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ノア(仮)  作者: 直方 諒
15/30

「もうこれなら、何日かに一度程度の頻度で誰かに媒体へ魔力を供給してもらえば、メイちゃんは自由に生活できるはずだよ。」

 他の仕事は放り出して作成してくれたのだろう、トマがわずかの一晩で完成させた土台にメイから預かった魔石を嵌め込んでくれた媒体(ネックレス)を確かめ、メイの首にかけてやりながら、ノアはメイに微笑んだ。

「ありがとう、ノアお兄さん、トマ。」

 まるで媒体に合わせたように爽やかなブルーの新しい魔法衣(ローブ)、アダマンタイトのチャームの揺れる靴。

 少女らしく可愛らしい装いに、思わず笑みが溢れる。

『似合うわ、メイちゃん。』

「ありがとうライラちゃん!」

 ぎゅっとメイがライラに抱きつく様はもう見慣れたものだ。

 逆に、最近ではレノがメイと一緒にいることが少なくなっていた。ライラがメイをとってしまったのではないかと心配していたが、メイの症状の緩和を受けてレノが本業の採集家稼業を再開しただけだと知って少しほっとしたのは、今朝の朝食時の話題でのことだった。

「誰かに、というのは?」

「文字通り誰でもいい。おれやライラに限らず、リトでもカークでも、魔力に余裕のある人が供給すれば大丈夫。」

 供給された魔力を、媒体がメイに馴染むものに変換するように術式を組んだ。いざという時は魔力の少ないアル達戦士職の者だって彼女に魔力を分け与えることができるだろう。

「それで粘土細工(モデル)とテスト魔石の時に私にも触らせてくれていたのか。」

「うん。ちゃんと機能するのを確認できたのはリトのおかげだよ。」

 なるほどと頷き、感激したアルに抱き締められてキャッキャと笑っているメイを、リトはいつもよりも優しい目で見つめていた。


 これで、メイの件は一段落ついたと言っていい。

 もうメイは、化粧もしていないし、顔色も健康な少女そのものだ。誰がどう見たって、彼女のことを使役体の不死者(アンデッド)などとは思わないことだろう。


 ━━━あとはテルザさん、だよね。

 言い換えれば、ネイヴ次第、ということになる。

 彼女を匿っているネイヴがどう動くのか…待つしかない時間というのはやたらに長く感じる。

 幸いノアには、メイのための小物に紋様をデザインしてあげたり、秘薬の精製に本腰を入れたり、その合間に、いつか機会があれば今回の経験を活かしてライラの媒体をバージョンアップするシミュレーションをしてみたりと、考えることはいっぱいあった。

 それでも、気持ちはそちらに向いてしまう。

 早く動きがあってほしい…きっと皆が同じ思いでいるだろうこともわかっていた。




 彼女は、深い深い眠りの中…僅かに浅い微睡みの淵にいた。


 迫りくる刺客達は5人。全員が魔法を弾くよう誂えられた濃い灰色の魔法衣(ローブ)を纏っていた。

 街中ということで1体しか連れていなかった護衛のスパルトイはすでに破壊され、彼女も拘束を受けていた。そして、自分達を取り巻く遮音の結界。

死霊術師(ネクロマンサー)は存在してはいけないのだ。」

 優位を確信したか、リーダーらしき男が彼女に宣告した。


「手筈通りに始末しろ。」

 その男は踵を返し、4人の手下を残して姿を消した。

 その瞬間、男達の表情が野卑たものに変わる。

 自分のローブに手が掛かった瞬間、乱暴されるのを直感した。


 必死の攻撃魔法による抵抗…男達にほとんど通じないことはもうわかっていた。

 だからその対象は━━━自分だった。


「このままじゃまずい、適当に暴行の痕をつけておけ。」

「わかったが…指示を仰がなくていいのか?!」

 薄れ行く意識の中、衣服が引き裂かれつつあるのと同時に、遮音の結界が解かれたのを感じる。


『…アル……。』

『テルザ? おい、テルザ?』

『…あなた……メイを…メイをお願い…』


 それが、精一杯の行動だった。




 喪われ行く魔力…。

 ━━━…イヤ…ダメよメイ…!

 大切な(メイ)との繋がりがほどけていくのを感じる。


 ━━━ダメ…死ねない…あの娘まで死なせられない…!

 でももう遅い。結果は変わらなかったかもしれないけれど、最終的に自死を選んだのは自分なのだ。




「暴行致死に見せかけりゃいいんだろう?

 これだけいい女なんだ、死んでいても構うもんか。このまま玩具にしてやりゃいい。」

 聞こえてきたのは下卑た言葉。

「それもそうだが…しかし…。」

「テメェらがやらねぇなら俺が…グァッ!」

 バチィッ!! 纏っていたローブを邪魔くさげに払っていた男は、接触攻撃魔法をまともに食らって倒れた。

「グゥッ!」「ギャァー!」「ヒッ…ヒイッ!」

 ローブ越しに彼女を拘束していた男達も、その許容範囲を越えた魔力に次々と倒れ伏していく。


 ━━━…私は…死んだの?


 肌を曝された自分の周囲に倒れる男達の死体。

 異常に高まった自身の魔力。


 それらは、自分でもいつの日か訪れるはずだと危惧していたことだった。


 ━━━…リッチとして…甦ってしまったのね……。




 揺り椅子の上で眠る彼女が微かにうなされて見える。

 夢の中で、あの日の悪夢を見ているのかもしれない。

 触れることはできないから、優しい言葉をかける。

「テルザ、安心しなさい。ここにはきみを傷付ける者はいないよ。」

 コーヒーを淹れてきたばかりのネイヴは、その香りを楽しみながら、揺り椅子をそっと揺すってやった。





 音信の途絶えた手下達の始末を確認しにきたのか、暫く茫然自失のまま座り込んでいると、リーダー格の男が姿を表した。

「…死んだはずでは…? …そうか、甦ったというのか、このおぞましき化け物(リッチ)め!」

 彼女を罵ると、男は教会の掲げる聖紋(シンボル)の施された杖を取り出し、呪文を唱え始めた。

 だが、それらが全く効かないと知ると、驚愕と恐怖を面に刷き、今度はどうやら聖水のようなアイテムを彼女に投げ付けてきた。

「そんな…馬鹿な…!」

「…。」

 それらは、彼女に何の障りも与えない。


 ゆらり…いつの間にか自らの周りを動いていた気配に、男は恐怖に顔を引き吊らせた。

 それは、自分が手足として使っていた男達。それが、どこか緩慢な動きで、男に迫っていた。


 ゾンビを造るのは簡単だった。リッチと化し強化されたテルザの魔力が回って死んだためだろうか、回線が通じやすくなっているかのように易々と使役体となってくれた。


 結末は知らない。運が良ければ逃げ出せただろうし、運が悪ければ4体のゾンビに取り囲まれ、自業自得を見ただろう。


 その時にはもう、彼女はその場を離れ、身を隠せる場所を求めてさ迷っていたのだった。




「やはり、きみを起こすべき、なんだろうね?」

 コーヒーを飲みながら、ネイヴはテルザに語るともなく囁いた。

 本当はネイヴも彼女と語り合いたい。

 もちろん、リッチと化した彼女への探究心、好奇心もある。

 だがそれよりも、メイが生きていることを知ったとして彼女がどう身を振るのか、彼女自身に決めさせるべきだとネイヴにもわかっていたからだった。

 踏み切れないのは、テルザの泣く姿をもう見たくないから。

 他人のことはどうでもいいし酷薄にもなれる。それが、テルザやレノアールにあまり好ましく映らないのは知っている。だが、自分に関わりのない存在など本当にどうでもいいのだから仕方がない。

 けれど、何事にも例外はあるのだ。

 少なくとも、テルザは保護すべき妹弟子であり、レノアールはからかうと楽しい、ネイヴにとって唯一の愛弟子だ。

 彼女達がそれを信じてくれるかどうか…自分自身、いつかは気が変わることもあるかも知れないとは思うけれど、今現在においては、それが、ネイヴ=ミザレの真実だった。




 それから数日は、瞬く間に過ぎていった。




 日を追うごとにメイの魔法衣(ローブ)の種類も充実していく。

 それと共に、魔力糸の錬成の要請が追加になったり、服飾家とも会わせてもらいアドバイスを求められたりして、ノアは忙しい日々を送っていた。

 こんなにメイ用の誂えばかりに時間を費やして良いものかと不思議だったが、丁度大口の仕事が予定よりも早く仕上がって次の予定まで余裕が出来、服飾職人達も手隙になったところなので、まとまった受注はむしろ歓迎とのことだった。

 なんだか怖くなるほどに、何もかものタイミングが噛み合っていた。


 そんな中、ノアがあちこちに出掛けている間に、いつの間にかリトがライラに経費や持ち込み材料の精算をしてくれていたらしく、ライラが、こんな大金怖くて持っていられないわとノアに相談してきて、ノアはようやくそのことを知った。

「ノアに直接渡したのでは、また多いのなんだの過小評価して遠慮しそうだったからな。ライラに預けることにしたまでだ。」

 しれっと答えるリトだったが、ノアが言いにきたのはまさにそういうことだった。

「足りないというならいくらでも応じるが、多いという苦情は認めない。」

「でも…。」

「価値ある仕事には相応の対価を。

 これは、ディアザルテが領主クランとして掲げている労働スローガンだからな、いくらノアが遠慮しても曲げんぞ。」

 そんなものがあったのか…いや、カークやリトの実直さを考えれば有り得ない話ではない。

「…本当にノアは優しすぎるな。

 少女一人の命を救ったも同然の仕事をしておいて、報酬が多すぎるも何もないだろう。」

「だってあれは、おれがメイちゃんを助けたかったんだし、おれの研究の一環でもあるし…。」

「そう、研究の一環だな。ノアが年数をかけて習得してきた技術の集大成だ。それが、そんなに安く評価されていいわけがないだろう。」

 きっぱりと言い切るリトは執政官そのもの。私情を挟んでいるわけではないだろうことは元々知ってはいたけれど、そこにリトの仕事に対する矜持を見た気がした。

 ノアはおとなしく、リトと、くすくす笑いながらデスクワークをこなしていたカークに礼を言って、執務室を後にしたのだった。




 工房の机に突っ伏し、ノアは久々に怠惰な時間を貪っていた。

 たまには息抜きも必要よと、ライラは特に注意もせず、むしろ歓迎する様子で工房を出掛けて行った。ちょうど10時のお茶の時間だ、女性陣とのおしゃべりを楽しみに食堂に向かったのだろう。


 デスクの上には書きかけの資料。

 びっしりと書き込んだそれは、メイの媒体を作成した時の記録。いつかまた役に立つこともあるだろうと、空き時間に纏めているものだった。


 コンコンコン。

 お茶の時間に訪れるのは決まってリトだ。

 工房に篭りきりになるノアのために、いつも紅茶とお茶菓子を差し入れてくれる。


「どうぞ。」

 返事をすると、やはりリトが、ティーセットとフルーツパウンドを載せたトレイを持って入室してきた。

「どうした? 具合でも悪いのか?」

 机にくってりとしたノアの様子に、リトが顔を覗き込む。

「ううん。思考が纏まらないから、たまにはいっそだらだらしてみてるだけ。」

 珍しいなとノアの前に紅茶を置き、自分もカップに注いで口を付ける。


「…待つだけの時間って、こんなにもどかしいものなんだね。」

 ぽつりと呟くと、リトは察してくれたのか、そうだなと応える。

 ネイヴと別れてからもう一週間ほどになる。

「ネイヴはテルザさんに呼び掛けたんだろうか…呼び掛けているけど目覚めないんだろうか…? そんなことばかり気にかかって仕方ないんだ。」

 これはリトとふたりだけの秘密。

 ライラにも打ち明けられないからこそ、鬱々と溜まっていたもどかしさだった。

「テレパスの会話も素通りするくらいの『眠り』の中にいるようだからな、呼び覚ますのに時間がかかるとしても道理かもしれないな。」

「そう…なのかな?」

 元気のないノアにパウンドケーキも差し出してリトが促す。

「そう簡単に呼び掛けに応えてくれるのならば、もうとうにテルザは目を覚ましてディアザルテに帰って来ていることだろう。 」

「うん…そっか、そうだよね。」

 ケーキをフォークで切り分けて、ぱくり。生地に染み込ませられた風味の良い酒とドライフルーツの甘く華やかな香りが口の中に広がり、まるで落ち込んだノアを励ましてくれているようだった。

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