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ノア(仮)  作者: 直方 諒
14/30

錬成

「本当に素直な子だ。ちっとも変わらないね。」

 来客の去った宿の一室で、ネイヴはくすくすと笑みを浮かべていた。

「でも、随分と成長したみたいだ。」

 魔力の気配で分かる。

 今の彼ならば、同時に複数の使役と魔法の行使だって出来るだろう。

「ぜひ前線に連れて行きたいよ。」

 前線に立つ者にしかわからない、生死を司る境地がそこにはある。

 命を削る戦士や魔術師達とは違う意味合いで、死霊術師には知っておかねばならない『死』の現実がある。

 彼は市井に埋もれて生きる道を選んでいるようだが、いつかは彼をその場に引き摺り出して、そこから死霊術師としてどう化けるかを、ネイヴは見てみたいのだ。

「本当に楽しみな子だよ、レノアール。」




「うん、土台は大筋これでいく。」

 錬金術工房に篭っていたノアがひとつ頷くと、少し前から傍でお茶を飲んでいたメイ・レノ・リト、それに次の作業の準備をしていたライラが一斉に振り向いた。


 魔石の材料の精製、それに媒体となるネックレスの術式の改良を繰り返しているうちに、3日という日はあっという間に過ぎた。


 ノアの手元にあるのは粘土細工の土台のモデル。これを宝飾品も手掛けるトマに再現してもらうことになる。

「メイちゃん、魔石がここに嵌まって、その性質次第で多少修正を入れるかもしれないけど、だいたいこんな感じのネックレスになるんだ。

 気に入らない所とか、もっとこうして欲しいって所あるかな?」

 要望を取り入れるならそろそろ最終段階になる。できればメイ自身も気に入って身に付けてくれるものにしたかった。

「うわー、ノアお兄さん、宝飾デザイナーになれるね。

 これが術式なんて不思議。だって、綺麗な模様だもん!」

 にこにこと微笑んでくれるのを見る限り、どうやら気に入ってもらえたようだ。

「良かった。じゃあ、魔石の錬成に入るね。」


 通常様々な目的に使う魔力媒体としての魔石の錬成とは違い、魔石の魔力の波長をメイの魔力とすり合わせるという目標のある錬成だ。

 魔力の細かい波長を感じ取れるライラ、それにメイ自身の協力を仰いで、ふたりに待機してもらっていた。

「メイちゃんはレノちゃん達とお茶を飲んで待っていてくれるだけで大丈夫だよ。」

 そう言って、助手を務めるライラには隣に座ってもらい、目の前に揃えてもらった精製済みの原料に着手する。

 どうしても納得のいく品質に仕上がらなかった原料のひとつが今朝ようやくその域に達した。

 本当は土台よりも先に魔石造りを完了させるつもりだったが、その間に土台のモデリング作業も佳境となり、そのイマジネーションを維持するため、結局は作業が前後することになってしまっていた。


 大体の分量の目安をつけた素材を前に、一度目を瞑り、集中すると、ノアはそれらに魔力を通していく。

 ━━━融合のイメージ…。

 ベースとなる貴石を核に、少量ずつのアダマンタイト、ミスリル、オリハルコン…それに各種の魔法原料が、ノアの手元でゆっくりと融け合っていく。

『もう少し柔らかく…アダマンタイトとオリハルコンを二割ほど除去してみて。』

 細かく意思伝達するためにテレパスで繋がったライラから声がかかる。

 ノアはライラの言葉を受け、錬成を細かく調整していく。


 一刻ほど調整を繰り返した頃だろうか。

『このまま内包物をアミュレット化していく。

 ベクトルが鋭化するけど…。』

『大丈夫。今の波長がそのままくっきりするのならば、メイちゃんの魔力と噛み合うはずよ。』

 ノアの額に滲んだ汗を拭いてやりながら、ライラもGOサインを出す。

 ノアはさらに集中を高め、取り込んだ内包物で、貴石の中に魔方陣を組み立て始めた。

 慎重に…慎重に。

 ここで気を抜けば、これまで準備に費やした数日、集中の限りを尽くした一刻が無駄になる。

 原料こそは余分に用意してあるが、ノアはそれに頼るつもりはなかった。

 小指の先ほどの小さな貴石…その中に織り込まれ綾なしていく魔方陣。だんだんとその魔力が高まっていくのは、貴石の中の魔方陣が効果を発揮し出しているからに他ならなかった。

『っ! ノア! 魔力が強すぎるわ! 貴石が割れる…!』

『…これでどうだ?』

 どうやら、改良を加えた魔方陣の効果が高過ぎたようだ。慌てて内包物の魔方陣を描き換えると、ノアにも貴石の軋みがおさまったように感じられた。

『……もう大丈夫みたい。』

 ライラもほっと息を吐く。

 それを見て安心して魔方陣の微調整を終え、ノアは『魔石』と化した貴石に通す魔力を、少しずつ少しずつ終息させていった。


『おつかれさま、ノア。』

『ありがとう、ライラ。』

 互いに微笑み合い、ノアの掌の中にコロンと転がった魔石を見つめる。

 その色はコーンフラワーブルー。

 やはりライラの持つ媒体と似た、しかし少し色合いの柔らかい魔石が出来上がっていた。




 土台との整合性をライラと共に確かめた後。

「メイちゃん、この魔石を持ってみて。」

 出来上がった魔石を、完成が近付くにつれそわそわと落ち着かなくなっていたメイのもとに歩み寄り、その掌に載せる。

 光を受けてキラキラと輝く魔石をきゅっと握りしめて、メイが目を閉じた。

「……うん。これ、確かに私のだ・・・)。」

 魔石に込めた魔力が馴染んでいくのがわかるのだろう、ライラもこくりとひとつ頷く。

 ゆっくりと目を開き、メイは落ち着いた様子で元気な笑顔を見せた。

「ありがとう、ノアお兄さん。」




 出来上がった魔石はそのままメイに。

 土台のモデルとなる粘土細工を携え、ノアらはトマの工房へと場を移していた。

「ほほー、こりゃ凝った細工になったな。」

 メイ用の媒体はライラのものを改良したものになる。その分土台にも魔石にも細かい意匠が増えていた。

「メイ、魔石の方も見せてくれるかの?」

「うん。」

 トマはメイの魔石を素早く指先で回転させ、たったそれだけですぐに彼女に返した。

「こっちも力作じゃな。寸法も問題ない。こりゃやりがいのある仕事になりそうじゃ。」

 そう言い切ったトマに、確認は失礼だろう。

 ネックレスの作成はトマに一任することにして、ノアはようやくほっと一息吐いた。




「本当にありがとう、ノア。」

「ちょっ…頭を上げてよアル! まだ媒体自体が完成したわけでもないし!」

 メイが真っ先にアルの元に魔石の完成を告げに行くと、アルは深々とノアに頭を下げた。

「それでも礼を言わせてくれ。ありがとう。」

 頭は上げたものの、今度は抱き着いてありがとうを繰り返すアル。

 リトは見て見ぬふりを決め込んでいるし、メイはアル同様ノアに抱き着いて来ようとする。困って視線をさ迷わせていると、ラウンジに近付く複数の足音が聞こえてきた。


 レノが触れ回り駆け付けたクラン員達によって、ノアがありがとう責めに遭ったことは、言うまでもない。





「綺麗な石ね。」

「うん! これが嵌まるネックレスもね、すっごく素敵なんだよ!」

 今トマが造ってくれているんだよと説明を織り交ぜつつ、昼食を囲みながらメイが皆に魔石を披露する。

「無くさないようにしろよ?」

「大丈夫だよ、この魔石(いし)はもう私の一部だもん。」

 アルが頭を撫でてやりながら注意すると、メイは魔石をきゅっと握りしめて、その手に頬擦りする。

「ライラちゃんは媒体を無くしても見付けられるって言ってたけど、私にもわかると思う。

 だって、これが出来る時からわかったもん。私のための、私の分身(・・)が生まれてるんだって。」

「そりゃ凄い。」

「むー、信じてないなー!」

「そりゃライラなら納得がいくが、鈍感なお前がそんなこと言ったってな。」

 アルは笑ってからかうが、本当に信じていないわけではない。メイのことを信じないはずがない兄馬鹿だからこそ、からかって可愛がっているのだった。

「メイの新しい魔法衣(ローブ)も午後には届く予定だし、万事順調ね。」

 フォンの微笑む通り確かにすべて順調だ。

 だからこそ気にかかってしまうことがある。


 ━━━テルザさん…どうなっただろう。

 ネイヴの拠点がどこにあるのかは知らないが、さすがにもうそろそろ彼も帰り着いている頃だろう。

 ネイヴはメイが『生きている』ことをテルザに伝えてくれただろうか?

 ネイヴは語りかけてみると言ってはくれたものの、あまり乗り気には見えなかった。きちんと伝えてくれる確証はないだけに、不安が募る。

 同時に、ネイヴが言ってたこと…テルザを起こせば彼女の魔物(モンスター)化を早めることになるかも知れないということも、大きな不安だった。

 だが、彼女が自分の殻に閉じ篭っていては、なにも進展しないのだ。彼女には苦痛に感じる事情があるかもしれない。けれど、メイとアルのためにも、テルザ自身のためにも、彼女に家族の元へ帰ってきてもらいたかった。




 戦場に初めて不死の兵士を投入した死霊術師(ネクロマンサー)がリッチ化したという記録は残されていない。

 少なくとも、魔物(モンスター)化した事実はないと思われる。

 大量の使役体を操っていたはずの彼がリッチ化せず、同様に使役体を使って戦局を動かしていた後輩死霊術師達はリッチ化、後に魔物(モンスター)化して災厄を振り撒いている。

 その違いは何であるのか…。

 ネイヴは揺り椅子に眠る眠り姫(テルザ)を眺めながら、グラスを傾けていた。

「やはり、ぼくら後続の死霊術師達が使役する際に無視してきた、使役体の『自我』なんだろうかね。」

 その、報われない想いと霊的エネルギーが降り積もり、術者をリッチへと導くのかもしれない。

 ネイヴは当然のことながら、テルザも数体の『自我を持たない』骸を使役してきている。だが、その数は多くはない。そのことも、彼女の魔物(モンスター)化が延びている一因であるのかも知れない。


 使役体を生み出した始まりの死霊術師(ネクロマンサー)の記録はさほど多くない。

 多くないということは、彼は平凡な死を迎えたということでもあるだろう。

 彼の所属していたのは、不死の一個小隊となった分隊の一員としてであったとも言われている。

 彼が仲間達に『戻ってきてほしい』と願っても何の不思議もない。

 取り戻したい…その強い想いが、能力の高い死霊術師によって願われた時、自我を取り戻した使役体が生まれるのでないか?

 テルザにとってのメイ、レノアールにとってのライラを鑑みると、その仮説もあながち間違っていないのではないかと思われる。


 ━━━幾体もの使役体を使い捨ててきたぼくは、間違いなくリッチとして甦る。

 それも、災厄クラスのリッチとして。ネイヴにはおかしな、自信のようなものがある。

 テルザの件の仮説が正しければ、魔物(モンスター)化も早いことだろう。リッチとなった時、手にした力を望むままに振るわない自分など、想像もつかない。


 では、ノアはどうだろうか?

 彼の使役体は、ライラを除けば全てネイヴが操ったあとの残骸であるようだ。リッチ化への災禍はネイヴのみに襲うのか、平等にノアにも降りかかるのか?

 ━━━確かめてみたくなって困るよ本当に。

 見てみたい探究心という名の厄介な欲求。

 ノアを愛弟子と認識しているのとは別に、彼の死と結果に惹かれる好奇心も同時に存在するのだ。


 同様に、今ネイヴの中では、ふたつの欲求がない交ぜになっていた。

 テルザをこのまま見守り、リッチ化からも辛い現実からも守るべきなのではないかという、兄弟子としての想い。

 ノア達が望む通り、メイのことを伝えてテルザを揺り起こすことで、リッチとしての…魔物(モンスター)化の過程を観察したいという欲求。


 その天秤は、ぐっと後者に傾き始めていた。


 ━━━テルザのクラン(ディアザルテ)でも望まれているのなら、どんな結末になるにせよ起こしてやるべき、だよね?

 今自分の口元に浮かんでいるのはどんな笑みだろう。

 きっと、レノアールもテルザも厭がる、うすら寒いという笑みなのだろう。


 カラン…不意にグラスの氷が鳴る。

 そしてまた少し冷静に返る。


 あの日路地裏でテルザを見つけ、保護した時から、今の自分はテルザの『保護者』だ。兄弟子としての想いも、進展を望む欲求に待ったをかける。


 彼女の進退を安易に決めていいものかどうか、ネイヴ自身もまだ、計りかねているのだった。

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