#6 先輩との距離
佐々木先輩が好きだという気持ちに鍵をかけてからあからさまに佐々木先輩を避けるようになってしまった。私が話すと、関わると、彼女さんは気にしてしまうんじゃないか とか もし私がされたら嫌だなーと思うことはしないでおこう とか いろいろ考えているうちにそれは自然と先輩を避けるような態度へと変わってしまい、目が合っても逸らしてしまうようになった。
「稚依ちゃーん!」
ぶんぶんと大きく手を振ってこちらに近づいて来るのは諒陽先輩で、隣を確認すると佐々木先輩は居ないようで、諒陽先輩だけだった。
「ねぇ稚依ちゃん、少し話しない?」
いつもの優しい笑顔を私に向けた諒陽先輩の声からは困った様子が感じ取れた。
「稚依ちゃん、どうして葵のこと避けてるのー?」
それはもう単刀直入に佐々木先輩のことを聞いてきた。
「葵、すごく落ち込んでるよ」
佐々木先輩には彼女がいるんでしょ?落ち込む理由が分からない。言いたくても言えない言葉を心の中で唱えて打ち消した。
「稚依ちゃん、もしかして彼女がいるって言ったの気にしてる?」
「…っ」
どうしてこの人は私の気持ちを見透かしたようについてくるんだろう。
「葵がここまで溺愛してる子を見たのは初めてなんだけどなー」
溺愛?佐々木先輩が?私を?
「稚依ちゃんを助けたいって思ってくれてるみたいだよ?自分が何とかしたいって」
助けたいって 佐々木先輩が何とかしたいって 一体何
「向き合ってみれば?自分の気持ちはそう簡単には殺せないんじゃないかなー?ね、稚依ちゃん」
「でも、でも佐々木先輩に彼女がいる事実は変わらないし…」
やっと出た言葉に声が震えた。
「うん、確かに変わらないよ、変わらない」
変わらない。佐々木先輩には彼女がいるんだ。彼女が。
「でも、葵は稚依ちゃんを大切にしてる、分かるよね?ちゃんと向き合わなきゃ自己解決なんて所詮自己満足だよ。稚依ちゃん、幸せになってほしいよ」
「自己満足でも構わないです。それで誰も傷つかないなら」
「でも稚依ちゃんが傷つくじゃん」
「私は、私は大丈夫です」
「稚依ちゃん、お願いだから幸せになってよ」
諒陽先輩を見ると悲しそうに顔を歪めていて、諒陽先輩のこんな表情を見るのは初めてで、戸惑いと罪悪感に刈られた。
「先輩…私のせいでそんな悲しそうな顔をするのはやめてください…」
「なら、葵と向き合ってよ」
「そ、それは…」
どうしよう、って思ったときだった。
「諒陽、」
聞きたいと思っていた声 会いたいと思っていた人。
「さ、ささきせんぱいっ…」
「ん?」
「なんでもないです…」
「そ?」
久しぶりに話すからか、動揺からか、声が震えてまともに顔も見れなくて戸惑いを隠せなくてもうどうしようもなかった。
私に背を向けて去ろうとする先輩
「葵?稚依ちゃんと話さなくていいの?!」
諒陽先輩が珍しく焦ったように佐々木先輩に問いかけていて、
「別に。稚依が俺に関わりたくないんでしょ?いいよ、もう関わらない。じゃあね」
誤解してるのに、ここで誤解を解かなきゃもう会えない気がするのに 話せない気がするのに 声が出なくて 動けなくて、ただ先輩の後ろ姿を見るしかなかった。
「稚依ちゃんっ」
気づけば諒陽先輩の腕の中にいて、頬に涙が伝っていて、私泣いてるんだって思った。
「泣くくらいなら何で避けたりしたのさ…稚依ちゃんはほんと馬鹿だなぁ」
馬鹿だ と言いながらも嗚咽混じりに泣いている私の頭を優しく何度も何度も撫でてくれた。
溢れ出した涙は止まることを知らなかった。