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廃屋

懐中電灯に照らしだされた玄関は、ホコリと土と落葉が積もっていた。すみには古い革靴がカビている。子供の落書きのある下駄箱の上には型の古い電話。カベと天井にはクモの巣がはっている。

「やっぱり気味悪いなあ」

 タケムラが呟いた。

「そうか? そんなでもないと思うけど。ただ古い家ってだけで」

 ちょっと怖い廃墟があると聞いて肝試しとシャレこんだ物の、俺にしてみれば正直期待はずれといった感じだった。幽霊が出るという噂らしいが、病院や学校と違ってどこにでもあるような民家だからか、不気味ではあるもののそんなに怖いという感じはしなかった。

 俺は特に豪傑というわけではないし、小学校のときは子供会の肝試しで大泣きした物だけど。

「すげえな。怖くねえのかよ」

 あきれたようにタケムラが言う。

「いや、そりゃ少しは気味悪いけどよ」

 俺は、そっと家の中に入り込む。辺りは静かで、俺達の足音が大きく響く。舞い上がったほこりが、懐中電灯の光を受けて粉雪のように輝いた。

右手にあるフスマに手をかけてそっと開ける。ほこりっぽく、カビ臭い空気に、俺はくしゃみをしそうになった。

そこは居間のようだった。白っちゃけたベージュ色のカーペットに、色のあせたクッション。低いテーブルには、新聞やチラシがホコリと一緒に載っていた。天井の電気は割れている。どこかで虫が歩いているのだろう、カサカサと音がした。

 ここには昔どんな人が住んでいたのだろう。そんな事を考えている時、影とは違う、黒い物がタタミに広がっているのに気づいた。こぼれた赤黒い液体が乾いたようなシミ。

血だ。

 さすがに鼓動が激しくなった。

「おい、ナオユキどこだ!」

 後でタケムラが呼んでいる。何やっているんだろう。玄関と居間の間にあるフスマは開けっ放しだ。いくら懐中電灯の明かりしかなくても、こっちの姿が見えない距離ではないはずなのに。

「こ、ここだよ。来てみろよ、すごいのがあるぞ」

 返事をしたとき、視界の隅で何かが動く。

(幽霊?!)

 慌てて懐中電灯をむけた。

 オレンジ色の輪の中、クッションの上に中年の女性が立っていた。うつむいていて顔は見えない。

 驚いてノドが詰まったようになり、悲鳴もでない。逃げようとしたが、足がもつれて尻餅をついた。でも、幸いキレイな座布団の上が下にあったから、痛い思いはしないですんだ。

 女性はゆっくり、ゆっくりと顔をあげる。じっとりと俺のこめかみと背中に嫌な汗が浮かぶ。

だが、彼女が浮かべていたのはどんな恨めし気とはとても言えない、穏やかな笑顔だった。恐怖がゆっくりと溶けてなくなっていく。

 どこからか甘い香りが漂ってくる。なつかしい匂いだった。でも、どこで嗅いだのだろう?

 女の人は、微笑みをたたえたまま口を開いた。

「あら、お帰りなさいヒデちゃん」

 風が混じっているような、かすかな声。

「お庭をお散歩してきたの? 道路には出なかったでしょうね?」

 言葉が進むにつれて、囁き声はだんだんとはっきりしてくる。

 尻餅をついていた俺は、ゆっくりと座り直した。

 いつの間にか、血だまりのある所に男の人が寝転がっていた。いや、血だまりの跡なんてどこにもない。きっと、何かを見間違えたんだ。

 遠くからタケムラが呼んでいる。

「おい、ナオユキふざけてるのか?」

 その言葉で、ぼんやりしていた頭が少しはっきりしたようだった。もっとはっきりさせようと首を振る。そうだ。俺の名前はナオユキだ。ヒデではない。


 でも、本当にそうなのだろうか?


『あなたは記憶を失っていたのよ。自分の名前も忘れていたの』

 昔、孤児院の先生は俺にそう言っていた。

『ただ、孤児院の門の前に立って泣いていたの。もっとも、ここに来たのは小さい時だったから、記憶があっても何があったのか上手にお話できなかったでしょうけど』

『僕の名前は先生がつけたの?』

『そうよ』

『じゃあ、僕の本当の名前はナオユキじゃないかもしれないの?』

『そうよ』


「おい、ナオユキ、どこにいるんだよ、出てこい」

 かすかに、誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえた気がした。

「ヒデちゃん、おやつまでもう少し待っててね。もうすぐお茶が沸くから」

 おやつ! ああ、そうだ。この匂いはパンケーキの匂いだ!

 お母さんが立ち上がって台所へむかった。

 窓から差し込む光が、ぽかぽかと部屋の中を照らしだしている。

 寝転がっていたお父さんは笑いながら立ち上がった。

「じゃあ、おやつができるまでお父さんとかくれんぼするか!」

 ボクはうれしくなって駆け出した。どこに隠れよう、どこに隠れよう。そうだ、押し入れがいい!

 ボクは押し入れの中に入り込み、フスマを閉める。ピシャ!


 その夜、救急に不思議な通報があった。通報者は、「肝試しにいったら、友人が行方不明になった。探したら、なぜか押入れの中で倒れていた」と言った。倒れていた青年は、救急隊員が到着する前にはすでに亡くなっていたようだった。

もちろん一緒にいた通報者が疑われたが、調べた結果青年に外傷も毒物反応もなく、死因は心臓麻痺ということになった。

 それから詳しい調べで分かったことだが、その廃屋には両親と子供の三人が住んでいたらしい。家の主は、金がらみの逆恨みで妻ともども殺されてしまったそうだ。まだ幼い子供だけは今も行方不明。

 ひょっとしたら、二人も殺した殺人鬼でも、幼い子供を殺すのは忍びなくて逃がしたのかも知れない。そう、たとえばどこか遠くのの孤児院の前に置き去りにしたり……


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