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ノア(仮)  作者: 直方 諒
10/30

家族

「ところで、朝飯ってまだ残ってるか? 早くうちに戻りたくて急いで帰ってきたから、宿の朝飯食いっぱぐれてんだよ。

 ひとりで淋しく飯食うより家族で食べたいしな。」

 神妙な空気は長くもたないのか、ぐぅ~と腹の虫を鳴らして、アルが情けない声を上げる。

「安心しろ。私達もこれから朝食にしようと言っていたところだ。」

「よっしゃ! 夜明け前から馬を飛ばしてきた甲斐があったぜ。」

 途端に元気な声を上げたアルが、メイを抱き上げる。メイも素直に抱き上げられ、アルの肩に抱き付いてキャッキャと笑い声を上げた。

「んじゃさっそく飯にしようぜ。全員食堂に移動な!

 俺のいなかった間のことは、飯食いながら教えてくれ。」




 朝食を摂りながら、ノアはリトとカークに話していた考察をみんなに説明する。

「現技術での召喚時には、礎体の方が媒体の魔力に馴染んで使役体として復活するのだと推測されている。だから、後付けになるメイちゃんに合わせた媒体を作ることが出来ると確約は出来ない。

 だけど、おれとライラの魔力はメイちゃんと相性がいいみたいだから、作ってみる価値はあると思うんだ。」

 その言葉に、その場にいた全員から声が上がる。

「すごいじゃない!」

「ぜひ作ってあげて!」

「装備品の新調は任とけい。腕のいい服飾職人にも心当たりがある。」

 鍛治関係の相談もあるとあって、予定よりは少し早かったらしいが、トマにも工房から出てきてもらっていた。

「幸いノアから預かったアダマンタイトがあるからの、あれを使わせてもらおう。

 何に使うべきか考えあぐねとったが、まだ手を付けずにおいて良かったわい。」

「あ、トマ爺さん、媒体にも使おうと思うんだけど、このくらい分離してもらっておいていいかな?」

 片手の親指と人差し指で輪っかを作り、トマに示す。女の子が身に着ける媒体ならば、やはりネックレスやペンダントのような物が良いだろう。アダマンタイトは丈夫で魔力馴染みも良い素材だ、媒体の土台にするには最適だった。

「作る物が決まっとったらさっそく作るぞい?」

「じゃあネックレスにするからお願い。

 ライラ、爺さんにネックレスをサンプルに見せてあげて。」

 嵌める魔石の大きさは作ってみなければわからないが、ライラのものとそう大きくは変わらないだろう。ノアはライラに、媒体のネックレスを見せるように促した。

『どうぞ。』

 ライラはネックレスを外してトマに渡す。ノアはギョッとしたが、ライラはもう慣れたもののようにノアに微笑んだ。

『大丈夫よ、ノア。貴方が傍にいるもの。』

 ライラが媒体のネックレスを外したのは、鎖を付け替えて以来初めてだ。確かに紛失した時にも大丈夫そうだったが、ノアは不安になって、ライラの手を取る。意識して魔力の流れをライラに向け、彼女の身体にそれを流し込む。

『ありがとう、ノア。』

 恥ずかしそうに、けれどライラも、ノアの手を握って包み込んだ。




 一通り型を確認して、トマからライラにネックレスが戻ってくる。すぐさまライラにネックレスを着けてやって、ようやくノアは息を吐いた。

「現物を見られるのはありがたいが、ノアがもたんから、次に見せてもらう時は着けたまま確認させてもらおうかの。」

 くっくっくと笑いながら、どこから取り出したのかトマがメモを録っている。

「それがいいな。メイのための思いなのだろうが、あまりノアに心配をかけてやるな。」

 リトもどこか唇の端を歪めながら、ライラに話しかける。

『はい。ごめんなさい、ノア。』

 少ししゅんとして、ライラがノアに向き合う。けれど、本当はライラは嬉しくて、気持ちが温かくなっていた。もちろんノアが心配してくれるのも嬉しいけれど、それよりもノアを心配してくれるみんなの気持ちが嬉しい。

「今でも外しても大丈夫なこともわかったからいいよ。

 逆に少し安心できたかも。」

 ほっとした笑顔のノアは優しく応えてくれる。

「それに、メイちゃんとライラの相似性の証明にもなったしね。

 やっぱり、自我のあるライラ達の場合は、魔力の供給が追い付いていれば媒体なしで自律することができるみたいだ。媒体は単に、魔力を留めて置くために便利な道具として機能するんだね。」

 それは、自我のない使役体との差異比較として、大切な確認事項でもあった。




 メイのために用意する媒体用の魔石は、なるべく質を高める必要があるだろう。

 ひとつには、スケルトンであるライラに対し、肉体を保持するメイは、賄うべき魔力が多いと予想できること。

 ひとつには、現状で使役主であるテルザと離れていること。

 それに、後付けで用意する媒体であるのだから、どうしても機能性としてロスが生まれるだろうこと。

 ネックレスの土台に刻印する紋様の見直しも必要だなと、資料を漁り、魔石の錬成の準備を進めながら考える。トマにはその旨はもう伝えてあるから、素材の分量の確保と鎖部分の準備だけ進めてくれると約束してくれていた。

 魔石の魔力の質の調整には、ライラが助手として活躍してくれる予定だ。生前から魔力の質を読み自己治癒力を補助する術に長けていたライラだったが、使役体として魔力を享受する身になって以来、魔力の波長のようなものの違いを読む能力が更に冴えて感じられるという。

 錬金術の精練時に、素材の見極めのアドバイスなど、ライラは正しく助手以上の存在としてノアを助けてくれていた。




「ノア君はまたお篭りなのね。」

 10時のお茶を用意しながら、ミシェがため息をつく。

「メイのためにがんばってくれるのは嬉しいけど、そのうちトマみたいに工房から出てこなくならないか心配だわ。」

「ライラちゃんもそれが心配だって~。すぐに時間忘れて熱中するから、ご飯食べさせるのも一苦労なんだって。」

 切り分けられるチーズケーキに目を輝かせながら、メイがライラの手話を通訳する。

 魔力的には食べる必要量が減っても、女の子が甘いものに目がないことに違いはない。メイは大きめに切り分けてもらったケーキにはしゃぎながら、ライラの横に座ってさっそくフォークを手に握っている。


「というわけで、はい、リトお願い。」

「…呼ばれた時からわかっていたが…まあいい。」

 にこやかにケーキとティーセットを乗せたトレイを渡すフォンからそれらを受け取り、リトが溜め息を吐く。

「行ってノアの邪魔にはならないか?」

 視線をライラに向けると、彼女はこくりと頷いて見せた。

『大丈夫です。私も定期的にノアに休憩を促していますが、ノアはそういった場合にはキチンと思考の切り換えができるタイプですから。』

「むしろ気分転換になっていいらしいよ?」

 チーズケーキに夢中なメイに代わり、もう一人、手話を学んでいる人間(プリースト)…カークがクスクスと笑いながら通訳する。

「ならばいいがな。」

 今日の食堂には、工房に篭ってしまったノアとトマ以外の、現在この街にいるメンバー全員が揃っていた。もちろんそこには、少し硬い表情をしながらも、なるべくライラとの距離を詰めようと努力する生真面目なウィルの姿もある。甘いものにあまり興味のない彼もここにいるのは、(ひとえ)に慣れるべきは自分という意思の表れだった。

 そのガチガチの意気込みにライラが恐縮してしまっているのはさておき。

「では行ってくるか。」

「いってらっしゃーい。」

 リトを送り出した後、さっそくアルが口を開いた。

「基本面倒くさがりのリトがあれだけ甲斐甲斐しく面倒見るなんてなー。

 よっぽど気に入ってるんだな、ノアのこと。」

「リトねー、会った最初っからノアお兄さんのことディアザルテ(うち)に誘いたいって言ってたよー。

 ライラちゃんにも優しくお手伝いしてたし。」

 パクパクとケーキを平らげて紅茶を啜りながら、メイがアルに報告する。

「リトの人を見る目は能力以上だからなー。」

 鑑定師(レイター)の能力とて万能ではない。表面に現れた情報(データ)に多少の素行くらいは読み取れても、人柄まではわからないのだと、リト本人から聞いている。

 それでもリトはノアを一目で気に入った。それは、ライラも不思議そうに肯定した。

「あるいは、ライラを見て気に入ったのかもね?」

 カークが温かな声音でライラを見る。

「だって、大切にされているのが傍目にもわかるもの。

 メイのこと大切にしているリトだから、ライラのことを大切にしているノアにシンパシーを感じたのかも?」

 大切にされていると言われたふたりはお互いに向き合い、照れたように肩をすくめ合っている。

 ライラはスケルトンであるが、彼女に向けられる畏怖や嫌悪を避けるため、普段は自動人形(オートマタ)を装って行動している。それを一目で見抜けるリトならばこその判断基準と言えた。




「ところで、今回の謁見はどうだった。」

 ウィルと同じく甘いものはさほど好まないため、ケーキは辞して紅茶だけを啜っていたディノが、アルに視線を向ける。

 その言葉に、微笑ましいほど楽しげにメイとお茶を楽しんでいた雰囲気が一転、アルの空気が険しいものになった。

「『行方不明』のテルザについて、かなり疑わしげに探り入れてきた。

 夫婦喧嘩の家出中とか言って適当にかわしてきたけど、下手すりゃ国から嗅ぎ回りに来るかもしれない。」

 国からの調査…まずいのは、今は秘匿しているテルザ(ネクロマンサー)がリッチ化しているかもしれない件だけではない。

 テルザの件以前から隠し通してきたこと…意志を持ち自律するアンデッドとなったメイの存在こそ、公に知られてはまずい秘匿中の秘匿だった。

「大丈夫、お前のことは死んでも守るからな。

 お前は普通の人間と変わらないんだ、平然としてりゃバレっこない。ノアが媒体を用意してくれりゃ完璧だ。」

 愛おしげにアルがメイの頭を撫でて諭せば、メイも全幅の信頼を寄せた目でアルに微笑む。


 義理の間柄だと言わなければわからないほどこの兄妹がお互いを慕い合っているのは、そもそもテルザと3人、彼等が幼馴染みであることに由来する。それは、アルの実家がテルザとメイの祖父へのお目付け役のような立場だったこと、テルザが祖父の後継者として選ばれ傍に置かれたことがきっかけなのだが、幼かった彼等にそんな事情は関係ない。

 しっかり者の姉ひとり以外は男兄弟だけのアル、優しく聡明なテルザと二人姉妹のメイ。秘かに憧れていた、守ってやりたいような可愛い妹、強くて頼もしい兄としてお互いを必要とし、信頼し合って育ってきた。アルの実家からの反対を受けながらもアルとテルザが結ばれたことで事実上も兄妹となり、その絆は一層強まっていた。


 ライラはメイとのおしゃべりで、如何に二人が信頼しあった義兄妹(きょうだい)なのかを聞いている。アルのことをテルザ(おねえちゃん)と同じくらい大好きだというメイは、幼い日の思い出や、アルとテルザ(ふたり)が結ばれて本当にお兄ちゃんになってくれた嬉しさを、ライラが部屋に泊まった二晩でいっぱい話してくれていた。

 ━━━…本当に羨ましい。

 孤児院育ちのライラには、本当の意味での『家族』はいない。

 乳飲み子の頃に院に引き取られた彼女は、多くの同じ境遇の子供達と共に過ごしてきた。彼等が兄弟とも言えなくはないが、アルとメイほどに信頼できた存在はいなかった。友達以上家族未満の『兄弟』達。ノアでさえも、親しく接し始めたのは互いを意識し出してからだった。

 ノアもそれは同じだろう。

 彼は物心付いた頃、家族と共に過ごしていた所を賊に襲われ、母親から逃がされて一人逃げ延びたのだという。家名を知らず、自分と弟の名前と歳や誕生日くらいしか覚えておらず、また旅の途中だったらしいため知人もいなかった。そのまま身元不明となったことで、ライラと同じ孤児院に引き取られてきた。

 本物の家族の記憶がある分だろうか、ノアも孤児院の子等とは一線を置き、家族として接しきれていなかったように思う。

 だから、ふたりとも、家族に憧れていた。

 時がきたら…互いが身を立てられるようになったら家族になろうねと、幼い時分から約束していたのだった。

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