対話
「うん、この地方全体の教会の長にあたる枢機卿が変わって教会内で改革と混乱が生じているという話は聞いているよ。」
執務室には、テルザから詳しく話を聞いたアル、屋台の主人からの情報を報告するリト、教会について内情に詳しいカークの三人が集まっていた。
「随分と革新派で、内部人事も大きく入れ替えたみたいだし、保守派との衝突も無視して物事を推し進めているから、反発も大きいようだね。」
「どんな人物なのだ?」
「戦後、教会が力をつけるのに尽力してきた一人だよ。
ゴーンツ枢機卿は、政治的手腕は優秀だけど、魔術的能力は正直それ程でもないそうなんだよね。
だからこれまで高い地位には就けなかったという話なんだけど、それなりに平和になった今では、あまりにも右翼志向がひどくて中央では煙たがられて、栄転という名目で地方に飛ばされたっていう噂だね。」
教会はネクロマンサーを糾弾する形で戦役の哀しみに暮れる人々への求心力を発揮してきた。
その中心人物の一人だというのだ、疑わしいと言えば疑わしい。
「彼ならば、資金集めのために僧兵を増やしているという話は信憑性があるよ。
でもまさか、テルザの件に関わっている可能性があるとは…。」
間借りなりにもカークは僧侶だ。いくら教会の上層部を信用していないとはいえ、聖職にある身が婦女暴行を装った暗殺を企てたなどとは、さすがに信じたくないのだろう。
しかし、内心ではあり得ると納得している自分がいることに、カークは客観的な視点で気付いていた。
「テルザを襲った暴漢のリーダー格の男は、所持していた聖具を随分と信頼していたらしいからな、お偉いさんが用意したもんなら納得がいくんだよな。」
「憶測で物を言っても仕方ない。可能性の一つとして覚えておこう。」
「ぼくも教会の内情を調べてみるよ。」
リトが締め括り、カークが応じて、その場の話は終いとなった。
ノアの使役するスケルトンは、ライラを除いて三体になる。
雑務で手の空かないカークと彼に捕まったアル、鍛冶工房から出てこないトマ、お菓子作り中だったミシェと彼女を手伝うフォン以外のメンバーが錬金術工房に集まって、その使役体を御披露目することになった。
「いずれも元々はネイヴがおれの所に送り込んできた、身元不明の戦士達だよ。
傭兵をしていた人達だと思うけど、随分と腕の良い人達だったみたいでね、心強い旅の護衛になってくれているんだ。」
リトやディノ、ちょっと顔を引き攣らせながらも慣れたいからと参加するウィルの手助けを借りながら、倉庫から引き上げてきた彼らに媒体と衣装を着けさせ、魔力を与えて自律を促す。
ウィルは、前線に出て自分の腕を試したくて、モンスターの討伐がせいぜいで人との戦闘を生業としないクランからディアザルテに移って来たのだという。それなのに骸骨相手ににビビっているような自分をふがいなく思い、ノアやライラになるべく自分から接しようと努力している。そのおかげで、ライラにはだんだんと普通に接することが出来るようになってきた。
それでも、こんなことで本当に最前線での人との戦闘が出来るのかとぼやいているが、それはウィルが心根の優しい人だからなんじゃないかな? 無理しなくていいんじゃないかなとも思うのだが、本人が希望していることなので、あえては語ってはいなかった。
新たに運び込んできた使役体のうち、一体は剣と盾を持ったヒューマン、一体は大剣を担ぐオーク、一体は弓と短剣を携えたエルフ。
ノアはもちろん彼らの肉体が残っていた時の記憶があるからすぐに区別がつくが、骨格しかないスケルトンとなった今でも、その体格で大体の種族が窺える。
自動人形の体を調えているとはいえ、メイがオークのスケルトンに抱き上げてもらって楽しそうにしているのを、ウィルがどん引いた顔で茫然と見ていて、その様子をレノがきゃらきゃら笑いながら観察していた。
ディノは彼等の持つ武器を品定めしている。彼等の武器は、生前使っていたらしき、ノアの所へ現れた時から所持していたものだ。遺品として大切に保管していたそれらを手入れして、使役体となってもらってからも彼等に使ってもらっている。
武器も良い物を使っているようだし、手練れだったのだろうなとディノも評価してくれた。
「本当に見事だわ。どの個体もスケルトンとは思えないほど動きが滑らかね。
それに、複数体使役していても、ノア君自身の魔力にもほとんど消耗がない。」
使役術の腕は私より上ねと、テルザが賞賛してくれる。
「そんなことないです。魔石のおかげです。」
ライラのものと違い、その時々で再使役の形を取れる彼等の媒体は、研究成果の確認を兼ねて定期的に更新をしている。それなりに良質な魔石と研究の進んだを土台を使っている今の彼等の媒体は、ノアの負担を大きく軽減してくれている。これらが、メイの媒体を作る技術の礎になった。
「あら、良質な魔石を精錬することだって貴方の腕前のうちでしょう?
謙遜することはないわ。」
「ノアは自分を過小評価する癖があるからな。」
テルザの苦笑にリトが困ったような声で答えれば、ノアは恐縮して言葉に詰まった。
使役体の披露が終ると、テルザは集まっていた全員…メイやライラに至るまで、部屋からの退室を願った。
ちょうどミシェのお菓子が焼き上がる頃合いでもある。片やお茶にするかと食堂に向かったり、あるいは自室に戻ったりと、各々解散していった。
たったふたり残った錬金術工房で、テルザは言葉を選ぶように口を開いた。
「ねえノア君。貴方、自分の癒しの能力には気付いている?」
それは、唐突で不思議な質問だった。
「えっと、素質については昔指摘されました。
でも、習ったことはありません。」
「幼い頃から教わった錬金術の才もあるし、僧侶を志すライラちゃんが傍にいたから必要に迫られなかった、という所かしら?」
「はい。その通りです。」
教会の孤児院を退院する頃、様々な職能についてのテストがあった。子供達が大人になるにあたり、どのような職種に進むかの指針となるよう実施されていたものだ。
ノアは既に錬金術師の道を選んでいたから結果を気にしていなかったが、両親が僧侶だった可能性が高い、と言われ、思いを馳せて少し涙ぐんだのを覚えている。
ひとつ頷いて、テルザは言葉を続けた。
「メイのことでノア君も察しているわよね? 私は死屍使役術に必ずしも媒体を必要としないわ。
媒体を使う使役術も使えるけれど、お祖父様から秘密裏に受け継いだのは、死屍自体を直接使役する術よ。」
媒体を使用しない使役は、使役体と直接魔力で繋がっているから使役体の状態もある程度わかるし、何の準備もなく即時使役にかかることが出来るという。
ただし、魔力の消耗は媒体を使う術よりも多い。だが、あくまで比較すればの話であり、それは大した問題ではないという。
「何故『秘密裏』だったんですか?」
「お祖父様は、もう廃れた技術だからと…でも、国には決して明かしてはいけないと仰っていたわ。
国には、ネイヴと同じ、媒体を使う使役を修得したとだけ報告しておけばよい、と。」
けれど、メイを呼び戻して考えた…それは、あってはならないはずの、死者の復活を可能にしてしまう技術だったからではないだろうか?
教会にも復活の奇跡と称する魔法はある。瀕死の者を一瞬にして救うという秘技…勿論カークも修得している。
だが、僧侶の魔法では死んだ者を甦らせることは出来ない。
教会の教義では、それは生と死への冒涜であるとされている。
では、出来もしないそれを冒涜と定義するに至ったのは…?
「教会が忌み嫌う死霊術師が、それを可能にしたから? それも、アンデッドという形で。」
「そうではないかと、私も考えていたわ。」
テルザは大きく息を吐くと、ノアにふわりと微笑んだ。
「媒体を必要としない死屍使役術の発動は、実はとても簡単なの。」
テルザはそっと、ノアに打ち明けた。
「必要なのは素質だけ。」
それがなければ、どんな優秀なネクロマンサーにも、それは成し得ないのだという。
「それは、その身に一定以上の癒しの力を持つこと。
それでいて死霊術を選んだ者。
私は僧侶見習いからお祖父様の後継者に選ばれての死霊術師への転向よ。」
そう言われてみれば、テルザの妹であるメイは僧侶だ。姉であるテルザにも、その職能の素質があってもなんら不思議ではない。
「死霊と語らう能力と癒しの能力…それを併せ持った者が死屍に『言葉』をかける…たったそれだけで、彼等は立ち上がるのよ。」
これは今となっては秘術の口伝だ。出会ったばかりの自分に何故?
数瞬考えて、ノアは気が付いた。
「そう、貴方は既に体現者。
ライラちゃんは同時に媒体も受け入れているから私の使役体とは少し様子が違うようだけれど、使役を成したのは、貴方の『言葉』。
おそらく彼女を引き戻す時に願ったでしょう? 『Revive』と。」
それは、確かに身に覚えのある言葉だった。
「メイを喪った時、私は意識して使役術を使ったわけじゃないのよ。あの子を回復させようと、必死に癒しの力を使っていたの…でも、ダメだった…もう命は喪われていたの。
その絶望感から無意識に出た言葉だったのよ…『Revive』って。」
その時を思い出したのだろう、テルザの顔が曇る。
「メイとライラちゃんに共通するのは、私達のあの子達に対する執着、でしょうね。
死なせたくないと…もう一度会いたいという想いが、死霊召喚術に似た形であの子達を引き寄せ、使役術と結び付けた。
そう考えるのが一番納得がいくの。」
そもそも、本来は死霊召喚術ありきの死屍使役術だったのだろう。
死霊術師によって、占術のために呼ばれた戦士の死霊が自らの肉体に召喚された。その戦士と死霊術師は仲間だった。
不意に敵に襲われ、窮地に陥って錯乱した死霊術師が友の亡骸にすがった。
『お前さえ生きていれば…ああ、よみがえって私達を守ってくれ』
友はそれを聞き入れ甦って彼らを救い、死霊術師はその後次々と仲間達を甦らせていった。そうして、アンデッドの一個小隊が生まれた。
時は流れ、死霊術師とアンデッドの兵団は戦場になくてはならない存在になった。
だが、全ての死霊術師が言霊による死屍使役を成せるわけではない。むしろ新しい人材は減る一方だったかもしれない。
戦時において貴重な癒しの担い手は僧侶として駆り出され、素質のある者が死霊術師の道を選ぶことは少なくなったことだろうからだ。
しかし、その頃には使役術のみが重要視されて研究・解析され、不確かな言霊の代わりに媒体によって死屍を使役する術が編み出された。新たな使役術は糧食の必要性等の面でも優れており、編み出されてすぐに軍で重用され始めた。
こうして使役術師としての死霊術師の間口が広がったが、本来培われていた占術や呪術は次第に忘れられていった。
ノアが語った推論を、テルザは感心して聞いていた。
「私はお祖父様から歴史までは学ばなかったけれど、その通りかもしれないわね。」
「あくまで推測です。ですが、大きく外れてもいないと思います。」
ノアは棚に並べておいた資料をいくつか机に広げて見せる。
その中だけでも、テルザの言葉によって繋がった疑問の答えがいくつもある。
「お祖父様は死霊術の中でも、占術や呪術を特に重要視する、本当にアーキタイプの死霊術師だったわ。それに、研究熱心でもいらした。
ノア君と通じる所があるかもしれないわね。」
細かく書き込みのされた呪術の資料を読みながら、テルザが懐かしげな顔で微笑む。
「私ではほんの欠片ほどしか伝えられないかもしれないけれど、ノア君にもお祖父様の知識を受け継いでもらいたいと思うの。
よかったら、疑問のある時には何でも相談してちょうだいね。」
ノアの望む新たな知識の糸口…ノアはテルザに、是非ともお願いしますと答えた。