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11.ポプラの樹の下

本編最終話です。

私達は領主様にお会いした後、騎士館で婚姻証を提出した。


なんてことはない、名前を書くだけの書類なのに手が震える。

ロイセルは震える手でペンを持つ私に「ゆっくり書けばいい。」と、囁いてくれた。私の背中に置かれた、彼の手の温かさが伝わる。


私はゆっくり、想いを込めて名前を書いた。


二人で書き終えた婚姻証を提出すると、顔見知りの騎士さんたちが「やっとか!」「おめでとう!」「ついに落としたか。」と、口々にお祝いの言葉を述べてくれた。中には「式はどうするんだ?」と、聞いてくる人までいて恥ずかしくなる。


「式は…俺はしたいんだが…。」


ぼそっと私だけに聞こえるような声で呟いたロイセルに驚いて彼を見上げると、案の定耳が赤い。

……無理。

私は聞えないふりをした。


みんなの祝福を浴びて、嬉しくて、不思議なほど晴れやかな気持ちになる。さっきまでの不安や悩みは、なんだったのだろうと思えるほど…。




そしてそのまま二人でリルリルへ報告に行くと、リリは私に抱きついて泣いて喜んでくれた。


「シホ〜、本当に良かったわ!私、本当に離れにシホが来たら…それも嬉しいんだけど、でもそうなったらどうしようかと思ってたの〜。本当に良かったわ。シホ、幸せになってね…。ロイセル!シホを泣かせたら承知しないから!!」

「…泣かせるわけないだろう。」


うんざりといったロイセルの様子が可笑しい。


「やっとだな…、良かったな、ロイセル。おめでとう、シホ。これで今日から安心して眠れるよ。シホが離れに来る話で、いつロイセルが怒鳴り込んで来るかと思って眠れなかったよ。まったく、こんなに時間掛けやがって…。」


ジュールの目が赤くなっていく。


「…ありがとう。ジュール、リリ。私……。」


まだ泣いてるリリを抱きしめたまま、胸がいっぱいになって言葉に詰まる。


「リリ、いい加減シホから離れろ。」


なのにまったくこの場にふさわしくない、不機嫌なロイセルの声がした。


彼は本当はこんな人だったのかしら…。しかもリリとロイセルは、歳が九つも違うのに…。と思いながら、ふとジュールと目が合うと、お互い苦笑いになる。


「いやよ。だって私のシホだもん。」

「…なんだと?」

「あ〜〜ママ!ルルもシホとだっこする!」


不穏な空気が流れそうになったところに、お昼寝から目が覚めたルルが来てくれた。


「ルル、起きたの?」

「うん。シホ、だっこして~。あ………。」


抱っこした私の肩越しに、ルルはロイセルと目があって、固まった……。



ここでも式の話になったけれど、私は断固として辞退する。

ロイセルの独り言のような「俺はしたいんだが…」が、また聞こえてきた上に、リリの「え〜、シホきっと、きれいだと思うのに…」が重なる。でも私は敢えて聞えないふり。


私達の話から事情を知ったルルが、お店の前の花壇から花を摘んでくれた。


「シホ、おめでとう〜。よかったね!」

「ルル……ありがとう…。」


小さなルルの手から、黄色の小さなパンジーの花束を受け取ると、胸がまたいっぱいになった。


「しあわせにね。」


呟くようなルルの言葉が胸に沁みこんで、目頭が熱くなる。


ありがとう。みんな、本当にありがとう。







もう夕方。陽が傾いている。風が冷たくなってきたけれど、空は茜色でとてもきれい。

気持ちはとても晴れやか。二人で手を繋いでゆっくり帰る。私の右手はロイセルに。左手はルルにもらったパンジーの花。


何も話さなくてもいい。心が繋がってる気がするから。静かに二人で歩く。



三年前、ロイセルに見つけてもらえなかったら、私はどうなっていただろう。…多分そのまま森の中で、命を落としていたはず。


私がここへ来たこと。広い森の中でロイセルに見つけてもらえたこと。この街のみんなに受け入れてもらえたこと。そして、こうして彼と心を通い合わせることができたこと。


すべてが奇跡のようなことだと思う。そしてすべてが必然だったのでは…とも思える。だとしたら、不思議な運命。



空はやはりまだ茜色。鳥が森へ帰って行く。鳥たちの声を聞きながら、私達は何も言わず、ゆっくりと帰る。




そしてポプラの樹の所まで来ると、私はパンジーを脇にそっと置いて、黄色い落ち葉を掻き分ける。そして拾った石でポプラの樹の下に穴を掘り始めた。


「シホ、どうするんだ?」


ロイセルが不思議がるけれど、私は答えない。ついには彼も拾った枝で、黙って手伝ってくれ始めた。


「ありがとう、このくらいで大丈夫。」


相変わらずロイセルが不思議そうに見ているなかで、私はハンカチを広げた。そしてその真ん中に結婚指輪を置く。


「…シホ?」


彼は気づいた。


私はハンカチに結婚指輪を包んで、穴に沈める。そして土を元に戻して、さらにその上にポプラの黄色い落葉で覆い隠した。


「いいのか?シホ、本当にいいのか?」

「うん、いいの。これでいいの。」


そしてロイセルに聞こえないような声で「ありがとう」と呟いた。


今までありがとう、あなた、結衣、咲希。私はここで、ロイセルの隣で前を向いて歩いて行きます。

見守っていてください。




ロイセルのオリーブ色がまだ複雑そうな色をしていた。その複雑そうなオリーブ色に、私の初めての願いを聞いてもらおうと思った。


「ロイセル。指輪を、買ってくれる?」

「…………。」


途端に彼の耳が、顔が、首までもが、真っ赤に染まる。


「シホ!すぐ買いに行こう!」

「え?今から?」

「ああ、今からだ!」


今にも駆け出しそうな勢いのロイセルの様子に驚いていると、強い力で抱き寄せられた。


「さっきここを通るときはあんなに不安だったのに、今は…。」


私を抱きしめながら、独り言を言うロイセルに笑いを堪える。心が温かい。苦しいくらいに温かい。



見上げると、背の高い胡桃色の巻き毛のロイセルがいる。私の視線に気づいて、オリーブ色の瞳を緩めてくれる。とても嬉しそうに私を見てくれる。


…ああ、これが幸せなんだ。そう思えた。





幸せです。本当に私は幸せです。


ありがとう…










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