表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

06.自覚

その日、私はゆっくり過ごした。

一通りの家事をこなした午後、お茶を飲んで庭に出る。いつの間にか白いコスモスはいなくなってしまった。空を見上げるとお茶の時間を過ぎたばかりなのに、もう夕暮れの気配が漂う。今日の夕食は何にしようかと思っていると、馬の蹄の音が聞えてきた。


「アランさん!」

「お。シホ、丁度よかった。ロイセルに家に入るなって言われてたから助かるよ。」


アランさんは見回りの途中のようで、騎士服のままだった。馬を庭に入れず、外へつなぐ。


「やつにシホの様子を見て来てくれって言われてね。はい、お土産。」


手に渡されたのは、チョコレートのお菓子。


「ありがとうございます。これ、アランさんが?」

「アランでいいよ。いや、やつから。」

「…ロイセルが。」

「今日はいつもの時間に帰るから、だって。まったく、俺もあいつに甘すぎるよな〜。ま、あいつに甘いというよりシホに甘いってことでいいか。」


アランさんはそう言って笑う。赤のような茶の髪が日差しにあたってキラキラ光る。


「…ロイセルのやつ、心配してたよ。何かあったの?」


一瞬アランさんに言っていいものかどうか、迷った。でもアランさんも私のことを気にかけてくれている、ひとり。それに私も誰かに聞いてほしかった。


「…ここを出ようと思っていたの。でもロイセルに反対されて…。」

「え!そうなの?なんでまた…。あいつのことが嫌になった?」

「そうではないんだけれど。今まで甘え過ぎていたから。

でもその、今朝、急に色々気が付いてしまって…。」

「色々?」

「うん、色々…。」

「で、ここを出るのをやめたの?」

「…まだ迷ってるの。これでいいのかなって。」

「いいんじゃないか。だって、シホは色々気づいたんだろう?」

「ん、まあ…。」

「じゃあよかった!シホが気づいてくれたならよかった!あ〜、これで俺は安心できるよ。あいつは今まで、ひとりでいいってずっと言ってたから、心配だったんだよ〜。本当によかった!」


アランさんは、たったこれだけの言葉で理解できるようだった。あまりの勘の良さに、居たたまれなくなってしまい、顔を赤くして下を向くしかない。


「あの、ロイセルには…。」

「うん。黙っておくよ。俺がここでこの話を聞いたことは、無かったことでいいね。」

「はい。あの本当に、これでいいんでしょうか。」


アランさんの好意に甘えて、後ろ暗い気持ちがあることを仄めかしてしまう。このままロイセルに素直に気持ちを打ち明けていいものか、迷う自分がいることは確かだから。


「やつは待ってたよ。シホが来てからずっとね。でもシホの気持ちがまだ納得できないなら、まだ待たせてもいいよ。ロイセルはきっと待つ。シホの気持ちを一番に考えてるから。でも待たせた分、あいつの気持ちに応えてやってほしい。」


私はアランさんの目を見て頷く。

まだ迷いはある。でもロイセルは三年も待ってくれている。その事実は重い。その私の想いを見透かすように、アランさんが言った。


「ま、三年待てたんだから、もう少し待てって言われても一緒だろうしね。シホが後悔しないようにする方が、大事だよ。」

「…アランさん。」

「アランでいいよ。じゃ、もう行くよ。今の話も無かったことね。」

「はい、ありがとうございました。」

「じゃあね〜。」


アランさんは馬に乗って帰って行った。

三年待ってくれたロイセル。ロイセルを心配しているアランさん。きっとリリとジュールも一緒だと思う。私は急にリリとルルとジュールに会いたくなって、リルリルへ行くことにした。




「シホ!どうしたの!風邪は?大丈夫なの?」

「うん、ごめんね。ありがとう。実はちょっとあって…。」

「シホ〜、風邪?大丈夫?」


店番をしていたリリが驚きながら心配してくれる。ルルが奥から出てきて抱きついてくれる。


「ルル〜、会いたかった〜。」

「ルルも!シホ会いたかった!」


温かい小さな体を抱っこする。ひとりを噛みしめていた私を、いつも慰めてくれたルル。

お店はもう閉店間際。明日の仕込みをしていたジュールの顔を見て、私はすぐに帰る。リリとジュールが聞きたそうな顔をしていたけれど、「明日ね。」とだけ言ってリルリルを出た。


三人の顔を見ることができて、落ち着くことができたような気がする。ロイセルが帰って来る。夕飯を用意しなければ…。





さっきより夕刻が色濃くなった道を、家路に着く。ポプラの葉が黄色く染まって、道端に降りしきっていた。

家が見えてきたところで、私を呼ぶ大きな声が聞こえてくる。家の中からだった。ロイセルが先に帰っていて、私を探していた。


「ロイセル?」


ロイセルは玄関先で私の姿を見つけると、次の瞬間には強い力で私を腕の中に引き込んだ。


「……よかった。いないから、驚いた…。」

「ごめんなさい。リルリルへ行ってたの。みんなの顔を見に…。」


そう言うと、ロイセルの腕がさらにきつく私に巻きつく。


「……心配した。」

「ごめんなさい。」


ロイセルってこんなに背が高くて大きな人だったんだ。改めて気づく。私の身長は彼の肩までしかない。そのロイセルが大きな背中を丸めて私を抱きしめる。全身を彼に包まれている。

ああ…、私は本当に愛されているんだ。そう思った。




夕飯はロイセルが買ってきてくれたキッシュとチキンロースト。あとはスープとサラダを添えるだけ。




夕飯が早く済んだので、お茶を淹れることにする。ロイセルがリビングの暖炉に火を入れてくれた。お茶と昼間にもらったチョコレートのお菓子を出す。ロイセルは二人掛けのソファに座る。私はひとり掛けのソファに座る。


「シホ、今朝のことを聞きたい。」

「……うん。」


家に帰って来るまで、すべてを話すべきか迷っていた。でもさっき玄関で抱きしめられた時に、迷いは消えていた。


「今朝はごめんなさい。急に泣いたりして。」

「シホ、なにかあったのか?」

「…申し訳なくて。」

「何に?」

「…主人と子供達に。」

「なぜ?」

「…私、今朝、気が付いたの。その…、ロイセルがどれほど私を大切にしてくれているのかを。それに、自分の気持ちにも…。」


まだ熱いお茶の湯気を見つめて話す。自分の気持ちを…。ロイセルの耳が赤くなる。私の顔も赤くなる。


「それって、俺は勘違いしそうなんだが…。」

「えっと…勘違い、じゃないの。だから今朝、主人と子供達に謝ったの。ごめんなさい、もうそっちには帰れないって。」

「………シホ、傍へ行ってもいいだろうか?」

「えっ!だだだめ、まだだめ!」


ロイセルは浮かせていた腰を元に戻した。それはそれは、とても残念そうに…。


「すまない。その、気が焦ってしまった。」

「いえ、私こそ。…ごめんなさい。」


赤くなってお互い俯く。心臓がうるさいほど鳴っていて、余計に何を話せばいいのかわからなくなってしまう。


「もう出て行くなんて言わないな?」

「…私、本当にここにいてもいいの?」

「いてくれないと、困る。」

「でも、ロイセル…」

「頼むから、俺の幸せを勝手に決めないでくれ。俺は…シホが好きなんだ。この気持ちは一生変わらない。今すぐ妻になってほしいとは言わない。でも考えてほしい。」


ロイセルの瞳を見ることができなくて、冷めたお茶を見ていると、彼に名前を呼ばれる。何度も…。


「シホ、シホ…。家族の話、また聞かせてくれるね?」

「………。」


驚いてしまう。まだ、そんなことを言うなんて。胸に何かが落ちる。それが何かはわからない。でもひび割れた心を潤す何か。


「ロイセルの話も聞かせてね…。」




ロイセル、私もあなたが好きです。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ