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「好きじゃないキス?」

「たゆたん、大丈夫かー! 元気ですかー!」

「元気はあまりない……」

 ベンチで寝転ぶたゆたにパタパタとタオルで風を送りながらすすきが叫んでいる。

 何故たゆたはこんなところで寝ているのか。その理由はジェットコースターにあった。

 一度目のジェットコースターは大丈夫だった。むしろものすごく楽しんだ。魂が抜けている一期なんか放っておいて二回目に並ぶくらい楽しんだ。

 でもそれがいけなかった。楽しすぎてたゆたは何度も何度もジェットコースターに乗った。途中すすきがリタイアしてからもたゆたは乗った。捧と競い合うように乗った。負けず嫌いな彼女は絶対に捧より先にリタイアするものかと思ったようだ。

 結局意地を張って乗り過ぎてしまい、気分が悪くなった。それに加えて捧にも負けてしまったのだ。

「たゆた様、実にお弱い。実に貧弱」

「あたしはたゆたんの頑張りに表彰状を贈りたいくらいだよ。ここのジェットコースター、日本でも一二を争うくらいのスーパーミラクル絶叫マスィンなんだよー」

「なんでマシンだけネイティブっぽいんだよ……」

「そんなところツッコまなくていいよ。何か急に自分が恥ずかしくなってくるから……」

 そんな風に他愛ない会話をしていたら、向こうの方から一期が飲み物を持って走ってきた。やっと来たよーとすすきが呆れ気味に呟く。

「たゆたん! 俺の愛のグリーンティをどーぞ!」

「……緑茶飲めない……」

 たゆたは手渡された緑茶を見つめつつ、ポツリとそう言った。

「たゆた様は苦いものお嫌いなので」

「な、何だとー!」

「愛するたゆたんのために買い直してくるのだ、いちごん。緑茶はあたしが頂こう」

「よーし! 行ってくる!」

 すすきにそう言われ、一期は来た道を引き返していった。

 たゆたは彼の背中を見送りながら、申し訳なさそうに頭を垂れる。

「最初に言っておけばよかったな」

「良いの良いのー。いちごんとハサミは使いようだよー」

「すすきんも意外と毒舌だな」

 そーかな? と緑茶のキャップを外しながらすすきは首を傾げた。

「でもみんな優しい。私に優しくしてくれる人がこんなにいるとは思わなかった」

「大げさだよー。普通普通。友達付き合いってこんなもんだよー」

「そ、そうなのか。じゃ、じゃあ私はみんなと……と、友達になれたりする……のか?」

 人差し指と人差し指を胸辺りでツンツンさせながらたゆたはおずおずとそう言った。すすきの顔色を窺うようにちらちらと上目遣いしている。

「なに言っているのー? もう友達だよー。あたしもいちごんもうつろんも!」

「そ、そうだったのか!」

 正に目から鱗とでも言わんばかりの勢いだ。

「『たゆた様にはお友達も恋人も一生出来やしないと思っていたらいつのまにか出来ていた』な……何を言ってるのかわからねーと思うがおれも――」

「シバくぞ、捧」

「シバけるものならご自由にどうぞ」

 どこから取り出したのか、『ご自由にどうぞ』と書かれた紙を掲げる捧。何というかものすごく見ていてイラつく態度である。

 しかし捧には勝てない。それを経験上分かっているのか、たゆたは拳を振り上げながらギリギリと歯を食いしばっていた。

「たゆたんと捧さんは仲良しだねー」

「どこが!」

「ここにも節穴さんが一人」

 と本人達は申しているが、二人の仲が良いのは誰が見ても分かることであった。姉妹と言っても差し支えないくらい信頼し合っているように見える。

「あまぎりんとはどうなの? あんまり仲がよろしくないというか……ギクシャクしてるように見えるんだけど……」

「そんなことありませんよ。雲行はたゆた様が可愛すぎて毎日発情しています」

「え……。あまぎりん、最低……」

 ここに雲行がいたら凍り付いてしまうのではないかと思うくらい冷たい表情と言葉だった。普段のほんわかすすきからは想像もつかないくらいの冷たさ、正に絶対零度の世界だ。

「違うから! それ、捧の妄想だから!」

「たゆたん。あまぎりんにエッチなことされたら言いなよ。一一〇番してあげるからね」

「されないし、一一〇番くらい出来るよ!」

 変になった空気を変えようとしてか、たゆたは何度も何度も咳払いをした。相変わらずこういう空気は苦手なようだ。

「こほん……。まあ……何というかだな。私が雲行の気に障るようなことをしてしまったから彼は怒ってるんだ」

「仲直りしないのー?」

「したくても……雲行はもう私と話したくもなさそうだし。このままでも良いかなって思っている」

「そうなのー? でもあまぎりんって結構天邪鬼っていうか意地っ張りって言うか……そんなとこあるよ? 仲直りしたくないわけではないんじゃない? さっきたゆたんがこけた時だって一番に心配して走ってきてくれたじゃん?」

「でもその後ふんって顔逸らされたぞ。思いっきりふんって」

 たゆたは先程のことを思い出しながらもの悲しげに俯いた。雲行に顔を逸らされたことが思いの外ショックだったようだ。

そんなたゆたを見つめながら、すすきは申し訳なさそうに言う。

「あー、多分それあたしのせいだ。たゆたんのこと一番心配そうにしてたあまぎりんほっといていちごんと手、繋がせちゃったでしょ」

「心配してやったのに感謝もせずにほったらかしにしやがってーと思ったんだろうか。後でお礼を言っておいた方が良さそうだな」

「いや、違う違う。どう考えてもやきもちでしょー」

「ややや、やきもちっ!?」

 たゆたは顔を真っ赤にしながら素っ頓狂な声を上げた。

誰がどう考えても雲行のそれはやきもちだった。でもたゆたは全くと言っていいほど気付いていなかったようだ。むしろ嫌われているとか怒らせてしまったとか思っていたみたいだ。

「で、でも……でもでもっ!」

「やはりラブ・トライアングルでしたなー。盛り上がってきたよー」

「いや、ラブ・スクエアじゃないですか? うつろさん→雲行→たゆた様←一期さん。こうでしょう」

「じゃああたしもそこに加わった方が良いかな? ラブ・ペンタゴンにした方が良いかな?」

「では私も加わってラブ・ヘキサゴンにしましょう。誰に矢印を出すかが問題ですね。うつろさんと一期さんに矢印が出ていませんからどちらか、ですね」

 すすきがピッとまっすぐ右手を上げて宣言する。

「じゃああたしうつろん!」

「じゃあ私はすすきさんということで」

 一期には一本も矢印が向いていないということになった。哀れである。

「き、君達っ! 面白がってるだろ! こ、これは真面目な話だぞ!」

たゆたの言う通り、ラブ・ペンタゴンだとかヘキサゴンだとか言って、二人は明らかに面白がっている。

「そうだねー。真面目な話だねー。たゆたんはどっちが良いの、あまぎりんといちごん」

「へ、へっ!? そ、そんなの……わ、分からんっ!」

「あたし的におススメはいちごんかなあ……。うつろん応援したいし。あ、でもでもたゆたんがあまぎりんのこと好きって言うならうつろんと平等に応援するよ!」

 ペロッと舌を出し、片目をばちこんと瞑って親指をグッと立てながらすすきはそう言った。ものすごく古臭さを感じる仕草だが、すすきがやると何となく様になっていた。

「私はどちらでも構いませんよ。たゆた様と今すぐにでも熱いキッスを交わして下さる方なら誰でも」

「お、おう……どういうことだろう……」

 大真面目に熱いキッスなどと言ってしまう捧の真意が、流石のすすきにも読み取れないようである。

 ここでいつものたゆたなら怒り出しそうなものだが、意外にもしんみりとした表情でこう呟いたのだった。

「私は誰ともキスしない。話しただろう? 私は……もう良いんだ」

「何をおっしゃっているのです、たゆた様。そんなこと私が許しません」

「おっとー。何の話だ、こりゃあ」

 俯くたゆたとそれを睨む、というよりも強く見つめる捧。表情の変化が乏しい捧に珍しく、眉間に皺を寄せていた。

 すすきは二人が一体何の話をしているのか分からず苦笑いを浮かべる。

「許してもらわなくても良い。私のことは私で決める。捧には関係ない」

「馬鹿なことを。私にも関係あります。私はたゆた様の唯一の家族ですよ? 私にも決める権利がある!」

 いつもは一本調子な話し方の捧が初めて語気を強めた。しかしたゆたは相変わらず俯いたままだ。

 すすきはあれ? これもしかして喧嘩? 止めるべき? とかブツブツ呟きながらも何も出来ず、あわあわしながら二人を見守っていた。

「……気分が良くなった。もうすぐ昼だろう。雲行達探してくる」

 たゆたは捧の言葉に何も言い返さず、スッと立ち上がった。どう見ても気分が良くなったようには見えなかったが、雲行達を探しに行くらしい。

「え? あ、たゆたん一人で大丈夫? 一緒に行くよ?」

「一人で良い。行ってくる」

 どうやらたゆたは一人になりたいようだ。すすきもそれを察したのか、それ以上しつこくは言わなかった。

「一人で迷って帰れなくなれ、馬鹿たゆた様ー」

 たゆたの背中に向かって捧はそう叫んだ。

たゆたは振り向きこそしなかったが、きっと捧の言葉は耳に届いていたことだろう。




 雲行とうつろはベンチに座ってソフトクリームを食べていた。

 売店で売っていたバニラソフトクリーム(百円)である。百円だが意外と美味しい。何だか懐かしい味がするのだ。

 二人はソフトクリームを食べながら他愛ない会話を繰り返す。本当はたゆたともこんな風に話したい。そんな気持ちを胸に抱えながら、雲行はコーンに噛り付くのだった。

「ねえ、ゆき君」

「何?」

「父さんに相談する代わりに交換条件。良い?」

「うん、良いよ。どんなこと?」

「あの屋敷を今すぐ出てどこかに宿を取って。二度とあの女の子に近付かないで」

 うつろの真剣なまなざしが雲行に刺さった。

 何故だか分からないが、相変わらずうつろはたゆたのことを危険視しているらしい。

「ご、ごめん。それは無理。他の条件にしてくれない?」

「駄目。これじゃなきゃ駄目。じゃないとゆき君をころしてでもつれかえる」

「怖っ! てかそれじゃ駄目だろ!」

「ねえ、ゆき君。何であの屋敷にこだわるの? 別にどこでも良いでしょ?」

「い、いや。だって宿だと相当お金かかるじゃん? 記憶喪失って嘘を吐き続ければあの屋敷に置いてくれるって捧さんが言ってたから。それにあの屋敷ならいちいち麓に下りなくても父さん達の行方をゆっくり探せるし……」

 それにたゆたの傍にいられるから。

 これが一番の理由だったりするのだが、恥ずかしくて流石に言えなかった。

「だからおじさん達の行方不明の原因がその子だったらどうするの? きっとゆき君も同じ目に遭う。私、そんなのい――」

「こんなところにいたのか、二人とも」

 雲行とうつろはぎくりとして声のする方へ振り向いた。

 そこに立っていたのは二人の話題の中心である屋敷の主、水月たゆたであった。今、正に二人はたゆたに聞かれてはいけない話をしていた。

 雲行とうつろの二人は微笑むたゆたから瞳を外さず、ごくりと同時に唾を飲みこんだ。

「何か話し込んでいたみたいだな。邪魔したか?」

「い、いや! 全然邪魔してない! な、うつろ!」

「話、聞いてた?」

 うつろははっきりとそう聞いた。必死に誤魔化そうとした自分の頑張りを一瞬で無駄にしないでと思いつつ、聞いてしまったものは仕方ないのでたゆたの返事を待つことにする。

 するとたゆたは不思議そうに首を傾げた。

「いや、全く聞いていないが。今、来たばかりだからな。な、何か私に言えない内緒話でもしていたのか?」

 心配げな表情でたゆたはそう言った。どうやら本当に話の内容は聞いていなかったらしい。雲行はホッと胸を撫で下ろした。

「別に何もしてない。ただの世間話」

「そうか。なら良いんだが。……そろそろ昼ご飯の時間だから合流しないか?」

「あ、うん。そうだね。じゃ、じゃあ行こうか」

 雲行とうつろはベンチから立ち上がる。食べかけのソフトクリームは溶けてでろでろになってしまっていた。雲行はそれを一気に口に押し込んで歩き出す。

 たゆたの言ったことを信じていないのだろうか、彼女のことをキッと睨みつけるうつろを横目に見つめながら。




「レストラン高いよー。カレーだけでこんな値段とかぼったくりだよー。でも美味いよー」

 すすきはカレーの値段の高さにグダグダ文句を言いながらそれを口に運んでいた。言っていることには全文同意だが、泣くのか食べるのか喋るのかどれかにしろと言いたくなる。

「だからマックにしようって言った」

「だってここまで来てマックに行くとか何かあれじゃん。いつもと違うもの食べたいもん。あー、あたしも大人しくお子様ランチにするんだったよー」

 およよと瞳に涙を浮かべながらすすきはたゆたの方に視線を向けた。雲行も釣られてたゆたの方に目を向ける。

 たゆたの目の前にはケチャップライスに爪楊枝で出来た国旗が刺さった可愛いお子様ランチがあった。その横におまけで付いてきた折り紙セットもキチンと置かれている。

 突然自分に視線が集まったからか、たゆたは思い切り咽た。

「ごほごほごほっ! べ、べべべべ別に! お子様ランチが食べたかったわけじゃなくて! 安さを求めただけだからな! 決しておまけの折り紙に釣られたとかじゃないからな! 家に帰って折鶴の練習なんかしないからな!」

 誰もそんなことは言っていないのにたゆたはご丁寧に言い訳をしてくれている。全く説得力がない。おまけに釣られたのがバレバレである。

「小学校中学年までって年齢制限があるお子様ランチを問題なく頼めるってある意味才能」

「え? そうだったの?」

 そう言ってすすきはメニューを手に取った。

 雲行もうつろに言われるまで全く気付かなかった。でもそう言えばお子様ランチは年齢制限があるのが普通だ。案の定メニューに小学校中学年まで、と小さく書かれていた。

「ど、どういうことだ……。私は小学校中学年に間違えられたというのか……?」

 何かとんでもないことが起こってしまったような表情でたゆたはそう言った。彼女自身も全く気付いていなかったようだ。

 でも無理もない。だって何の問題もなく頼めてしまったのだから。

「流石たゆた様。やはり格が違いますね。人が出来ないことを平然とやってのけますね」

「うう……こんなことって……」

 先程のすすきと同じように、たゆたはうううと泣き声を上げながらケチャップライスを口に運んでいる。泣くのか食べるのかどちらかにしてもらいたいものだ。

 呆れた笑いを浮かべながら、カレーの中でも一番安かったカツカレーを雲行も口に運ぶ。まあ値段は高いがギリギリそれに見合う美味しさではないだろうか。

 これぐらいならファーストフードの方が良かったかもしれないという気持ちもなくはないが。

「一期、食べないの? ボーっとしてるけど」

 ふと隣の一期が固まっていることに気付き、雲行は声を掛けてみた。

 やはり今日の一期は少しおかしい。ボーっと物思いに耽っていることが多い。いつもの彼は会話に割り込んでくるくらいお喋りなのに、今日はほとんど言葉を発していない。

 恋をしているからなのか、他に理由があるのか。雲行には全く分からなかった。

「え? あ、ああ、すまん! ちょっと考え事してた!」

「ふーん。何か今日良くボーっとしてるけど大丈夫?」

「あれ? そ、そうか? 別に普通だぜ? いつも通り!」

「それなら良いんだけどさ」

 たゆたの隣に座るかと思った一期が自分の隣に来たのは意外だった。横に座ると顔が良く見えないとかそう言った思惑があってのことなのだろうか。

 今日、というより昨日から一期の考えていることが全く分からない。自分の欲望には素直な人間だが、別に惚れやすい性格でもないし、たゆたが一期の好みに合うとは思えないのだ。

 というよりも一期は胡蝶のことが好きなのだと雲行はずっと思っていた。普段担任に怒られてもほったらかしにしているエロ本を胡蝶が来る時だけは隠したり、無駄に好き好き言ってみたり、胡蝶に対する態度は他に対する態度と少し違うからである。

 だから一期がたゆたに惚れたことが意外だった。

「なあ、雲行。あのさあ……」

「ん?」

 一期が何か深刻そうな顔でこちらを見つめてきた。やはり何か大変な問題を彼は抱えているのだろうか。力になれるのなら力になってあげたい。雲行はそう思う。

「水のおかわり入れに行かね? これ辛いわ」

 思い切りずっこけそうになる。そんなことを深刻な顔で言わないで頂きたい。心配損ではないか。

「……一人で行けば?」

「つれないなー、雲行くーん! 一緒に行こうぜー!」

 ガッと一期に肩を掴まれブンブンと体を揺らされる。面倒くさい。本当に面倒くさい。でもついて行かないとこの鬱陶しい絡みをやめてくれなさそうである。

「あ、いちごん! あたしのもよろしくー」

「一期君、私のもお願いして良いだろうか?」

 たゆたとすすきの分の水も頼まれてしまった一期は、わーこれは一人じゃ持てないなーこぼしちゃうなーグラス割っちゃうなーとわざとらしく言う。

 別に一人で持てないわけでもないが、危険と言えば危険だ。仕方なく雲行は重たい腰を上げた。

「わーい! ありがと! ツンデレ雲行! 大好き、ちゅっちゅ!」

「うわ、気持ち悪い! マジ気持ち悪いお前!」

 雲行は肩に手を回してくる気持ち悪い一期を振り払いつつ、すすきと自分の分のグラスを持って給水機の方へと歩き出した。一期もたゆたと自分の分を手に取り、待てよーと声を上げながら雲行の後を追いかける。

「水ぐらい一人で入れに行けよな。女子かよ」

「あれ不思議だよな。女子ってどんなことでも集団で行うよな。別に行きたくないのに便所に付いて行ったりとかさ。あれ良く理解出来ないわ」

「俺もお前の考えてることが理解できないよ……」

 でもまあ何となくいつもの一期に戻った気がして少しだけ安心した。無理して普段通りに振る舞っているという線も捨てきれないので手放しには喜べないが。

「ん? なになに? 俺ってミステリアスな男? ミステリアスな魅力漂っちゃってる?」

「別にミステリアスさは欠片もないけど」

「ちょっとはあるだろ!」

「いや、ない」

 そう断言しながら、雲行はグラスに水を注いだ。

 一瞬どちらが自分のグラスか分からなくなりそうで慌てた。右が自分の、左がすすきの。覚えておかなければ間接キスになってしまいかねない。

「雲行君は相変わらずつれないのだ、へけっ。あれ、たゆたんのどっちだっけ。まあどっちでもいっか」

 しっかり自分のグラスがどちらかを確認した自分は気にし過ぎなのかと思ってしまうほど一期はあっさりしていた。

 別段意識していない同級生の女子と間接キス、というだけでも雲行は恥ずかしく思うのに、流石一期といったところだろうか。むしろ彼にとっては間接キスなんてぬるいのかもしれない。

「そ、そう言うの……恥ずかしくないんだな、お前」

「え? 何が?」

「その……か、間接キス……的な?」

「え? あ、全く気にしてなかったわ! つーかお前ピュア過ぎだろ! 女子でもそんなピュアな子いないぞ! 女だったらモテてたかもな! 残念!」

「う、うるさいなー! もう今の話はなかったことに! 水に流す方向でよろしく!」

 聞かなければ良かった。雲行はそう後悔した。実際は男だし、モテてもいないので、女だったらモテていたとか言われても全く嬉しくない。むしろ悲しくなってくる。

「ちょい待て。ピュアな雲行君に一つ聞きたいことがある!」

「……馬鹿にするなら答えないけど?」

「ごめん! 許して! 男気溢れる雲行君に聞きたいことがあるんですー!」

「馬鹿にした感じは残ってるけどまあ許してやる。なに、聞きたいことって」

「キスってさ。好きな人とするもんだよな、やっぱり」

 こいつは突然何を言い出すのだろうか。自分の反応を見てまたからかおうとしているのだろうか。雲行は一瞬そう考えたが、一期の真剣な表情を見てその思いは消え去った。

 彼の表情は真剣そのものだった。馬鹿にしているとかからかおうとしているとかでは決してなさそうである。

 本当に雲行の考えを教えてほしくて聞いている、そんな表情だった。

「う、うん。まあ、そうなんじゃないかな。そういうもんだと思うけど……」

 ふとあの晩の出来事が蘇る。別に好きでもないくせにキスをしようとしてきたたゆたの姿が脳裏に浮かんだ。

「じゃあさ。自分の目的のためだけに好きでもない子に一方的にキスするってのはどう?」

「はあ……それはあんまよろしくないかな。相手の気持ちを考えてないというか……」

 こっちの場合は未遂であったが、何だか一期にあの晩のことを見られていたのではないかと思うほど話が重なった。

「だよなあ……。でもなあ……ああ……もう何だろ。はあ……あー分からん! もう分からん! どうしよう! 俺、どうすべき!?」

「いや、こっちこそ意味が分からん。どうしたんだよ? 何かあったのか?」

 まさか一期もたゆたにキスされそうになった、もしくはされたのでは、と雲行は思った。そう考えれば一期のあの晩のことを見ていたような発言も納得できる。

 雲行は意を決して聞いてみることにした。

「あの……もしかして……一期もたゆたに……その……キス……されそうになった?」

 雲行は聞こえるか聞こえないかの瀬戸際くらいの小さな声で一期にそう問いかけた。

 一期とこの微妙な気持ちを共有出来るかもしれない。そう思ったのだ。

「……へ? お前、たゆたんにキスされそうになったの?」

 しかし一期はぽかんとした表情でそう言った。

「う、うん……。一期もそうなんだろ……? いつ? 昨日の晩とか?」

「いや、ないない。そんなことない。むしろ微妙に避けられてるし」

「え、えええっ!? 違うの!?  あーじゃあもう話さなきゃ良かった! 恥ずかしい! 忘れて! これも盛大に水に流して!」

 話さなければ良かったと雲行はまたしても後悔した。

一期のことだから根掘り葉掘り聞いてくるだろう。彼はたゆたのことが好きらしいので、気にならないはずがない。

「いや、流せねえし! されそうってことは未遂だったのか?」

「未遂未遂! 大丈夫! お前の好きなたゆたんのファーストキスはまだ奪えるよ!」

「別にそんなことはどうでも良いんだよ! 本当に未遂だったんだな?」

 それはつまりファーストキスは別に奪えなくてもOKだけれど雲行ごときに先を越されるのは不服だ、と言う意味だろうか。

 くっそーと口に出してしまいそうになるほど悔しさが湧いてきた。

「ど、どんだけ確認すんだよ。未遂だって! しかも別にしたくてしようとしたわけじゃないらしいし。ずっこけてたゆたの頬に口が当たっちゃったことがあったんだけどその時もすごい怒ってたし。嫌われてるんだよ、俺。だから俺のことは全く気にしなくて良いから!」

「それくらいで怒ったのか? どんな風に?」

「だから、俺とたゆたは何でもないから! も、もう良いじゃん! 邪魔になるから席に戻ろう!」

 両手にグラスを持ったまま給水機の近くで言い合っていたので、雲行の言う通り少々邪魔になり始めていた。

「……そうだな。そうするか」

 そう言うと、一期はまたは何かを一生懸命考え込むように黙り込んでしまった。

 一期が考え込んでいる理由はたゆたにある。雲行はそう確信したのだった。




「よーし! お腹もいっぱいになったことだし、次はなに乗ろうかー」

「たゆたん、何か乗りたいのあったりする? 俺が連れていっちゃうぞ!」

「まだジェットコースターしか乗ってないからな。色々乗ってみたい」

 二人で話した後ずっと考え込んでいた一期だったが、食後にはケロッとした顔をしてたゆたの手を握っていた。

 本当に意味が分からない。彼は一体何がしたのだろう。だけどいくら考えても答えは出なかった。

「じゃあ次、空中ブランコ行く? 俺、あれ好きなんだよ!」

「あ、俺達さっきそれ乗った。な、うつろ」

「うん。もう旬は過ぎた」

 雲行達はメリーゴーランドの後、たゆた達がジェットコースターでグロッキーになっている間にいくつか乗り物に乗ったのだ。空中ブランコもその一つだった。

「旬は流石に過ぎてないよ、うつろん! いつでも俺の心の中では旬真っ盛りだし!」

「いちごんの旬とか知らないし。私の旬が世界の基準だし」

「うつろんお得意のジャイアン発言……。んーじゃあさ、別行動しねえ? たゆたんも空中ブランコ乗ってみたいよな?」

 ここで一期が別行動を提案する。既に空中ブランコに乗ったのは雲行とうつろだけなので正しい判断だ。たゆた達はきっと乗りたいに違いない。

「え? ああ、まあ」

「じゃあたゆたんは俺と一緒に空中ブランコ! すすきん達はどうする?」

「六時閉館だから……五時半くらいに観覧車前に集合ということでそれぞれ別行動しよっか! では、捧さん! あたしと一緒にお化け屋敷入ろう!」

「そうですね。私はすすきさんと共にお化け屋敷に参りましょう。それではごきげんよう」

「え!? ちょ、捧!? 」

 たゆたの呼び掛けも無視し、捧はそのまますすきと一緒に走っていってしまった。どうやらあの二人はたゆたと一期の距離を近付けようとしているようだ。

 雲行も、一期の悩みの原因がたゆたのことであるのなら、その悩みを解決させてやるために二人きりにしてあげた方が良いのかなと思っていた。

 自分が仲直りするのは別に後回しでも良い。記憶喪失がばれない間は明日も明後日もあの屋敷でたゆたと顔を合わすのだから、今日じゃなくても出来るだろう。

「じゃあうつろ。俺達もどっか違うとこまわろっか」

「う、うん。ゆき君と一緒ならどこへでも」

 何故かうつろは頬を赤く染めて恥ずかしそうに俯く。

「お、おおげさだな」

「え!? い、行かないでくれ! 一緒に空中ブランコ乗ろうよ!」

「もう乗ったから良い。行こう、ゆき君」

 必死に雲行達のことを引き留めようとするたゆた。そんなに一期と二人きりになるのが嫌なのだろうか。でも一期のためにもここは心を鬼にして二人きりにしてやらなければ。

「じゃあバイバイ。一期と二人で、空中でぶらぶらしてれば?」

 雲行は自分で自分の発言に驚いた。こんな意地悪なことを言うはずではなかったのだ。二人で楽しんできなよ、みたいなことを言うつもりだったのだ。

 それなのに、ものすごく嫌味なことを言ってしまった。こんなに自分が天邪鬼な人間だったとは思ってもみなかった。

「……す、するよ! 一期君と空中、ぶらぶらするもん!」

 たゆたは大きな瞳に悔し涙を浮かべてそう言った。

 ついに自分の心無い一言でたゆたを泣かせてしまった。泣かせるつもりなんてなかったのだ。もっと優しい言葉をかけてやるつもりだったのに、体が言うことをきかなかった。素直じゃないとかそういう次元の問題じゃない。ただの嫌な奴だ。

 たゆたは雲行に背を向け、一期の腕を引っ張って行ってしまった。その背中を見つめながら、雲行は押し寄せる後悔の波に押しつぶされそうになっていた。

「あ、あんなこと、言うつもりじゃなかったのに……」

「ゆき君……。天邪鬼……」

 ああ、もしかしたら自分は自分で勝手に人間と思い込んでいただけで、本当は天邪鬼という妖怪なのかもしれない。うつろの呟きを聞いて雲行はそう思うのだった。




「ゆき君、荒れてる」

 五時半に集合と約束していたのだが、五時前にはもう全てのアトラクションを回り終えてしまい、雲行とうつろの二人は遊園地内のゲームセンターで時間を潰していた。

 先程から雲行はガンシューティングゲームでひたすらゾンビを殲滅している。いや、しようとしていると言った方が正しいかもしれない。下手くそすぎて全然当たっていないのだ。

「うおおおおっ! うおおおおっ!」

「掛け声だけは立派」

「う、うるさいなあ。じゃあうつろもやってみろよ!」

 雲行はうつろにライフルを手渡す。その間にもゾンビ達は容赦なく襲い掛かってくる。

 うつろは雲行から受け取ったライフルを構え、引き金を引いた。するときれいにゾンビの脳天がぶち抜かれたではないか。雲行の時は全く当たらなかったのに、当たってもかするくらいだったのに、本当に綺麗に当たった。

 ギャーと恐ろしい悲鳴を上げて倒れるゾンビ達。制限時間ギリギリまでゾンビを撃ち続け、うつろは満足そうな顔で振り向いた。

「これでもアマ」

「だったら俺はどうなるんだよ! プロだよ! もうプロで良いよ!」

 画面にコンティニュー? と表示されているが、コンティニューする気にはなれなかった。

「うつろには怖いもんなんてなさそうだな」

「……ある。私、妖怪が怖い」

「ええ!? そうなの? じゃあ俺が話す度に嫌そうな顔してたのは怖かったから?」

「うん」

 ずっと同じ家に住んでいたというのに、雲行は今までそんなことは全く知らなかった。

「い、言ってよ! だったら話さなかったのに……」

「ごめん。でもゆき君が楽しそうに話すから。話を中断したらゆき君に嫌な思いさせると思って。嫌われたらやだから。それにゆき君と一緒にいたらちょっと怖くなくなった」

「な、何か荒療治みたいじゃん。ごめん、うつろ」

 こんなに一緒にいたのに自分はうつろのことなんて全く分かっていなかったことが残念でならなかった。分かってやれなかった自分が情けなかった。

 ホラー映画が嫌いな人にホラー映画を無理やり見せ続けていたようなものではないか。

「嫌なことは嫌って言ってよ。俺、そんなことでうつろのこと嫌いになったりしないよ」

「分かった。話す。でもホントにもう大丈夫。ゆき君と一緒なら何も怖くないから。ありがとう」

 うつろは微かに頬を紅潮させながらそう言った。

 そんな反応をされたらこちらまで照れてしまうではないか。雲行は恥ずかしさをごまかすように、ポリポリと頭を掻いた。

「あ、そ、そろそろみんなと合流するか? やることなくなってきたし」

「そうする」

 うつろはそうにっこりと微笑んだのだった。




 ゲームセンターの外に出るともう日は落ちてしまっていた。二人はのろのろと出来るだけ時間をかけて集合場所に向かった。

 五時過ぎに観覧車の前に着くと、同じく時間を持て余したのか、すすきと捧がもうそこにいた。クリスマス間近なのでいつもより気合いを入れてライトアップされた観覧車の前で、何故か二人は全力でじゃんけんをしていた。

「では行きますよ」

「ちょい待ちちょい待ち! 次、何出すか決めるから!」

 すすきはそう言って両手を組んで出来た穴を大げさに覗き込み、ふんふんと頷いた。

 気合いを入れて腕まくりをし、両足を大きく広げ、しっかりと地に足を付ける。そしてまるでパンチでも繰り出すかのようなポーズを取ると、二人はじゃんけんを開始した。

「捧さん、勝負だ! じゃーんけーん!」

 じゃーんけーんの溜めがすごく長かった。ちゃんとポンが合うのだろうかと不安になるくらい長い溜めだ。ここまで熱いじゃんけんを雲行は見たことがなかった。あまりの緊張感にごくりとつばを飲みこむ。

「「ポンっ!」」

 心配なんて吹き飛ぶくらい、きれいにすすきと捧の声が重なった。

果たして勝者は。この勝負に勝ったのは一体どちらなんだ!

「あいこ……か……」

「三七二回目のあいこですね」

「どんだけあいこ出してんだよ!」

 流石にツッコまずにはいられなかった。

 おお、あまぎりんいたの? とすすきが驚きを隠せない様子でこちらを振り向く。

「あまぎりん達も時間を持て余したかー。待ち時間少ないからすぐ回れちゃうもんねー」

「一期達はまだ?」 

「うん。いちごんの携帯にメールしてみたけどまだ帰って来ないねー。うつろんの携帯にもメールしたんだけど気付いた?」

 うつろはふるふると頭を横に振った。ずっと鞄の中に入れていたので、全く気が付かなかったようだ。見るとすすきからのメールは四時頃に来ていた。

「そんなにじゃんけんしてたのか?」

「いやー四時からずっとじゃないよ? 四時半くらいからかな。暇だったからねー」

 すすきは捧と顔を見合わせて、ねーと言って笑った。

 暇だからって何であんな熱いじゃんけんをするのだろうか。雲行にはこの二人の行うことが全く理解出来なかった。

 まあちょっと混ぜてもらいたいとも思ったのだが。

「電話してみよっか」

 すすきはそう言ってポケットから携帯電話を取り出し一期に電話をかけた。だが一向に出てくる気配がないようで .、どうしたのかなと首を傾げる。

「たゆた様は携帯を持っていませんからね。テレパシーでも送ってみますか」

「冗談ですよね。テレパシーとか送れませんよね、捧さん」

 捧が言うと全く冗談に聞こえないので恐ろしい。捧なら何でも出来てしまうのではないかという錯覚にさえ陥る。

「良い雰囲気になってたりするのかなー? でも意外だよねー。あたしずっといちごんは胡蝶ちゃんのことが好きだと思ってたよ。こないだも胡蝶ちゃん彼氏いたことあんのかなーって気にしてたしさー」

「あ、俺も。一期は胡蝶先生のことが好きだと思ってた」

「私も。ホントに好きなの? あの子のこと」

 どうやらうつろやすすきも雲行と同じようなことを思っていたらしい。うつろに至っては、本当に一期はたゆたのことが好きなのだろうかと疑っているようだ。

「本当だろうと嘘だろうとどちらでも良いのですよ、そんなこと。たゆた様とキスさえして頂ければ」

「捧さん、何故かキス推しだよねー」

「この前の夜、たゆたをけしかけたのも捧さんですか?」

 何となく捧の仕業だったのではないかと思っていたのだ。というか自分の意志ではなかったとたゆたは言っていたので、指示した犯人は捧くらいしかいない。

 しかし捧は何のことやらと首を傾げるだけ。

「この前の夜って、何?」

 うつろが瞳を鋭くする。しまった。これはあまりうつろに聞かれて良い話ではない。

 深夜にキスされそうになったなんて言ったらどうなってしまうだろう。うつろの怒り狂う姿が目に見えるようだ。

「い、いや! 別に何でもないから! お、俺、二人のこと探してくる!」

 良い言い訳が思いつかなかった時の最終手段がこれだ。その場から退散するのが一番である。

 雲行は呼び止めるうつろを無視してイルミネーションで飾られた遊園地へと消えた。

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