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2015年/短編まとめ

死んでも生きても同じ青空

作者: 文崎 美生

「あの、何で先輩がこんな所にいるんですか」


「あぁ、いいよ。気にしないで続きをどうぞ」


ニッコリと笑ってそう言ったが、彼女はどうにも納得がいかなさそうな顔をしている。

私はフェンスに背中を預けて本を開く。

彼女はフェンスを跨いだその先にいる。


現在三時間目の途中だけれど、私はサボリで彼女は保健室登校。

俗に言ういじめられっ子。

何度かその現場に遭遇して助けたけれど、それ以上も以下もない関わりだ。


今日こんな風に屋上で出会ったのもたまたまだし、だからどうするもこうするもない。

私はそもそも本を読みに来ただけなのだし。

例え彼女がフェンスを跨いでいて、今にも飛び降り自殺をしようとしていても関係はないのだ。


「……普通止めますよね」


彼女が訝しむようにそう言うので、読み掛けの本から顔を上げて彼女を見た。

彼女の眉はすっかり下がっていて、まるで悪戯のバラれた子供のようだ。

そんな顔をするならこんな場所でしなければいいのに。


「私は普通じゃないから」


パタン、と音を立てて本を閉じれば彼女の方が小さく揺れる。

私の言ったことが分からないというような顔をしているけれど、普通止めると言うなら今止めない私は普通じゃないんだろう。

なら私は普通じゃない、それだけの話であって、別にそれで問題はない。


「普通の定義なんて人それぞれでしょう?」


小首を傾げて言えば彼女は微妙な顔。

あまりそういう顔をされても話しにくいので面倒だったりする。

説明求めてるのか判断がつかないことが多いから。


「それより飛び降りないの?」


「……何で推奨するんですか」


今度は咎めるような彼女の声と言葉。

私が悪いのか、これは。

溜息を吐き出して、カシャン、と音を立ててフェンスに指を絡めた。

フェンスの向こうの彼女を見据えて言葉を紡げば、やはりと言うか何と言うか、彼女の首が傾いていく。


「そもそも私がここに本を読みに来たように、貴女もここには飛び降り自殺をしに来たんでしょう?だったら、その目的を果たしていないから聞いただけであって、推奨する気も止める気もないわ。私には関係ないどうでもいいことだし」


風が冷たくなってきた。

三時間目が終わったら一度教室に戻って、ブレザーを持って空き教室で本を読もう。

そうすればもう邪魔されないはずだ。


サラサラとなびく髪を押さえ付けて彼女を見れば、口を開いたり閉じたりと金魚みたい。

言葉が喉につっかえて出て来ないようだ。


「自殺とか選べるのは健康で生きてる人間だけだからね」


「……え?」


「他の動物っていうのは生存本能が強いから、生きてる人間みたいに自殺なんて考えることはないって話だよ。人間は自分勝手なんだって思い知らされるよね」


なびく髪が鬱陶しくなって、耳にかける。

風が出てくると砂や埃が舞って凄い。

彼女のスカートのポケットから見える茶封筒はきっと遺書。

その遺書は所在なさげにちらりと見える部分を風に遊ばせていた。


彼女はフェンスの上に置いた手に力を込めて、酷く歪んだ顔を私に向ける。

そんな顔をされたって困るんだけれども。

私には何も出来ないしする気もないし、関係ないことだと思っているから。

例え自分の通っている学校から自殺者が出ようと出なかろうと、自然と風化する記憶なのだからどうだっていいだろう。


彼女は戻って来ることも、飛び降りることも出来ないと言った雰囲気を醸し出している。

元々私が来るよりも前からここにいて、飛び降りるか辞めるべきか迷っていたんだろう。

死ねないなら死のうとしなければいいのに。

面倒くさい、と言う気持ちだけが私の中に溜まっていく。


本を片手に彼女に「じゃあね」と手を振ってから、屋上を出てその前の階段に座り込むことにした。

まだ三時間目が終わるまで時間がある。

冷えた体を感じて自分の体を抱きしめるようにして、二の腕をさすった。


のそのそと本を開いて読み始めれば、背中を向けた屋上の扉から啜り泣くような声が聞こえたけれど、正直どうでもいい。

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