死んでも生きても同じ青空
「あの、何で先輩がこんな所にいるんですか」
「あぁ、いいよ。気にしないで続きをどうぞ」
ニッコリと笑ってそう言ったが、彼女はどうにも納得がいかなさそうな顔をしている。
私はフェンスに背中を預けて本を開く。
彼女はフェンスを跨いだその先にいる。
現在三時間目の途中だけれど、私はサボリで彼女は保健室登校。
俗に言ういじめられっ子。
何度かその現場に遭遇して助けたけれど、それ以上も以下もない関わりだ。
今日こんな風に屋上で出会ったのもたまたまだし、だからどうするもこうするもない。
私はそもそも本を読みに来ただけなのだし。
例え彼女がフェンスを跨いでいて、今にも飛び降り自殺をしようとしていても関係はないのだ。
「……普通止めますよね」
彼女が訝しむようにそう言うので、読み掛けの本から顔を上げて彼女を見た。
彼女の眉はすっかり下がっていて、まるで悪戯のバラれた子供のようだ。
そんな顔をするならこんな場所でしなければいいのに。
「私は普通じゃないから」
パタン、と音を立てて本を閉じれば彼女の方が小さく揺れる。
私の言ったことが分からないというような顔をしているけれど、普通止めると言うなら今止めない私は普通じゃないんだろう。
なら私は普通じゃない、それだけの話であって、別にそれで問題はない。
「普通の定義なんて人それぞれでしょう?」
小首を傾げて言えば彼女は微妙な顔。
あまりそういう顔をされても話しにくいので面倒だったりする。
説明求めてるのか判断がつかないことが多いから。
「それより飛び降りないの?」
「……何で推奨するんですか」
今度は咎めるような彼女の声と言葉。
私が悪いのか、これは。
溜息を吐き出して、カシャン、と音を立ててフェンスに指を絡めた。
フェンスの向こうの彼女を見据えて言葉を紡げば、やはりと言うか何と言うか、彼女の首が傾いていく。
「そもそも私がここに本を読みに来たように、貴女もここには飛び降り自殺をしに来たんでしょう?だったら、その目的を果たしていないから聞いただけであって、推奨する気も止める気もないわ。私には関係ないどうでもいいことだし」
風が冷たくなってきた。
三時間目が終わったら一度教室に戻って、ブレザーを持って空き教室で本を読もう。
そうすればもう邪魔されないはずだ。
サラサラとなびく髪を押さえ付けて彼女を見れば、口を開いたり閉じたりと金魚みたい。
言葉が喉につっかえて出て来ないようだ。
「自殺とか選べるのは健康で生きてる人間だけだからね」
「……え?」
「他の動物っていうのは生存本能が強いから、生きてる人間みたいに自殺なんて考えることはないって話だよ。人間は自分勝手なんだって思い知らされるよね」
なびく髪が鬱陶しくなって、耳にかける。
風が出てくると砂や埃が舞って凄い。
彼女のスカートのポケットから見える茶封筒はきっと遺書。
その遺書は所在なさげにちらりと見える部分を風に遊ばせていた。
彼女はフェンスの上に置いた手に力を込めて、酷く歪んだ顔を私に向ける。
そんな顔をされたって困るんだけれども。
私には何も出来ないしする気もないし、関係ないことだと思っているから。
例え自分の通っている学校から自殺者が出ようと出なかろうと、自然と風化する記憶なのだからどうだっていいだろう。
彼女は戻って来ることも、飛び降りることも出来ないと言った雰囲気を醸し出している。
元々私が来るよりも前からここにいて、飛び降りるか辞めるべきか迷っていたんだろう。
死ねないなら死のうとしなければいいのに。
面倒くさい、と言う気持ちだけが私の中に溜まっていく。
本を片手に彼女に「じゃあね」と手を振ってから、屋上を出てその前の階段に座り込むことにした。
まだ三時間目が終わるまで時間がある。
冷えた体を感じて自分の体を抱きしめるようにして、二の腕をさすった。
のそのそと本を開いて読み始めれば、背中を向けた屋上の扉から啜り泣くような声が聞こえたけれど、正直どうでもいい。




