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実験の結果

「実は、三週間前パソコンが壊れた」

 久しぶりにあった友人の柳平やぎひらが、そんな事を言い出した。

 カラオケに向かう道は、休日だけあって人通りが多い。

「へえ、とうとう壊れたんだ、あれ」

 俺は柳平と仲がよく、彼の家にも遊びに行ったことがある。だから、奴のパソコンも見た事があった。結構古い型だったのを覚えている。

「今まで快調に動いてたんだけど。ある事をしたらいきなりぶっ壊れた」

 ある事、とはずいぶんもったいぶった言い方だ。

「ある事ってなんだよ」

「『ミヨシの炎』という詩を知ってるか」

 オカルト好きな俺は、もちろん知っていた。

 某巨大匿名掲示板のオカルト板で囁かれている一編の詩。焼身自殺をした少女を謳った、作者不明のそれは、不気味な内容もさる事ながら、それにまつわる不吉な噂で有名になっていた。

なんでも、その詩を音読した者には不幸が訪れるという。

 実際、その掲示板には、「試しにその詩を声に出して読んでみたら、焼けただれた少女の姿を見た」だとか、「次の日事故にあった」だとか、不穏な報告が書き込まれていた。もっとも、その話の何割が真実で何割が作り話なのか、わかった物ではないが。

「まさかお前、その詩を読んだのか!」

「いやいや、そこまでバカじゃないさ。音声読み上げソフトって知ってるか」

「いや、ぜんぜん」

 友人の説明によると、世の中にはその名の通り、打った文章を合成音声で読み上げてくれるソフトがあるらしい。

 中には人間らしい名前をつけられ、萌えっこキャラとして愛されているのもあるとか。

「ああ、なんとなく分かった気がする。お前、そのソフトに『ミヨシの炎』を音読させてみたのか」

「ご名答」

 柳平は、ニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべた。

 なんというか、くだらない事をするものだ。不覚にも、ちょっとわくわくしてしまったが。

「で、パソコンがぶっ壊れたと?」

「ソフトが読み終わったとたん、画面が真っ暗になった。で、なんか焦げ臭くなった。それから、電源いれてもパソコン立ち上がらなくなった」

「ええ? 完全に逝ったのか!」

「ああ。下取りしてもらおうと思ったけど、部品があちこち壊れてるから中古として売れないとかで、処分代取られたよ。たぶん、今頃スクラップにされてるだろう」

「なんだか、不気味だな。それじゃまるで、音声ソフトの声で詩を音読したパソコンが、呪われて壊れちまったみたいじゃねえか」

 なんだか気味が悪くなって、俺は顔をしかめた。

「まさか! 呪いなんてあるわけないじゃないか!」

 柳平はハッハッハと笑い声をあげた。

「仮に呪いがあったとして、心とか魂とかないパソコンに影響あるわけないじゃ……」

 向いからくる通行人にぶつかって、柳平はよろめいた。

 さほど強くぶつかったわけでもないのに、柳平は体を二つにおりまげ、ずるずるとしゃがみこむ。

「お、おい! 何をやって……」

 最初はただ柳平が殴られたのだと思ったが、甘かった。

ナイフが、柳原のみぞおちに突き刺さっていた。その辺りから、血がぽたぽたと落ち、道路に血だまりを作ろうとしている。

「きゃああああ!」

 そばを通っていた女が悲鳴を上げる。

 俺の周りで、たくさんの人間が声を挙げて走って逃げる気配がした。が、俺は柳平と男から目が離せなかった。

「こいつが……こいつのせいで……!」

 柳平を刺した男は、頬に返り血をつけたままぶつぶつとそんな事を呟いていた。

 逃げる通行人にぶつかって、俺はようやく我に返った。荒い息をしながら、男に背をむけて走り出す。近くの物陰に隠れて、警察に連絡を入れるためにスマホを取り出した。


 結局、柳平は凶悪な殺人事件の被害者になってしまった。犯人の名前は、三宮みつみやというらしい。普通の会社員だそうだ。

聞いた話によると、なんでも柳平はネットを使い、三宮の浮気をバラし、個人情報を晒したらしい。当然、家や会社に嫌がらせや関係者からの問い合わせが相次いで、三宮は会社を首になり、離婚もするはめになりそうだという。

 俺には、そんな話は到底信じられなかった。

なにせ、動機がない。三宮と犯人が住んでいた場所は県をいくつか挟んだほど遠いから、互いに面識があったとは思えない。実際に会わなくても、ネットで何かごたごたがあったのではと思ったが、それならそんな嫌がらせをする前に俺に何か言ってもいいはずだ。だが俺は柳平の口から三宮のミの字も聞いたことがない。

 それに、三宮が柳平の居場所を知った原因も妙だった。よりにもよって柳平は自分の住所までネットに書きこんでいた。いくらなんでも、柳平はそんなにバカではない。

 何より、柳平のパソコンは三週間前にぶっ壊れて、とっくにスクラップにされていたんだ。

『仮に呪いがあったとして、心とか魂とかないパソコンに影響あるわけない』

 柳平は最後にそんな事を言おうとしていた。

 けれど、もしパソコンに魂が宿ったとしたら?

 古い物には魂が宿るという。そして、柳平のパソコンはかなり古かった。

 もし、魂が宿ったパソコンなら、呪いにだってかかるだろう。自分に無理やり呪いの詩を読ませた主人を恨まないか?

 そしてスクラップされた時、魂を持ったパソコンが幽霊にならないと誰が言い切れる?

何度か見たことのある、柳平のデスクトップパソコンが、俺の頭の中に浮かんだ。それは半透明で、立体映像のように時々輪郭が揺らいでいる。そしてその画面にはどこかの掲示板の画面が映し出されている。

 音もなく、いや、キーが沈むことさえなく、その画面に文章がつづられていく……


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