鑑定師
この大陸において屍霊術師が禁忌とされるようになったのは、先の大戦が終わり、その終戦処理にて、大量のリッチを生み出したことに起因するという。
但し、ネクロマンサーが直接リッチを生成・使役したのではない。
戦時中、死傷兵を敵味方の区別無く不死身の兵士として生まれ変わらせるネクロマンサーは、前線で多いに活躍した。
最前線では英雄視されていた。
功績に応じた恩賞だって約束されていた。
ところがだ。
いざ戦争が終わってみれば、死者への冒涜という言葉を盾に、戦役の不条理を最前線の雄になすりつける空気が広まっていった。ネクロマンサーを異端と蔑んできた『教会』の、戦争終結を期にした台頭を背景とし、それは、大陸全土に広がりを見せた。
多額の恩賞を無効にし、アンデッド化された兵士の遺族の怒りをかわすことのできるこの世論を、各国政府は両手を上げて歓迎し、ネクロマンサー達は弾圧され、特に活躍した優秀な術士達に至ってはA級戦犯としての処刑が決まった。
大戦に参加した数多くのネクロマンサーがその不実を受け入れられない無念のまま処刑台に上り、そして、世界的な恐慌が始まった。
アンデッドの魔術師、リッチの蔓延である。
処刑されたネクロマンサー達は無念を触媒として未練のままに蘇り、生前優秀だった者ほど脅威を齎すリッチとなった。始めのうちはその不手際を隠蔽しようとした各国上層部の情報封鎖によってリッチは生み出され続け、恐慌は、ある日突然目の前のものとなったのだった。
「大戦後、ネクロマンサーの術はほぼ失われ、現在では指折り数えるほどの、当時前線に出るには既に老いていたような老師達が辛うじてその名残を受け継ぐばかりだと言われているな。」
男はそう言うと、青い肌の掌の先を、目の前の少年に向けた。
「だが、その実、若き次世代の屍霊術師が育っていることを我々は知っている。君のようにな。」
「何が言いたい。」
少年は静かな声に警戒を滲ませ、ダークエルフとおぼしき表情に乏しい男に鋭い視線を向けた。
「言いがかりを付けに来たのなら帰ってくれ。悪質な風評を立てられたら、客が寄り付かなくなる。」
事実、男の話が聞こえていたらしき幾人かが、胡散臭気な顔をして、少年の露店から離れて行く。少年はそれを見て、小さく舌打ちをした。
「これは悪かった。では、店を畳んで私と一緒に来て欲しい。」
男はなんでもないことのようにさらりと言い放つと、少年の露店の品物を指差し、
「これは全て私が買わせてもらう。売り物がなければ、広場に止まる理由もないだろう?」
だから、なるべく早く同行の準備をして欲しいと、少年に促した。
「は? なんだよそれ。」
今度は少年が胡散臭気な顔をする番だった。男の身形を見るに、上質の魔法衣を纏い、腰には魔石をミスリルで象篏したらしき意匠の柄の見える剣を帯びている。それらを無造作に捌きそこいらの冒険者の安い装備と同じように扱う様を見る限り、確かに少年の露店を買い占められるくらいには裕福そうではある。
だが、そこまでして少年を連れ出したいという、理由が見当たらないのだ。ネクロマンサーを探しているにしても、火急を要するようなきな臭い火種の噂も聞いていない。
「わけわからないな。帰ってくれ。
あんたみたいな人にゃ二束三文の売り物でも、これは必要としている人に買ってもらいたいんだ。これでも『錬金術師』の端くれなんでな。」
少年の広げる露店には、確かに錬金術で精製される秘薬や良質の鉱石が並んでいる。それらを見る限り、少年は腕の良いアルケミストであるようだ。
「もちろん必要としているからこそ買わせてもらうと言っている。君は錬金術の腕前も素晴らしい。これなど、クランの鍛冶師が小躍りして腕を奮ってくれそうな練度だ。」
男が手にしたのはアダマンタイトを精練した小さな塊。少年自身も納得のいく出来で、自分で鍛冶を頼み使おうか悩んだ末、資金不足のため、やはり売りに出していた品だった。
秘薬の質にも自信がある。
しかしそれは、使ってもらわねばわからないこと。街に来たばかりの新参者の売る高値の付いた秘薬など買ってくれる者は居なかった。だが、値段に恥じない効果を約束出来る。だからこそ同業者に遠慮して値下げ出来なかったし、だからこそ、今まで売れ残ってしまっていた。
「君が望むならば、アルケミストとしてクランに迎え入れたいくらいだ。そのくらい評価しての買い取りだが、それでも私には売ってもらえないか?」
メンバーには良質の秘薬を渡しておきたいしなと、秘薬の小瓶を眺める男の口元に、僅かな微笑み。無表情で高圧的な男だと思っていたが、そんな表情も出来るのかと少しだけ気が緩んでしまう。
だが。
「…あんた、鑑定師なのか?」
少年は、小さく呟いた。
ごく稀に、一見しただけで人や物のある程度の情報がわかってしまう者がいるという。個人差の大きい能力らしいが、もしそうならば、男の言動にも納得がいく。
「…………私は少し物の価値がわかるだけだ。」
男は薄く笑い、明言を避ける。
当然だ。レイターもまた、ネクロマンサー同様、忌み嫌われている存在なのだから。
誰だって、自分のことを筒抜けに暴かれたくなどない。そして同時に、悪用しようと思えばこれほど便利な能力もない。非常に貴重で価値ある能力であるが、物だけでなく人の情報までわかるということで、度々厄災をもたらしてきた能力でもあった。
例えば、王家に仕えたレイターが王妃の不貞と立太子の否定を進言し、寵妃の謀略と主張する王妃側と国を二分する争いに発展した。例えば、夫の小さな悪事に悩んだ妻が、伴に寄り添い続けることを望んで真っ当な商売を手伝いたいとレイターであることを打ち明けたがために、夫は更なる悪事を重ねる手伝いを強要し、甚大な被害をもたらした挙げ句に、妻は耐えられずに夫を道連れに無理心中をした。例えば、とある富豪貴族の物心ついたばかりの令息が父親と商談をしていた商人の私生活の不埒を口走ったために、商人は信用を失って取引を反故にされ、商人と取引のあった小売りを巻き込んだ破綻の嵐を引き起こした。
数え上げればキリがない。
今では、自ら鑑定師と名乗る者はいなくなり、迂闊にその能力を知られれば、国の厳しい管理を受け、生活や人間関係を制限されるようになっていた。
また、能力の高いレイターほど、読み取る情報が多い…つまりは、隠しておきたい秘密まで読まれてしまうのではないかと人々から忌避される存在であった。
「…物の価値がわかるというなら、コイツを査定してみろよ。」
少年の指した先には、妙に線が細い人形が、商業ギルド発行の広場の商業利用許可証を膝に抱えて座っていた。フードつきの優美なケープとローブ、レースの手袋と編み上げのブーツに飾られ、少年よりも余程身形が良い。自動人形であるのか、白い面の小首を傾げて少年を見る。その動きはなめらかで、名のあるアルケミストが仕上げたとしたら、大通りに家が一軒建ったとしてもおかしくない。
男は少し沈黙した。
そして、また微笑んだ。
「私の負けだ。確かに、君の秘匿を読んでおきながら自分は明かさないなど卑怯者のすることだな。
答えは査定不能、ということで勘弁してくれるか?」
それは少年にとって、男が鑑定師であることを明かしたのと同時に、少年が屍霊術師であるのを確信している、ということでもあった。
「ライラ、秘薬を鞄に詰めてくれ。露店を畳もう。」
少年が言うと、ライラと呼ばれた人形は軽く頷いて許可証を置き、大きめな革鞄に小瓶を綺麗に並べて詰めていく。別の鞄にインゴットや雑多な小物類を放り込んでいく少年よりも几帳面なようでいて、しかしその手捌きは少年よりも速かった。
「あんた…ええと…?」
一度名乗られた気がするが、その後の胡散臭い口上に記憶の彼方に吹き飛んでしまった男の名を思い出そうとする。
「フィリート=ノインスファルスだ、レノアール。」
名乗った覚えのない少年の名前。商業許可証にも書いてあるから不思議ではないが、男…フィリートは、直接名前を読んだのかもしれない。許可証に書かれたレノアール=タッセルという名前から、敢えてファミリーネームを抜いて呼んだ。初対面の相手に対してはどうかと思うが、レノアールにとってはファミリーネームの方が違和感があるから、まあよしとした。タッセルは彼のいた孤児院の名称から付けられた、ただの便宜上の名前なのだ。
「ノインスファルスさん? 話は聞くけど、場所を変えたい。
クランがあるなら…」
「ああ、私もクラン関係の用件でな。拠点に案内したいと思っていたところだ。」
男はさりげなく人形の座っていた折り畳み式の椅子をたたんだり、付けてあった値札を拾い上げてまとめたりと、片付けを手伝いながら答えた。それも驚きだった。あまりにも口調とも風体ともそぐわない。終いには、鞄を持つライラに重くはないか?と声までかけていた。
「…あんた、どっかのお貴族様なんじゃないのか?」
「貴族でないと言えば嘘になるが、実家とは縁遠くなって久しい。それがどうかしたか?」
結局ライラの鞄を持ってやり、ライラには許可証と値札を渡して敷物の埃を払うレノアールを待つノインスファルスという男が、イマイチよくわからない。
「いや、あんたって如何にも貴族って感じなのに…」
「あーっ♪ リトみーっけ~♪ ねー、お菓子ほしーのー♪」
突然の大きな声に、三人一斉に振り向く。
「レノか。メイはどうした?」
それは熟れたプラムのような艶の良い髪が目を惹く小柄な少女だった。小柄ながらもしっかりとした手足の作りと、ヒューマンとは違う特徴的な目鼻立ちから、ドワーフだとわかる。どうやらノインスファルスの知り合いらしい。リトというのは、ノインスファルスのことのようだ。
「ん~? お菓子見てたら急にいなくなっちゃって追っかけてきたの~♪ そしたらリトがいたの♪ でね、今そこのお兄さん見てるよ☆」
「は? って! うわぁ?!」
レノと呼ばれた少女の歌うような言葉と共に、レノアールの背後から、にゅうっと腕が伸びてきて、抱き締めるように捕まえられる。
「やほー、お兄さんネクロなんだね~。良かった~、逃がさな~い!」
きゃらきゃらと笑う高い声に、それが同じく少女のものと知る。
「ちょっ…な…なに…?!」
「やめないか、メイ。
すまない、うちのクラン員が失礼を。
…メイ、いい加減放せ。彼にはうちの拠点に来てもらい、話をすることの承諾を得たばかりなのだぞ。台無しにする気か?」
「やーだー、お兄さんの傍気持ち良いんだもん、お姉ちゃんといる時みたい!」
だから一緒に行く~!…と言われても、後ろから抱きつかれたままでは身動きも取れない。
レノアールはひどく冷たい手だなと思いながらもやんわりと少女の手を取り、メイと呼ばれた少女に振り向いた。
全開の笑顔で明るく笑う彼女の身長はライラと同じくらい。レノアールと同じヒューマンのようで、歳は15には満たないだろう。無邪気なその笑みに違和感を感じるのは、歳にも言動にもそぐわない、厚めの化粧のせいだろうか?
「ごめん、少しはなれ…っ?!」
きちんと向き直って気付く。違和感の正体。
「この娘…もしかして?」
ノインスファルスを見ると、彼はこくりと頷いた。
「君に来てもらいたいというのは、他ならぬそのメイ…マリーアンについて、そして、彼女の姉に関わることだ。詳しくはクランの拠点で話したい。」
レノアールもこくりと頷く。
少女の事情に気付いたレノアールには、こんな場所で話して良い内容でないことが理解できていた。