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ノア(仮)  作者: 直方 諒
16/30

再会

 その日も夕食が終わり、食後のお茶や晩酌、それぞれに飲み物を楽しんでいた頃。


「お姉ちゃん!」

 ガタン!! 椅子を蹴倒し、メイが急に立ち上がった。

「テルザ?!」

「テレパス? 無事なの?!」

 アルをはじめ、全員の視線がメイに注がれる。


 次の瞬間。

『テルザからのテレパスは届いたようかな? レノアール。』

 ━━━ネイヴ!?

 思わず名前が口に出掛けたが、テルザからの連絡に加えこれ以上の混乱を招かないよう、ノアは努めて冷静にテレパスで返答を返した。

『ああ。今メイちゃん…マリーアンと会話しているみたいだ。

 テルザさんに呼び掛けてくれたんだな、ネイヴ。』

『まあね。

 なかなか呼び掛けに応えてくれなかったけれど、やっとぼくの言葉を信じてくれたようでね、さっき目を覚ましたばかりだよ。』

 随分と寝坊助な眠り姫だよねとネイヴはクスクス笑っている。


「お姉ちゃん、どうして? アルもみんなも、お姉ちゃんを待ってるんだよ?」

 テルザとメイが話しているのはテレパスだが、感情的になるあまり口に出ているのだろう。メイが必死にテルザを説得しているのがわかった。


『テルザさんはこちらに戻りたくないと言っているのか?』

『というより、マリーアンだけを呼び寄せたいと言っているね。

 彼女のことには責任と不安を感じているが、いつ魔物(モンスター)化するかもわからないというのに、仲間を危険な目に遇わせられないそうだ。

 ぼくはリッチに関する研究をしたいから代わりにテルザを保護するということで、一緒にいるけどね。』

 ネイヴの飄々とした語り口は何を考えているのか読ませないものがある。

『テルザさんが目を覚ましたならば、ネイヴに話しておきたいことがある。』

 だからノアは、ネイヴが何を言いにテレパスをしてきたのかはわざわざ訊かず、まず、自分の伝えたいことを言っておくことにした。

『テルザさんの魔物(モンスター)化は、彼女次第でまだまだ遅らせることができると思う。』

『?!』

 ネイヴが息を飲んだのがわかる。

 当然だろう。今彼にとっての、最大級の命題と言っていい話だった。

『魔力の行使がそれを促進すると言うならば、魔力を使わなければ魔物(モンスター)化しない、とも言えるんだろう?

 じゃあ、使わないでいて貰えるようにすればいい。

 少なくとも、メイちゃんといることで消費する魔力を極力抑える手段は既に講じてある。』

『キミが? いや、こういう言い方は失礼だね。

 どんな方法を使ったのかはわからないが、素晴らしいよ、レノアール。』

 面食らうほど素直な賛辞を返され、ノアは居心地の悪さを感じた。

『ああ、そうそう。

 ぼくの方の用件なんだけどね。』


「わかった、明日の夜ね? ほんとだよ? 絶対だよ?」

 どうやら約束を取り付けたらしいメイが、名残惜しそうに念を押している。

「…ふ…えぇん…お姉ちゃんが…お姉ちゃんが…。」

「…ああ。」

 言葉が詰まって出てこないらしい兄妹が抱き合って泣いている。

 否、アルの方には今テレパスが来ているのかもしれない。縋り泣くメイを優しく撫でてやりながら、どこか真剣で強張った表情をしていた。




 翌日、テルザからはメイとアル、ネイヴからはノア、ライラ、リトの三名に指名を受けて、ディアザルテの領地から出て街ひとつ離れた場所で落ち合うことを約束していた。ライラをネイヴの所に連れていくことは不安だったが、離れるのもそれはそれで心配であるし、女の子がメイ一人というのも可哀想かと、結局は同行させることにしたのだった。


 アルは夜通しテルザとテレパスで語っていたらしい。そのせいか、馬車に揺られながら、随分長い時間熟睡していた。

 敢えて聞けないことだが、テルザがアルに会うことにしたのだ、デリケートな話も彼等の間で済んでいるのだろう。

 その上で会って話をすることができるのだから、テルザをそのままディアザルテに連れて帰ることもできるのではないか? みんなも、それを望んで一行を送り出してくれたのだ。


「お前ら、ネイヴ=ミザレと接触してたんだな。」

 ようやく目が覚めたらしきアルが、急にじと目で詰問してきた。

「ネイヴはおれに個人的に連絡を取ってきたんだよ。」

「教えてくれりゃ良かったのに。」

 拗ねたような顔で二人を見るアルの頭を、リトが軽く小突く。

「昨夜テルザと話をしたのだろう? その中に、私達が踏み入ってはいけない話があったはずだ。

 テルザ自身が貴様に話すべき事案だと思ったが、我々から伝聞で先に聞きたかったか?」

「…いや、先入観なくちゃんとテルザと話せたからこそ、これから会いに行けるんだと思う。変な絡み方して悪かった。」

 リトの冷静な言葉にはっとした顔をしたアルが、姿勢を正して二人に詫びてくれた。


 アルと入れ替わりに、メイが彼に凭れてスースーと寝息を立てていた。

 馴れない馬車での移動に疲れたのだろうか? ライラが外套を掛けてあげている。

 じきに街に着く。その頃には夕暮れも深まっていることだろう。

 街に着いたらこちらから連絡する手筈になっていた。




「さあどうぞ。テルザが中でキミ達を待ちかねているはずだよ。

 キミも招くのは初めてだったね。いらっしゃい、レノアール。」

 迎えにきたネイヴに連れてこられたのは、書籍や細々とした物が散見されるが小綺麗に片付いた小さな一軒家だった。

「まさかここって…。」

「そう、ぼくの拠点。そのひとつだけどね。ようこそ我が家へ。」

 どこに案内されるのかは知らされていなかったが、これは予想外だった。

「お姉ちゃん!」

 ダダダッ! 急にメイが駆け出し、部屋の奥に現れたテルザの元へ。

「ちょっと…メイ!」

「…お姉ちゃん…!」

 ガバッと抱きつき、そのまま泣き出してしまう。一瞬ネイヴの指先からの傷を思い出しひやりとしたが、目覚めて精神的にも安定しているためか、話に聞いていた自然発動的な自衛魔法はなりを潜めているようだった。

「会いたかったよー、もうどこにも行っちゃやだよー…。」

 メイのべそべそと泣く様に、思わず貰い泣きしそうになり、ノアは少しだけ(まなじり)を擦った。


「テルザに街中を歩かせるのはまだ危険だと思ったから拠点(ここ)に呼ばせてもらったけど、下手に外に席を取っていなくて良かったね。

 マリーアンとテルザはふたりにしておあげ、ぼくらはこっちで話をしよう。」

 思いがけない優しいネイヴの言葉に促されて部屋を進むと、ふわりといい香りがしてくる。

「…これ…。」

「おや、さすがご主人(アルフレド)、わかったようだね。全てテルザの手料理だよ。」

 どうやらリビングに即席で食卓を作ったらしく、机も椅子も2セットのものが合わせてある。

「君達が来ることが決まってから、テルザがどうしても料理を作りたいというので、今日は香辛料から買い出しに行くことになったよ。」

 ぼくは料理なんかしないからわからないものが多くて苦労したよと笑いながら、それぞれに席を勧める。

「…ネイヴが…食材の買い出し?」

「おや、意外かい? 奇遇だね、ぼくもだよ。

 本当はデリバリーかテイクアウトを利用するつもりだったんだけど、ぼくもテルザには頭が上がらない口でね。」

 まあテルザを出歩かせるわけにいかないから仕方なくねと言うと、ネイヴはアルに声をかけた。

「久しぶりのテルザの手料理だろう。彼女はまだ席に着けないようだけど、温かいうちに食べてあげたらどうだい?」


 アルに続き、ノアとリトもネイヴに促されるまま料理に手をつける。

「…うわぁ、美味しい。」

「テルザは料理上手だからね。

 老師…テルザ達の祖父の所に引き取られて以来、彼とマリーアンのために毎日料理を作っていたようだ。」

「俺もガキの頃からよく、昼飯やら晩飯やらご馳走になってたよ。

 自分があいつに惚れてるって気付いた時には、胃袋掴まれるってなこういうこと言うんだろうなって思ったもんだぜ。」

 アルのノロケに苦笑しながらもみんな食が進む。

 美味しい料理の前では、誰もが笑顔になる。その笑顔を見て、食事の取れないライラも優しい気持ちになった。

 その彼女の席には、料理の代わりに色とりどりの花と小物が椅子側に向いて可愛らしく飾られて特別な空間が作られ、みんなの食事を待つ間も十分に目を楽しませてくれていた。


「私もおなかすいた~。」

 目元を真っ赤に腫らしたメイが、ようやくアルの元にてくてくと歩いてきた。

「おーお、せっかくおめかししてきたのによれよれになっちまって。」

 新調したばかりの魔法衣(ローブ)には皺がよっているし、媒体(ネックレス)も後ろに回ってしまっている。

 せめてネックレスの位置を直してやりつつ、アルはメイに自分の隣に座るよう促した。

「テルザは?」

「私がお姉ちゃんのお洋服べちゃべちゃにしちゃったから、着替えてくるって。」

 今日持ってきた荷物の中に彼女の着替えもある。

 おそらくはそれに着替えてきたのか、テルザは先程とはまた違った装いで現れた。

 ロングボブの黒髪(ブルネット)に、シルバーグレイのツーピースがよく似合っている。

 そう言えば、この姉妹(テルザとメイ)は髪色も濃いグレイの瞳も全体の容貌も似ている。だが、落ち着いた雰囲気のテルザと子供っぽいメイとでは、随分と印象が違っていた。

「先に頂いているよ。」

「ああ良かった、ありがとう、ネイヴ。」

 テルザもノア同様、ネイヴがあまり得意な方でないという話だったが、ふたりは案外親しげに接しているようだ。まあ、彼等は元来兄妹弟子の間柄なのだともいう。ネイヴも彼女達の祖父を老師と呼ぶ。

 他人のことはどうでもいいと公言するネイヴが老師と敬う死霊術師(ネクロマンサー)か…評判のいいテルザの祖父であるのだし、やはり同様に人格者だったのだろうか?

「あなた達がレノアール君にライラちゃんね。

 はじめまして。お会いできて嬉しいわ。」

「は…はじめまして、レノアール=タッセルと、ライラ=タッセルです。

 お分かりかと思いますが、彼女はスケルトンです。」

 ノアの言葉に続けてライラが身振りで挨拶をすると、テルザは嬉しそうな笑顔でライラを見つめた。

「フェルテルーズ=ディアザルテよ。テルザと呼んでくれると嬉しいわ。

 ライラちゃん、話には聞いていてもとてもそうとは思えないわ。とても可愛らしい()ね。

 メイとお友達になってくれたんですって? ありがとう。」

 にっこりと微笑んで、テルザはライラにハグを求める。ライラは驚いた素振りを見せたが、彼女自身が死霊術師(ネクロマンサー)であることを思い出したか、素直にそれに応じた。

「それからレノアール君、アル達から媒体や魔法衣(ローブ)のこと聞いたわ。貴方には感謝してもしきれない。

 まだ信じられない気分だけれど、本当にメイに触れていても殆んど魔力を消耗しなかった。」

 こんなに離れていたのに、私といた時よりも健康そのもののようだわと、テルザは頬を紅潮させて感激を露にする。

使役主(テルザさん)が傍にいれば自然に流動する魔力を吸収するだけでこと足りるよう魔法陣を組んだ魔石を錬成して、媒体(ネックレス)としてトマ爺さんに仕上げてもらいました。

 もし魔力を大きく消費しても、メイちゃんの魔石は使役主やネクロマンサーに限らず誰にでも魔力の供給ができます。ネイヴの言う通り魔物(モンスター)化のトリガーが魔力の使用であるなら、テルザさんのリスクを最小限にしたかったからです。」

 だから、メイちゃんとも、アルとも、拠点で待っているみんなともずっと傍にいてあげてください。ノアがそう言うと、テルザは顔を覆って静かな嗚咽を上げた。

「私…帰ってもいいのかしら…?

 ネイヴも言ってくれたわ…魔力を使わず普通の暮らしをするだけならば、心まで魔物(モンスター)と化する可能性は低いって…。」

「元々お前(テルザ)は前線も傭兵の仕事も好まないんだ。

 俺達の傍にいてくれるだけでいい。こうして、お前の好きな家庭の仕事をしていてくれればいいじゃないか。

 お前のことは俺が守ってみせる。だから戻ってきてくれ、テルザ。」

「アル…。」

 立ち上がってテルザを抱き締めるアルに、メイもぎゅっと抱きついてまた泣き出す。


 ちょいちょいと手振りをしてまた別の部屋に招くネイヴに誘い出され、ライラ、リトと共に、ノアはリビングを後にした。

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