家路
「動きがあったら互いに連絡を取り合う、ということでどうかな。」
「了解した。連絡はテルザかノアを通せば出来るのだな?」
「キミとも契約しておくかい?」
「いや、結構だ。テレパスは煩わしくて好きでないのでな。」
ディアザルテの盟主はアルのはずなのだが、ネイヴとリトとで話が進んでいる。
アルも、話はリトに任せっきりで、安心してテルザとメイと朝食を楽しんでいる。
アルとネイヴも知己のようだから、アルのこういう所を見越して、ネイヴはリトも同行人に指名したのかもしれないなと、ノアは美味しいオムレツを頬張りながら観察していた。
それにしても。
━━━リト、テレパス嫌いなんだ?
ノアには自分から申し込んでくれたのに、ネイヴからの契約の申し出は断った。
あの時はそれだけ自分を案じてくれたのかと思うと、ノアは申し訳なさと共に、嬉しさで胸が温かくなった。
朝食が済んで一段落した頃、ネイヴに見送られ、一行は彼の拠点を後にした。
もちろん、テルザも一緒だ。
「また馬車の旅か~。」
拠点のあるディアザルテの領地の街まで、馬車での移動はそう大した時間ではない。しかし、動き回ることが出来ず退屈になるので、アルはあまり好きではないようだった。
「また寝ていればいいだろう。」
「そうすっかな? 昨夜も語り明かしちまって寝たりてねーし。」
欠伸を噛み殺す様を見るに、アル達も遅くまで起きていたようだ。メイとテルザは朝はあまり差し障りなさそうに見えたが、単に朝に強いだけなのか、馬車に揺られ始めると、メイも少し眠そうに目元を擦っていた。
「眠い者は寝ておけ。番は私がしておく。」
リトが苦笑の形に唇を歪めて皆に仮眠を勧める。
『私もいるから、レノアールも休んだら?』
そもそも睡眠の必要のないライラも一緒に勧めてくれる。
それに甘えて、ノアは少し目を瞑ることにした。
さらさらと、何か書き物をしている音がする。
近くでやり取りされているらしいそれは、筆談の気配だった。
眠くて瞼が開かないが、おそらくはライラと誰か…リトだろうか? いや、テルザらしき微笑みも聞こえるから、三人で会話しているのかもしれない。
━━━ライラ、テルザさんとも仲良くなれたのかな?
ぼんやりと考えつつ、ノアはまた、微睡みの中に埋もれていった。
次に目を覚ました時、ノアは自分がリトに寄りかかって眠っていたことに気付いた。
「あ、ごめん、リト。」
慌てて姿勢を正すと、リトは薄く笑みの形に唇を上げてさらりと応えた。
「大したことではない。
もう仮眠は大丈夫なのか?」
「うん。ありがとう。今どの辺りかな?」
「じきに拠点のある街の二隣ほどにある街、ツバルに着く。所用があって立ち寄ることにしていたのだが、昼食の時間にもなるのでな、声をかけるか眠らせておくかと思案していた所だ。」
馬車の中を見れば、アルとメイはまだ眠っていて、テルザとライラが小さな黒板と白墨でおしゃべりをしている所だった。
━━━やっぱりテルザさんも起きていたんだ。
さっきの気配はやはり筆談のものだったようで、ライラが楽しそうにしているのがわかる。
「アル、メイ、ツバルに着いたぞ。昼食の時間だが、起きるか? まだ寝るか?」
リトが二人に声をかけるが、反応はない。
「全くこのふたりは仕方ないわね。一応二人の分も買ってきておいて、みんなで馬車で食べましょうか?」
テルザも呆れ顔をしながら、提案をする。
「そうだな。」
リトがノアを見て、手を差し伸べた。
「テルザは迂闊に出歩かせたくない。
私とノアとで買い出しに行かないか?」
テルザとライラに留守番を任せ、二人は馬車を降りた。
昼のかき入れ時とあって、どこの食堂も屋台も大いににぎわっている。
「外れに知り合いの屋台がある。
そこで用事ついでに昼食を買って行こうかと思っているが、他に目についたものがあれば遠慮なく言ってくれ。」
リトはそう言うと、ノアの背に手を回し、道を促した。
大通りを抜け、少し人通りの寂しい道に入るリトの歩みは迷いなく、目的の屋台はすぐに見付かった。
「おう、旦那、お久しぶり。最近お見限りだな。」
「だからこうして来てやったであろうが。アルも一緒だったが、馬車で眠っていたから無理には起こさずに来た。
いつものものを五つ、持ち帰りで頼む。」
「はいよ。ちょっと待ってくれな。」
屋台の主人らしき男性は、リトの顔を見るとすぐに声をかけてきた。リトも気安く注文を済ませて、屋台の前に並べられた椅子に腰をかける。
「ノアも座って待っているといい。」
同じように待っている客達を見るに、主人の手捌きは素早く調理の回転は良さそうだが、それでも少し待ちそうだった。
「ほいよ、お待たせ。
こっちの坊っちゃんは初めて見る顔だな。どうぞご贔屓に。」
にこにこと笑顔で屋台の調理台から出てきた主人は、直接リトに料理を入れた紙袋を手渡すと、ノアにも声をかけてくれた。
手早く会計を済ませるリトだったが、主人の方は調理に戻る気配がない。
「ノインスファルスの旦那、例の話なんだが。」
「聞こう。」
どうやら調理は婦君と思しき女性に任せたらしく、主人はリトと話し込み始めた。
「教会の方で動きがあったらしくてな、なんでもお偉いさんの首がすげ替わったとかで、少し前から街の方にも煩く口を出してくるようになったんだよ。」
「具体的には?」
「布施の要求と治安維持のためって名目で僧侶連中をそこら中に配備している。
僧侶って言っても、ゴロツキに僧服与えただけって感じで、多分中身は傭兵崩れじゃねえかな?」
そいつらが街の空気を悪くしているという。
「教会か…カークに様子を見に行ってもらうとするか。」
「そうしてくれや。ゴロツキ連中が度々布施をせびりに来るんだがよ、どうにも度が過ぎてる。
断ったら暴れる輩も出てきててな、被害にあった店がさすがに教会に苦情出したんだが、てんで相手にされなかったらしい。」
「それは…この店は大丈夫なのか?」
「おう。逆に叩き出してやったんだが、機転の利いた客がうちは領主御用達だって野次ってくれたからか、今の所報復もなく済んでるぜ。」
まあ、そんなこんなで名前出しちまったんで連絡させてもらったわけだがよ、と、主人はリトに詫びる。
「そんなことはかまわんが、いつ頃からだ?」
「布施せびりのゴロツキ共はここ一ヶ月くらいだ。お偉いさんの方は夏の終わり頃って噂だが、詳しいとこは高僧の旦那の方がご存知じゃねーかな?」
「そうだな。情報感謝する。ロデリアの街ではそのような様子はなかったからな、連絡がなければまだ知らずにいたことだろう。」
「奴ら、ちゃんと場所選んでやってるってことか、悪どいな。」
聞こえてしまう教会の噂。
上層部に動きがあったという時期は、テルザの被害時期とも一致している。リトも気付いていることだろう。
「では、せっかくの料理が冷める前に馬車に戻るとしよう。
主人、何かあったらまた連絡を頼む。」
「あいよっ。アルの坊主にも今度は顔出せって言っといてくんな。」
「こら! アンタ!
いくら昔馴染みでもアルフレド様は領主様だよ!」
気安い主人の言葉に婦君から叱責が飛ぶ。
「へいへい。」
「アルは別に気にしないのだがな。」
どうやらこちらの屋台は、元々アルの行きつけの店らしい。未だに坊主などと呼ばれるからには、随分若い時からの常連なのだろう。
連れて来られた時から、リトが屋台というのはなんだか不思議だったが、アルならば今ここで買い食いしていてもなんら違和感がない。
想像してくすりと笑うと、リトがその顔を覗き込んできた。
「どうかしたか?」
「いや、アルって顔が広いんだなと思って。」
「彼奴は誰とでも分け隔てなく接するからな。貴族の出とは思えんくらいに、市井に友人知人が多い。
貴族と言っても家督とは遠い三男坊だったこともあろうが、まあ、人徳だろうな。」
歩きながら、リトがアルの経歴を簡単に説明してくれる。
伯爵家の三男として生まれたアルは、身分的には普通ならば騎士として立身するのが常道であり、実際一時期は近衛に配属されるほどの有望株だったのだという。
だが、テルザとの交際を実家に否定された彼は、家と身分を捨ててテルザを取り、傭兵の道を選んだ。
ところが更に一転、テルザと結婚したことで、国選の死霊術師である彼女とその夫であるアルに鎖を付けたい国の方針で、男爵の爵位と共にロデリアを中心とする領地の領主の任を受けるに至ったのだという。
「今更だけど、気安くアルなんて呼んでいい立場じゃないよね。」
「彼奴がそう呼ばれたいのだから好きにさせておけ。
元々貴族が性に合わなかったのだとか、領主なんてデスクワークは無理だなどと言って、未だに領地の視察も兼ねて傭兵の仕事を受けているような奴だからな。」
デスクワークのとばっちりは主にカークに回っているが、アルがうだうだやるよりカークがきびきびとこなす方が信頼できるのも否めんので、仕方なく黙認して私も多少手を貸しているのが実状だと、リトが苦笑した。
馬車に戻ると、メイは起きていて、女性三人で会話が弾んでいるところだった。
「おかえりなさい。」
テルザが微笑む。この人も男爵夫人なんだよなと再確認すると、なんだか緊張した。
「やったぁ、ポールおいちゃんの包み焼きだぁ!
いっただっきまーす!」
リトから渡された袋をさっそく開けたメイが、紙に包まれた料理を取り出して真っ先に頬張る。
「ん~っ! おいしい!」
「ノアも食べてみろ。なかなか美味いぞ。」
リトに促されてノアも袋に手を伸ばす。
どうやら小麦粉を練って焼いた生地の中央に、ソースと共に具材が包まれているスタイルのようだ。
「わ、ホントにおいしいね。」
もっちりとした生地の焼き目だけがぱりっとしていて歯ごたえもあり、具材の肉と野菜もボリュームがあるが、濃いめのソースがそれらをうまくまとめている。
なるほど、これならば屋台の繁盛振りも頷けた。
「んぁ? ポール兄の屋台に着いたのか?」
「遅い。もう用件を済ませて料理を持ち帰った所だ。馬車もそろそろ街を出るぞ。」
料理の匂いに釣られたか、アルも起き出して来る。
「あっちゃー、久々に顔見たかったのに。」
「主人も今度は顔を出せと言っていた。起きたのならテレパスでも送っておけ。」
「そうするわ。」
料理に手を伸ばしながらアルは返事をして、そのまま暫し無言になる。さっきの主人にテレパスを送っているのだろう。
「ん。やっぱり美味い。今度は普通に食いに行こうな、メイ。」
モグモグと咀嚼しながら、どうやらテレパスの終わったらしいアルがメイに同意を求める。
「うん!」
元気よく応えるメイはもう食べ終わるところで、口元に付いたソースをテルザが拭ってあげていた。
拠点の館に着くと、留守番組のみんなが出迎えてくれた。
「テルザ、おかえり。」
「みんな心配していたのよ。さ、早く上がって。」
「帰って来てくれて何よりだ。」
めいめいが声をかけてテルザを促す。だがテルザは、躊躇いを見せてアルを見た。
「大丈夫。何になろうとテルザはテルザだ。
みんなにもテルザの事情はカークを通してきちんと伝えてある。
そのうえでみんなこうして迎えてくれているんだ、心配せずにまたみんなと過ごせばいい。」
「魔力の気配が強くなったのは感じるけど、そのほかは何も変わらないじゃない。
ほんとに心配性なんだから。
あまり悲観的に考えるのも難よ? ちょっとは旦那様の脳天気を見習ったら?」
アルの言葉に続きミシェがテルザの手を取って館の中に招き入れる。
「おかえりなさい、テルザ。」
「フォン…。」
静かな微笑みで迎えるエルフの歌姫は、きっとみんな気付いている想いをそっと胸にしまい込み、友人を祝福する温かな眼差しで腕を広げてテルザに抱き着いた。
「貴女が無事で本当に良かった。
アルったらね、貴女がいない間、不安であまり眠れないからって、お酒の量が増えていたのよ?」
やっぱり貴女がいなきゃダメなのよ。そう呟きながらギュッと抱きしめて、フォンはテルザにもう一度「おかえりなさい。」と伝えた。