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オサナジコ  作者: まる。
第一章
7/18

嵐の予感

「あー、櫻井先生。さっきのあれは――」


 細田園長が先ほどの借金取りとの事の成り行きを話そうとしているのがわかり、私は園長の顔の前にバッと掌を広げた。


「大丈夫です。この事は誰にも言いませんから!」

「は、はぁ」


 声高らかに告げると、私は園内の掃除をする為に職員室を後にした。


 あー、人助けってとても気持ちがいい。拓ちゃんの事で正直陰にこもっていたところもあったけれど、大声を出してスッキリした。


「よぉーっし、仕事頑張るぞ!」


 数十分前にも同じ台詞を言ったが、最初に言ったのと違って二度目はかなり力の入ったものだった。



 ◇◆◇


「ん?」


 園内の掃除を終え職員室に戻ると、何故か先生方が全員立ち上がって前に手を組み一か所に視線を向けている。掃除から戻った私はその異変に気付くと、音を立てないようにそーっと職員室の扉を開け、最初からそこにいたかのようにして大川先生の横に並んだ。


「何かあったんですか?」

「何言ってんの、今日は新任さんが赴任する日じゃないの」

「ああー、そうでした」


 まるで子供を叱りつけるかの様に『メッ!』と眉を顰める大川先生に対し、私は小さく頭を下げた。


「……? あの、園長の横に立ってる男の人は誰ですか?」


 訊ねられた大川先生は、ニィッと両方の口の端を上げている。


「新人さんだって! 青葉幼稚園初の男性教諭よ!」

「へー、しかも二人?」

「そう、そう! もうさっきからみんな色めき立っちゃって! これから楽しくなりそうだよねー」

「そうですねー、あはは……」


 確かに周りの先生方を見れば皆、普段見たことも無いくらいのいい笑顔を見せていた。


 にしても、一人は茶髪でチャラ男風。もう一人は恐ろしく背が大きくて一体どこを見ているのかさっぱりわからない位一点を凝視している。

 あまりにも両極端な二人を見ていると、何故この仕事に就こうと思ったのかを知りたくなってしまった。


「あっ、ほら、挨拶するみたいだよ」


 まず初めに細田園長から紹介されたのはチャラ男だった。軽く頭を下げると手を後ろに組んだまま、片足に重心を置いて第一印象通りの挨拶を始める。


「ざまーっす、山本やまもと 優弥ゆうやって言います。専門卒なんで今ハタチです。彼女募集中です、どうぞよろしくお願いしまーす」


 かっ、軽い。何て軽いノリなんだろう。普通に考えたらあり得ない挨拶なのに、先生方の反応を見る限りでは何の問題もなさそうだ。

 若さとまぁまぁ見れるっていう外見ってだけで、こんなチャラい挨拶でもなんとかなるんだなと妙に感心してしまった。しかし、一応初日だからかスーツを着てるのだろうけどもネクタイは緩めてるわ、パンツは腰までずらして穿いてるわ、靴なんてビックリ。スニーカー!? ……まぁ、ニューヨークスタイル、ってとこなのかな。

 第一印象で人を判断するのは良くないってわかってはいるけど、出来れば関わりたくないなと内心思ってしまった。


「じゃあ、次」


 細田園長が手で促すと、チャラい子の隣に直立不動で立っていたこれまた個性的な男性が一歩前へ出た。両手を身体の側面に沿ってビシッと伸ばし、誰かに目を向けるわけでもなく僅かに顎を上げたその視線は、やはり一点を見つめている。

 ガタイも大きく、身長なんて一八〇センチは優に超えているであろう。見るからに体育会系なその彼は大きく深呼吸すると、吸い込んだ空気を一気に吐き出すようにして挨拶を始めた。


「おはようございますっ! 自分は幼少からの夢であった幼稚園教諭になる為、白羽大学教育学部教育福祉学科に入学し、この春卒業したばかりの二十二歳です! まだ社会人になりたてという事で、皆さんに沢山ご迷惑をおかけするかもしれませんが、一日も早く仕事を覚え、頼られる存在になれるよう努力いたしますので、ご指導のほど宜しくお願いいたします!」


 かっ、硬い。先ほどのチャラ男とは打って変わり、もう一人はもの凄く真面目そうな人だ。背中に定規でも入っているのかと思う程ピン! と伸びた背筋に最後の一礼なんて測ったかの様にきっちり九十度だった。

 幼稚園教諭と言うより、自衛隊とかの方がお似合いじゃなかろうか。

 そんな彼の着用しているスーツは型遅れ気味だし、袖丈なんかも若干短い。でも、少し離れたこの距離からでもわかる程、モノは良さそうだということはわかった。

 推測からして彼は店員の勧められるがままサイズが合っていないとも言えず、お高いスーツを買ってしまった、と言うところだろうか。

 前職が紳士服の販売員をやっていたせいか、どうしても着ているものに目が行ってしまう。スーツひとつにしてもその人の性格と言うか個性なりが滲み出ていて、その人の事を知るのにこの“利き酒”ならぬ“利きスーツ”はとても役に立っていた。


「白羽大学って結構レベル高いよね? 何でここに来たんだろう?」

「本当ですね」


 真面目君は頭を上げると列に並びなおすが、先ほどのチャラ男が何やら耳打ちしている。すると、しまったとばかりに目を見開き、慌てた様子で又一歩前へ出た。

 どうやら言い忘れた事でもあったのか、先ほどと同じ姿勢になるとまた大きく息を吸い込んだ。


「――申し遅れましたっ! 自分は鬼頭おにがしら 一太いったと申します! “鬼の頭”と書くので、たまに“キトウ”と読み間違える方もいますが、“おにがしら”です!」


 そこまで一気に言うと、振り返って何故か背後にいるチャラ男を見た。チャラ男は楽しそうに白い歯を見せ、真面目君に向かって顎を何度も前に出している。

 すると、真面目君は少しもじもじとした様子を見せたと思いきや、すぐに諦めた様な表情になり、目を瞑りながらまた大声を張り上げた。


「そ、それと! ……キトウはキトウでも、かっ、“亀の頭”のキ、キトウじゃないので、お間違えないようよろしくお願い致しますっ!!」

「ぶっはっ!!」


 シンと静まり返った職員室に、チャラ男の笑い声とペチペチと膝を叩く音だけが響く。真面目な印象を受けていたその人が突然の下ネタを発動した事に、聞いていた者達はどう反応すれば良いかわからなくなっていた。


 一歩下がって元の位置に戻った鬼頭先生は、鬼頭と言うその名の通り耳や首まで真っ赤にし、口元をキュッと引き結んで再び天井を見つめていた。




 御年六十八歳の園長からすれば、真面目君の挨拶の意味がどうにも良く理解出来なかったのだろう。注意をするわけでもなく、何も変わった事はなかったかのようにそのままの流れで新学期に向けての挨拶を始めている。だけど、職員室内は先ほどの挨拶のせいで微妙な空気を保ったまま。そんな空気も読めない細田園長は、相変わらずのんびりマイペースな口調で話を続けていた。


「……てなわけで、今年度もみなさん一緒に頑張りましょう」


 一通り話し終えた後、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見回しながら、先ほどとは違って少し砕けた口調で話し始めた。


「あー、実は急な話で申し訳ないんじゃが、わしもそろそろいい歳なんで引退しようかと思ってな。と言っても、理事長として度々園には顔を出す予定ではあるけども」


 突然の細田園長の引退宣言に、私だけではなく他の先生方も驚きを隠せず、一気に周囲がざわつき始める。


「大川先生は知ってたんですか!? 園長が引退する事!」


 私も驚きを隠せないその一人であり、学年主任の大川先生なら何か知っているのではと咄嗟に腕を掴んだ。


「ううん、私も初耳だよ! びっくり!」

「……、――! もしかして……」

「うん?」

「あ、いえ、何でもないです」


 ふと、今朝の借金取りの事を思い出し、もしかしたら借金返済のために青葉幼稚園を売却したのだろうかと余計な心配が脳裏を駆け巡る。もし、自分の予想が本当であれば、私たちはこれから一体どうなってしまうのかと、一気に不安になってしまった。


「で、今後わしの代わりに園長になる奴を紹介しようと思っとるんだけども、……はて? どこへ行ったやら。さっきまでいたと思ったんじゃがの」


 しかも初日から行方不明とか、あり得ないでしょう? 仮にも園長だと言うのに。


「新園長ってどんな人だろうね。イケメンだったらいいのにな」

「大川先生、そんなわけないじゃないですか。こんな傾きかかってる幼稚園の園長になるって人なんか、きっと前の会社が倒産したとか、セクハラして退職を余儀なくされたとか。……とにかく、ロクな人じゃないですって!」

「言うねぇ、那都先生……」


 裏事情を知ってしまったからか、新園長に対していいイメージが持てそうに無い私とは逆に、大川先生はワクワクしている様子だった。


「……? ああ、いた。おい、こっちへ来て早よう挨拶せんか」


 細田園長の視線が私の方へと向いている。『へ?』と間抜けな顔をしていると背後からするはずの無い低い男性の声が聞こえた。


「失礼、私をお探しでしたか」

「――っ!!」


 職員室に入って来たのは私が最後だったはず。なのに、いつの間にか後ろに人が居て、しかもそれが新園長!?


 肩を竦めながら恐る恐る後ろを振り返ると、今この場に居るはずのない人物がチラリと私を見下ろした。


「――ああ。今朝はどうも」

「……なっ、えっ?? はい??」


 その人はそう言ってにっこりと微笑むと、甘い残り香を残し前の方へと進んで行った。


「えーっと……」


 一体どういう事だろう? 点と点が線になり確かに繋がっていたと思っていたのが、テープカットよろしくプッツリ切れたかの様な気分だ。それとほぼ同時に、私の身体中の血液という血液がサーッと引く音が聞こえそうな程、一瞬にして身体が硬直している。

 今朝、退治したはずの借金取りが今ここに居て、そして何故か園長の隣に平然とした様子で並んでいる。そんな不自然な光景を目にした私は、開いた口がどうにも塞がらなかった。

 大川先生に『もう知り合いなのか』としつこく聞かれていても、それに対して返事をすることさえもままならない程、私は混乱していた。


「みなさん、初めまして。この度、私立青葉幼稚園の園長を任されることになりました、まき 佳祐けいすけと申します。どうぞよろしくお願い致します」


 そう言って一礼した新園長だと名乗るその男性は、広げた掌を顔の前にやると中指でクッと眼鏡のブリッジを押し上げた。


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