗教家というより、野心家の政治家という印象が強い。

「実に惜しい。卿が野に下られたことは教会の大きな損失。

 今からでも教会に戻る気は起こりませんかな?」

「私は、野に在ってこそより多くの人々のために神より賜った癒しの力を使えると信じて教会を辞した身です。

 身に余る猊下のご厚意有り難く存じますが、今更私などが教会に戻っても、軋轢を招くばかりかと。」

 今でも度々教会付きに戻らないかという要請が来る。その度に繰り返してきた返事をおうむ返しにして、カークはゴーンツに答えた。




「う~、なんで俺が机で書類仕事してるんだよ~…。」

「それが貴様の本来の仕事だ。いつもはカークが手伝ってくれているだけだぞ、甘ったれるな。」

 カークが急遽数日をかけて大教会に赴くにあたり、普段免れていたデスクワークをやるはめになり、アルが執務机に着いて呻いていた。

「俺は机に向かってるの向いてないんだってば~!」

「近日中に可否を通達するものの中から、後は確認して判なりサインなりするだけになったものしか置いていない。

 そこまで進めてくれているカークに感謝してさっさと片付けろ。」

 応接テーブルで同じく書類に向かうリトに叱責されながら、アルは嘆く言葉とは裏腹にそれなりに手際良く書類を片付けていく。

 アルも一時期宮仕えしていたことがある。その時に書類仕事も一応こなしていた。出来ないわけではないのだ。

 それがわかっているから、リトもアルに言葉で檄を飛ばすだけで、視線を向けての手元のチェックまではしない。


「アル~、リト~、お茶の時間だよ~。」

「おおぅ、天の助け! リト、お茶休憩くらいは良いよな?」

 アルの手元の書類が九割方片付いた頃、メイが執務室のドアから顔を覗かせた。

「茶の時間までには済ませたかったが仕方ない。

 メイ、連れて行ってもいいぞ。」

「リトは行かないの?」

申請書類(これ)を片付けてしまいたい。大した量ではないからな、私が済ませておく。」

 執務机の上の書類を指差し、リトは席を立った。

「わかった~。後でねリト。」

「サンキュー、リト。メイ、今日のお茶請けは何だった?」

 そそくさと執務机から離れたアルの後を受け、自分の片付けた書類を机の端に置いてリトがその席に着く。脇に置かれたペンとインク瓶を片付け、そこに応接テーブルで使っていた承認用の印章を置くと、リトは書類に向き合った。

 添えられた資料に素早く目を通し、確認をして判を捺していく。

 数件分の書類を片付けた頃。

 コンコンコン。ドアを叩くノックの音。

「どうぞ。」

 資料から目を離さないまま、リトは入室を促した。

「リト、お仕事中にごめんね。」

「ノアか、どうした?」

 かかった声に顔を上げれば、入り口にはノアの姿があった。

「お茶、持ってきたんだ。

 お菓子もクッキーだったから、手を休めずに食べられるかなと思って。」

 トレイに乗せたティーセットと数種類のクッキーの並べられた皿を見せ、ノアが机に置いてもいいか尋ねてくる。

「ああ。済まないな。」

 応接テーブルで紅茶をカップに注ぎ、クッキーの皿と共に書類から少し離れた場所にそれを置くと、ノアが照れたように笑う。

「いつもリトが差し入れてくれるから、たまにはおれも、ね。」

 確かにいつもとは逆だなと、リトが少し唇の端を上げる。

「ありがたい。ちょうど喉が渇いていた。いただくとしよう。」

 紅茶に口をつけ、書類に目を通しながら、今日は工房に篭っていなかったのだなとリトが問うと、朝からラウンジでテルザに色々と話を聞いていたのだと答えが返ってくる。

「そうか。テルザからは術を見習うことはできないが、得るものがあるか?」

「うん、色々と勉強になるよ。

 やっぱり正統に死霊術(ネクロマンシー)を受け継いだテルザさんは術に対する造詣が深くてね、話を聞かせてもらうだけでも為になる。

 特に占術と呪術に関しては、おれって独学だけにまだまだ不勉強だったんだなと痛感したよ。」

 自分も応接テーブルで紅茶のカップを傾けながら、ノアは邪魔になっていないかなとリトの手元を窺いつつ、彼の質問に答える。

「それは幸いだ。

 …よし、一段落ついた。ノア、そちらに行ってもいいか?」

 空になったカップと二、三枚減ったクッキーの皿を持ち、リトが応接テーブルに移ってきた。

 リトのカップに紅茶のお代わりを注ぐと、彼を見る。

 基本的に表情に変化の少ないリトだが、それでもわずかに微笑んでいるように見えた。

「アルがもう机仕事はイヤだーってぼやいていたよ。

 今日は忙しかったんだ?」

「毎週この日の昼前後に役人が書類を受け取りに来るのでな。

 カークは来週に回しても問題ないと言ってはいたが、もう片付いているも同然のものが多かったから、たまにはアルにも頭を使わせてやろうと思ったまでだ。」

 クッキーをつまみながら澄ました顔で実情を話すリト。

「リトって働き者なんだね。」

「いや? 私は基本ものぐさだと自分では思うが。

 面倒なことは、やらないか、いつかはやらねばならないことならばさっさと片付けるだけのことだ。

 それに、働き者ならば、アルを道連れにせずひとりで仕事をするだろう?」

 働き者とは文句も言わずに面倒事を引き受けてくれるカークのような奴のことだ。リトはそう言って、クッキーを流し込むように紅茶を啜った。




「ノアが来てからリトが働き者だなぁ。」

 同じ頃、ポリポリとクッキーをかじりながら、アルが誰に言うともなくノアと同じようなことを呟いていた。

「午後も一緒に素材屋に付き合う約束なんだと。」

「あら、彼は元から面倒見は良いわよ?」

 彼のカップに紅茶のお代わりを注いでやりながら、フォンが言葉を返す。

「ネイヴ=ミザレからも、ノア君の単独行動は控えた方がいいと忠告を受けているんでしょう?」

「そうね。彼の読みの深さは信頼に価するものがあるから、私もネイヴに賛成だわ。

 リトには、ノア君を守ってあげて欲しいと私からもお願いしたのよ。」

 問いかけるミシェが差し出した皿からもう一枚クッキーをもらいつつ、テルザも続ける。

「リトは前線依頼こそ面倒がるが、ディアザルテ(うち)の中でも腕利きだからな。」

 ジンジャーの効いた甘さ控えめのクッキーを楽しんでいたディノも、フォンに自分にもと紅茶のお代わりをと頼みながら会話に加わった。

『そうなんですね、頼もしいです。』

「うん、リトは強いんだよ。アルとどっちが強いかなぁ?」

「戦い方が違うから一概には言えないけど、まだまだリトの方だろうな。

 筋力とかの地力ではもう競り負けないとは思うが、俺は魔法使えないし、リトの方は魔法剣士だからな。」

 ライラの手話にメイが人差し指を立ててにっこりと笑って応えると、それを受けてアルがぽりぽりと頭を掻きながら思案する。

「え? アル無茶苦茶強いよな。リトってそんなに強いのか…。」

 その言葉に、ウィルが素直な驚きの表情でアルを見詰めた。

「ああ、ウィルはまだリトと一緒に戦闘に出たことがなかったな。

 単純な強さももちろんあるんだけどな、魔法の使い方がまた上手いんだよリトの奴。」

「あまり戦闘には出ないから、いくら強くても宝の持ち腐れだけどね。」

「辛辣だな、ミシェ。」

 ディノが苦笑すると、フォンがくすりと微笑んだ。

「ウィルがアルみたいな戦士を目指しているように、ミシェはリトのファンだものね。

 同じ魔法剣士としての彼の勇姿に憧れてディアザルテ(ここ)に来たのに、リト本人は滅多に前線に出ないなんてがっかりなのよね?」

「いきなり何を言い出すのよ、フォンったらもう…。」

 フォンの暴露にミシェが気まずそうに言葉を濁すが、そのこと自体を否定はしない。

「そう言や、リトの鎧姿はしばらく見てないな。」

「最近はいつも魔法衣(ローブ)姿だものね。鎧が埃を被っていそうだわ。」

 そんなことを話しているうちに、元気な足音が聞こえてきた。

「たっだいま~♪ ねー、お菓子残ってる~?♪」

「おかえりなさいレノ。もちろん貴女用に残してあるわよ。

 手を洗っていらっしゃいな。」

「うん♪ ありがとミシェ♪」

 朝から採集に出ていたレノが帰って来たのだ。

「クッキーくっきー♪ ミシェのクッキーはおいしーの~♪」

 すぐに荷物を置いて手を洗いに行くレノの即興の歌に、みんなの顔に笑みが浮かんだ。


「あ、そうだ、俺また城から呼び出し食らったからよ。支度ができ次第テルザと一緒に出てくるわ。

 ミシェ、俺とウィルとで行くはずだった午後からの仕事任せていいか?」

「もちろんよ。街外れの雑魚魔物(モンスター)の掃討要請だったわね。

 役不足なくらいよ、問題ないわ。」

「おう、サンキュ。

 特に何もなければ帰りは明後日かな?」

 リトには執務室で仕事をしていた時にもう伝えてある。

 カークもいないしみんなを頼むわとディノに言い、アルはぐるりとメンバーを見回した。

 トコトコっと早足で戻ってきて席に着いたレノも確認すると、アルは口を開く。

「掃討の仕事の補助にメイは残るっていうから、よろしく頼むな。」

「せっかく自由に動けるようになったんだもん、私もお仕事したいからね。」

 メイは治癒よりも身体能力強化の補助魔法の方が得意な、僧侶(プリースト)の中でも付与術師(エンチャンター)強化師(バッファー)と呼ばれている職能持ちである。

 同じく付与術師(エンチャンター)であるライラやオークにおける似た職能持ちの巫術師(シャーマン)であるディノ、現在は前衛から離れて治癒魔法や補助魔法の取得に励んでいるリトもいるから任せても良かったのだが、テルザをアルとふたりにしてあげたい想いもあり、メイは留守番を選んだ。

「メイ、もう大丈夫だとは思うけど、具合とか悪くなったらノアを頼るんだぞ。」

「うん、わかってる。ライラちゃんもいてくれるし大丈夫だよ。

 気をつけて行ってきてね。」

「帰りはお土産よろしく~♪」

「テルザ、城下に行くのなら…。」

「ええ、何か目新しくて貴女に似合いそうなものがないか見てくるわ。

 人前に出るんだもの、流行は大切よね。」

「ありがとう。お願いね。」

 ふんわりと微笑み合うフォンとテルザを見ながら、ウィルがこそこそとミシェに問いかけた。

(なあ、フォンってアルのこと…。二人とも平気なのか?)

(野暮なこときいてるんじゃないわよ。)

 ノータイムでピシャリと断じられ、ウィルが首を竦める。

(うむ、今のはウィルが無神経だな。)

 ウィルの隣にいたディノにも聞こえていたらしく、席を立って和やかに見立てを相談している二人に視線を向けて彼女達に聞こえていないのを確認してから、もう一言添えた。

(すべてはあるがままだ、我々が口を挟む問題ではない。)

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