訪来遠家
第二回小説祭り参加作品
テーマ:桃
※参加作品一覧は後書きにあります
01 side Nagi
川縁のガードレールにずらりと並ぶ人々と、時代の交ざった家々、わずかばかりのコンクリートビル。そして青い空に眩しい白の入道雲が、盛大に揺らめく水面に映し出される季節。まるで都会みたいじゃないか、というビターな冗談はさておき。ローカル局とはいえ各社揃い踏みでカメラを回しているのだから、その規模の大きさが分かろうというものか。
たしか、日本三大船神事の一つだとか? 12年に一度、約100隻の大船団が御神体を乗せて川を下っていく勇壮な光景は、圧巻の一言に尽きるだろう。早くも夏日を突破して来た炎天下をも、涼しげな水上の舞台が忘れさせてくれるのか、人々の喧騒と熱気は俺の目と耳と心に、心地よく響いてくる。
と、言うのにだ。
「はぐはむもぐぬもぐんへぐふあむにもぐふあぐはあむ……」
視線を川縁から回れ右で180度回頭。遊歩道に設置されたベンチには、ざっくりといえば濡れそぼる衣服をものともせず全力で菓子類を食い散らかしながら目じりに涙を滲ませて嗚咽を漏らしついでに鼻水をたらした、俺よりも大柄な欠食少女が居た。おいこらせめて鼻水は拭け。
唐突にどんな展開だ、とか思ったことだろう。いや言いたいことはわかる。単語の繋がりが上手く理解出来ないなら、そのままの意味で覚えておいてくれればじゅうぶんだ。経緯は、後で落ち着いて話そう。
とりあえず今はそれより、炎天下のもとでやはりというかゆる~く溶け始めている菓子のチョコが、その少女の口まわりと両手の指にべっとり好き放題に付着しているのが気になって仕方がない。このままだと衣服まで侵蝕することが明白なので、はなはだ不本意だがなんとかしてやることにする。
少女はそんな俺のことなど何も意に介さず、一心不乱に口に頬張ることに終始している。いつでもどこでもこんな有様だから、ほかの女子連中から(意地)汚いとか(食べ方が)醜いとか罵られ、挙句陰ではそのままかっていうような名前までつけらたりするのだ。
もっとも少女に向けられる悪意の根源が、少女のその大柄なくせにやせ過ぎな容姿から分かるように、どれだけ食べても太らない体質に起因する嫉妬なのは薄々感じているので、俺はことさら非難すること自体に異論を挟むつもりはない。触らぬ神に何とやらだ。
とはいえこうして、不本意ながら食事の世話なんてしてるの俺も、大概だと思うけどな。あぁ、チョコのついた手で涙を拭くな鼻水も拭くな。誰だこんな迷惑な菓子買った奴。俺か。
「何でも好きな菓子をとか、安易に妥協したのが失敗だったかな」
「……? …………あむにもぐふあぐはあむ……」
一瞬その瞳が不思議そうにこちらへ向いたが、それも束の間。その後に起こるべきリアクションはあっさり霧散してしまい、また一心不乱に食べ始める。食欲を前にしては、考えることすら放棄すると……。というか口にモノ入れたまま喋ってもわからん! そして唾とその他いろいろな何かが飛ぶ! いいから黙れ危険すぎる!
やれやれと心の中でため息をつきながら、俺はいろいろと飛びかかる何かをガードしたタオルでそのまま少女の両手と口まわりを拭う。仕方ないか……まぁ、俺も好きだしな、たけのこの里。
02 side Yomi
湿ったタオルが私から熱を奪い、そして優しい手の温もりが私の髪にやんわりと馴染んできます。少しくすぐったいのが癖になってしまいそうです。でも不本意なことに、それを気づかれるわけにはいかないので、私は食に専念しています。
食は大事です。至高です。むしろ究極なのです。この国の民の、時代の荒波を超えても決して定番を下ろさずに愛し抜く心意気と、それでいて常にサプライズを忘れない飽くなきチャレンジャー精神は、粉うことなき歴史の宝なのですッ! つぶ練りいちご、濃いちごと苺ひとつでもあらゆる方向性を模索する、こだわりのスピリット! 味わい苺&こだわりクッキー、いちごミルクと味わいクッキーとたとえ似通っていても、そこに新しい価値を見出す超絶技巧!
「あああこのキャラメルも最高ですわあああああああ!!!」
……と、私としたことが、つい取り乱してしまいました。私は楚々と姿勢を正し、しかし決して食を止めることはなく、その手の温もりを粛々と受け入れています。食を途中で放棄するなど言語道断。かの偉人も言っています、お残しは許しまへんでぇ~と。
私はただ、常日頃から食の素晴らしさを分かっていただきたいと普及に努めているのですが、残念なことになかなか理解して下さる方がおられないのが現状です。それどころか陰で私を揶揄している者までおり、まことに食というものの道のりの長さを痛感しています。
一度私の主たる奥方様の食へ同席した際にその辺りのことや、なぜか身長体重とスリーサイズを確認されましたのでお答え致しましたところ、……くっと唇を噛みしめ失意体前屈の運動をなされておりました。きっと私の苦節を思い、嘆いて下さったに違いありません。あぁ奥方様、私は奥方様にこの忸怩たる思いを理解していただけただけで光栄の極みにございます。
「……?」
と、何か言われた気がして、私は視線を再び戻します。奥方様以外で唯一、私に手の温もりを与えてくださる優しい殿方様。線の細い容貌ながらしっかりとした意思の強い瞳、爽やかな静謐さとぽかぽかな陽だまりのように癒される微笑み。
お慕い致しておりますゆえ、何も言葉を返せない私をお許し下さいませ。その微笑みだけでわたしはじゅうぶん幸せでございます。しかし甚だ不本意ながら、立場上そのご慈愛をお受けするわけにはいかないのです。
そんな不甲斐ない私の顔に再び心地よい温もりが届く。優しくゆっくりと撫でられ感情もほぐれていく。涙をお拭き、貴女には似合わないよ。と心の声が伝わって来ます。ですが本来ならそれすら私には身に余る行為、それを受け入れることは私には、ああ私には……、
「…………わわ私なら大丈夫でございますゆええ……」
ただそれだけ伝えるのが、精一杯でございました。情けない私をお許し下さいませ。と、そうですそうでした。主たる奥方様の従としての立場であるなればこそ、ここは礼節を持ってお応えしなくてはなりませんッ! それが、た、多少過度でも問題ではありませんそう問題ではないのです。今こそ、最上級の礼節を持って私、誠心誠意お応え致します! さぁどうか、こ、これを受け取って下さいましいいいいい!
03 side Nagi
な、なぜだ。俺は今しがた起きたことに驚愕し、戦慄を覚えていた。ただ口まわりの世話をしていただけ、のはずが、しばらくの間を置いた次の瞬間いきなりの正拳突きと来た。マジちょっとびびった。しかも無拍子である。咄嗟に仰け反ってダメージを緩和したものの、眉間の違和感が攻撃を受けたことをしっかりと物語っている。
手をやるとそこには潰れかけた、たけのこの里……。これがもし溶けかけていなかったら、刺さっていたかも知れないという事実にぞっとする。とりあえずもったいないので手早く食してついでに額もタオルで拭うと、俺は何事もなかったかのように装いつつも、より慎重により丁寧に、目の前の少女、いや鬼少女に違いない、に向き合った。
ただ久々に故郷へ帰省してみれば偶然見知った顔がいたから声をかけ意気投合して実家に向かっていた、だけのはずなのだ。それがなぜいきなり命の危機に、逆鱗に触れるような選択ミスをしただろうか? 座っているのをいいことに胸元が覗けないかと角度を試行錯誤したことかいやそれはない俺のテクニックは完璧だバレるわけがない。
だとしたら一体何が、と頭の中でフリスクを食べたぐらいのポテンシャルで思考しながら、俺は表面上はただ爽やかなだけで他意はないという『一撃必倒0縁スマイル』を発揮しながら、口まわりの世話を仕上げていた。ついでにがっつり視線を胸元にロックオンしてみたが何事もないのでこれはセーフであることが確認された。
いや、実のところ可能性が一つある。認めたくないが非常に認めたくないが、何しろ身の危険にかかわることなのでもう踏み込まないわけにはいかないだろう。と、覚悟を決めて問いかけてみる。
「そういえば、どうしてあんなところにいたんだい? あんなに人様のいる場所では大変だったろう」
「……?」
「あ、時間は大丈夫? 心配しているかも知れないね、時間に厳しいところがあるからあ……の人……は……」
止まったーーーーーーーーッ! と思わず叫びたい気持ちをなんとかこらえて、俺は呼吸を整える。ある単語に来た瞬間なんとあの欠食少女の食事がぴたっと止まったのだ。まぁ一瞬だけだったが、驚天動地を意味する現象を前に俺はその事実をじゅうぶんに悟ったのだった。
すなわち、鬼少女の背後にいる、般若の存在を……。餅つけ、じゃない落ち着け俺。まだ、まだ大丈夫だ。まだ場所を押さえられたわけではない。たとえこの偶然の出会いが罠だったとしても、連絡が行かないようにすればいいだけのことだ。
基本素直だが、そこまで頭の回る子ではなかったはず。なにせさっきも、せっかく買ってやったファンタグレープのプルタブ開けるのに力入れ過ぎて、開けた瞬間に勢い余って川に缶を全力投球、さらにそれを追いかけてフライングアウェイである。うむ、絵に描いたような残念少女である。
無論、フタが開いている時点で無事キャッチしてもドボンしたらアウトである。とりあえず引き揚げたはいいが、ファンタグレープ微淡水仕様をそれでも飲もうとするので衛生上の観点から取り上げたら、マジ泣きである。人様の視線が痛過ぎてもう死ぬかと思った。
なんか話がそれたが、とにかくいろいろと残念なことが分かっていただけたならじゅうぶんだ。
「……むもぐぬもぐんへぐふあむ」
「え、なに?」
「……むもぐぬもぐんへぐふあむ」
「よ、よし。 まずは落ち着いて、深呼吸しよう。はい、吸ってー」
「…………」
案の定息が詰まる残念少女。ほ、ほんとにやると思わなかったぜ。別にいじめたいわけではないので、飲み込ませて落ち着かせる。まだ時間はたっぷりあるのだ。どうということはない。人生余裕が大事。これ座右の銘にしようかな。
「……迎えに、来ました。時間、大丈夫」
って既に補足されてるしーーーーーーーーッ!
04 side Yomi
青天の霹靂です。その時、私の中をぴしっと電撃が駆け抜けたのです。そうでした。私は忘れていたのです。奥方様から言伝を仰せつかったのです。そそそんな大事な御定を賜っていたのに、わわたくしってばばばどうしましょよよよお~~~ッ!!
思わず食の手すら止めて考え込む私。ほら、それを見て愛しの殿方様がオーギュスト=ロダン作の考える人もかくやという渋い表情で沈黙しておられます。かっこいいです、ではなくて、それほどまでにマズイことなのです。恐ろしいことが起こるのかもしれません。と、とりあえずまず落ち着かないといけません。食を再開しましょう、これは私の精神安定にかかせません。
実績もあるのです。現在も食しているこのたけのこの里は川に落ちた私の涙を癒してくれたのです。泣いてたのは川に落ちたからです。えぇ、決してファンタグレープを飲めなかったからではないのです。ファンタグレープが……あれ涙が。
ち、違います。この涙は殿方様が私のプレゼントしたたけのこの里を食べていただけたことに対する涙です。えぇ、決してたけのこの里が惜しかったからでもないのです。惜しくなんか、な、ないです。
と、そんな話ではなかったはずです。私は意を決して殿方様に申し上げました。
「……心底お慕いしてますわ」
「……」
間違いました、つい本音が。
「……お前が好きだー、お前が欲しいッ」
「え、なに?」
これも違います。別の意味で大きく違う気がします。
「……迎えに、来ました。時間、大丈夫」
「よ、よし。 まずは落ち着いて、深呼吸しよう。はい、吸ってー」
「…………」
なんだか途中でお花畑が見えた気もしましたが、私は無事に殿方様の質問に答えることが出来たのでした。そしてもう一つ、奥方様から殿方様への質問を申し上げねばなりません。これが御定だったからです。
「……どうして、戻って来られたのですか?」
「……あ、あぁ。まぁ気になるだろうね。それは……だね……」
愛しの殿方様はその質問を聞いて、少し思い悩んでいるようでした。その姿は同じくオーギュスト=ロダン作の青銅時代のようです。すてきです、何をしても絵になるとはよく言ったものですね。そのままずっと眺めていたかった私個人的には大変残念ですが、やがて殿方様は私に向き直り、その答を述べられたのでございます。
「いやぁ、最近まで淡路島辺りに居たんだけどね」
「……はい」
「ほら、最近日本の漫画やアニメが海外人気スゴイよね? ワンピースとかドラゴンボールとか、、、ナルトとか」
「……はい」
「そうナルトとかスゴイんだよね。それで、聖地巡礼だとかで外国人観光客がとっても増えてしまってね、別の逗留地を探す……前に……ちょっと故郷に寄ろうかなーと……」
「……」
……そ、そんな悲壮の決意であられたとは思いませんでした。それなのに私は奥方様からの何かよからぬことをたくらんでいるなどという冗談を真に受けてしまうなんて。も、猛省しなくてはなりません。どんなツライ罰でも受ける所存です。
「……ででも断食だけはなしの方向でお願い致します」
切に食の幸せを噛みしめるのでした。
05 side Nagi
「そうナルトとかスゴイんだよね。それで、聖地巡礼だとかで外国人観光客がとっても増えてしまってね、別の逗留地を探す……前に……ちょっと故郷に寄ろうかなーと……」
「……むもぐぬもぐんへぐふあむひぐむあもぐあんむ」
さすがに強引過ぎたようだ。まさかこの少女がモノを口に入れて喋って誤魔化すなんて高等技術を使用するとは思っていなかった。正直侮っていたかもしれん。何と言っていたのか激しく気になるが、そこはもう面倒なので割りきろう。大人になろう。
とはいえ、真実からは上手くそらせただろう。次点でほんとに聖地になっているなんか水仙とか何とかいうゲームを使う手もあったのだが、あえてインパクト重視でいらぬ大火傷を被ってしまってでも、あれは絶対に知られてはならない。
ずいぶん昔に仕入を頼んでいたアレな感じのブツがついに手に入ったと連絡を受けて、裏路地の一角にひっそりと立つ古書店に立ち寄る為だったとかは決して言えない。超潔癖の般若に知られたら、何されるか分かったものではない。今になって俺は、スマホでネット勉強してアマゾンとかヤフオクとか覚えなかったことを激しく後悔していた。
なにせ風呂場ではち合わせただけで覗き魔扱いして離縁状を叩きつけたんだぜ? 夫婦なのにひどくね? それはまぁイベントを期待していなかったとは正直言い切れない部分もないことはないのだが、心の中だけなら自由だと信じてたんだ。
……ふっ、認めなくないものだな、若さゆえの過ちというものを。とか横道にそれている場合ではなかったな。ここは何としても般若に知られぬよう誤魔化しきらねばならないというわけだが、それがダメでも最悪逃走完了まで足止め出来ればいいわけだ。さて、どうしたものかというところだが、実は俺には最終兵器があるのだ。
「さて、ここで僕と一つ約束をしよう。ちょっと用事が出来てしまったから僕は今すぐにでも遠くに行かないといけないから、このまま黙って見送ってほしい」
「……?」
「そして今日ここであったことをあれに黙ってくれるなら、ほんとは手土産に持って来たんだけど、この愛媛の知る人ぞ知る名店サロンドゥエミュの超人気商品シャルロットケーキを君にあげよう」
どうだ! とばかりに俺は少女の前にその輝かしい逸品を見せる。薄くスライスした桃を薔薇の花びらに見立ててデコレーションされた、味も見た目もファンタスティックな食の芸術品だぜ! そらそら、ほぉ~れほぅ~れ。
「……」
「……?」
「……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「うぁッ!?」
06 side Yomi
あ、あああそそそれはあのあのシルシルミシルサンデーにて全日本隠れたお土産お菓子-1GPで1位に輝いた噂のシャルロットケーキぃぃぃいい!! 正式名称白桃とライムのシャルロットではななないでしょうかぁぁぁああ!?
『酸味のあるライムと甘い桃を組み合わせた2層のムース仕立て。ライムの酸味が口の中で広がり、あとから優しい桃の甘さがゆっくりと味わえます。ひとくち食べたら忘れられない、仔細な一品』との口上書きも一言一句粉う方無き珠玉の逸品!!
欲しい、ほ、ほほほほほ欲しいぃぃ!! たたたたた食べたいッ!! 今すぐッ!! 桃! もも桃!! 桃桃桃桃もももももももももももももももももももももももももももももももももも!!!!!!
07 side Nagi
予想以上に、欠食少女まっしぐらだった。……若干引いた。が、そんなことはオリンピックの東京招致並みに微妙にどうでもよくなるくらいの、まさかの事態が待ち受けていようとは誰が想像出来ただろう?
『…………………………………………あらあら見つかってしまったの? 残念』
「げッ!?」
ほれほれと欠食少女ほいほいを楽しんでいた俺から、シャルロットケーキGETだぜ! な勢いで見事奪取した会心の笑みの少女から、ころっと落下した黒い小さな物体。それはなんと小型の発信器+盗聴器だった。通信機能もあるよっお得だね。
これぞまさに漢のロマン、とか言えるレベルじゃねぇ怖過ぎるわッ! これ全部最初から筒抜けだったってことだよね。うん、俺もう終わったね。人生余裕が大敵。これ辞世の句にしてもいいかなぁ。そしてもしかしたら川にダイヴした影響で壊れてるかも、という俺の淡い期待は、
『あと数分で到着だったのにホント残念ねぇ』
聞こえて来た声によってあっさり泡沫と消えたのであったまる。というか、人を強引に覗き魔扱いしといて、自分は盗聴とか、それなんて外d
『何か言ったかしら?』
「イイエナニモ」
女の勘怖えぇ。マジぱねぇ。とかやってる場合ではないがしかし、このままではジリ貧が確実。タイムリミットは数分。俺は一刻も早くこの場から脱出しなければ明日はない。い、いや待て。般若は所詮今の段階では何も出来ない。今俺が対峙しているのはこの少女だけなのだ。そしてその少女はシャルロットケーキにむしゃぶりついている。
あれ、これそのまま逃走すれば行けるんじゃね? はは、ふはははなんだ楽勝じゃないかはっはっはっは。そうと決まれば今すぐゲッダウェ~イ!
『あそうだ、桃大好きちゃん、まだそこにいるかしら?』
「……もも?」
『そこにいる逃亡犯は、実はもう1つシャルロットケーキを持ってるらしいのよ』
「……もももも! ももも!」
『うん、そう、だから遠慮なくGETしちゃって!』
「……ももももももももももももも!!!」
え、あの謎の桃言語が理解出来るの? 超スッゲー! ……じゃなくって、それずるくねぇ!? くそっ、ついに天は我を見離したか。俺が天みたいなものなのになんて奴だ。とか冗談言ってる場合でもなくなってきたか。流石にかつてないピンチを感じているぜ。
もうどうやっても無駄だというのだろうか。諦めるな俺、逃げちゃダメだ! いやダメじゃねぇ、逃げるんだって! あぁああぁああもう何考えてるかもさっぱり分かんねぇ。
……極限まで追い詰められた俺が、最後にとった選択肢とは?
08 side Yomi
もも。ももも、殿方様はももも私のほうを向かれにっこり微笑んでから懐に手をいれもも、も? 何でしょうあれは。はっ、ぴ、ピーチネクターです! しかも、あれは桃の王様と呼ばれる紀州桃山町あら川産白鳳ピーチネクターではないですか!? なんて通な逸品を、隠し持っていたというのですか!
殿方様はそのまま私に見せた白鳳ピーチネクターを持った手で軽くスイングし、あぁ、ま、まさかそれをいただけるのですか? な、なんて僥倖でございましょう。私、このご恩は一生忘れません! 放り投げられた宝物はしっかりとこの手にキャッチ致しました。
あぁ、まだフタを開けてもいないのに芳醇な香りが立ち上ってくるようです。さ、さっそく開けて、開けて、開け、あれ堅いですね。ももっと力を込めないとダメですか? 仕方ありません、難しいですがこれもも世界のためです。この宝物を飲まないなんて世界の損失なんです。
……しかしなんということでしょう。プルタブを全力で起こした衝撃で缶が跳ね、するりと私の手から抜け出て宙を舞い、川岸の柵にバウンドして水面の上へ。で、ですが私は負けません! 柵を飛び越え、川岸を全力で蹴り、めいっぱい手を伸ばして、見事に空中で白鳳ピーチネクターをキャッチしましたッ! あぁ天よ、私、私やりましがばごぼばびぐばだぼぼげごば……。
09 side ???
「……というわけで、わが国の建国以来の別居状態は解消され、そうで解消されなかったのでした。めでたしめでたし」
「ど・こ・が、めでたいのよッ!! あぁん!?」
「わぁぁあ照姉さま、抑えて抑えて」
「知るかーッ! もう殺すあの変態今すぐ殺す!」
「それはマズイですってあぁもう弟より手に負えないよ!」
「離せぇあいつ殺せないぃぃぃいいい!!」
そしてあれから幾星霜、日本のどこかで。暴れ狂う片方と羽交い絞めで止める片方の、太陽と月の姉弟。仲良きことは美しきかな。あぁ奥方様、今日もすくすくと育っておられますよ~。愛しき殿方様のご教育の賜物です。
「「どこがよッ!」だッ!」
あら怒られてしまいました。ちょっとしょんぼり。でも大丈夫、根の国守護の任を解かれて外に出れた私には、古今東西のグルメが待っているのです! 最近は仏国のラメールプラールで食べた伝統のオムレツが予想外の食感でなんとも。あぁ天に感謝。
「その感謝の先は絶対なんか違うでしょう、というかどこに出かけてるんですか……祓われても知りませんよ?」
「あらあら聞こえてしまいましたか」
「そんなことどーでもいいのよッ! それよりもこの変態よ変態!」
「……まぁ一応父親なのですからそこまで言わなくても」
「そ・こ・よ! そこなのよッ!!」
弟の肩をばしばしと叩いて主張する姉。あれ結構痛そうです。
「世の中の人様方に、あんな変態のXXXやXXXから生まれたなんて思われてるのが、激しく汚されてる気がするのッ!! なんの恨みがあるって言うの!? おのれやすまろめぇぇええ!!」
「と、とりあえず個人攻撃はよくないよ。照姉が憤るのはまぁ、理解出来るけども……」
「そうよね! 分かってくれるわよね、お姉ちゃん嬉しいわぁ! やっぱり持つべきものは弟よね! 2人目の野生児はいらないけど! ついでにそこの役立たずもいらないけど!」
あれ、いまさらっと毒が聞こえたような? まぁいいでしょう、たぶん。気の所為です。
「そうと決まれば今すぐ名古屋へ行くのよッ! 真福寺本を改竄するのよッ!!」
「えぇえぇぇええ! いやそれは流石にダメでしょう! しかもお寺ですし神社の管轄じゃないんですから」
「ぇーん、やっぱり1人目もいらなーい! いいもーん、また岩戸に引きこもってやるぅー」
「照姉ぇーさまぁー……」
あぁ、あんなに楽しそうに私を空気にして。くすん。……でも私のことなんていいんです。二人さえすくすくと育ってくだされば。ほらあんなにキラキラと輝いていらして、あぁ二人とも愛しの殿方様にそっくり。
「「どこがよッ!」だッ!」
完
第二回小説祭り参加作品一覧
作者:靉靆
作品:無限回生(http://ncode.syosetu.com/n9092bn/)
作者:まりの
作品:桃始笑(http://ncode.syosetu.com/n8059bm/)
作者:なめこ(かかし)
作品:桃林(http://ncode.syosetu.com/n5289bn/)
作者:唄種詩人
作品:もももいろいろ(http://ncode.syosetu.com/n8866bn/)
作者:朝霧 影乃
作品:桃じじい(http://ncode.syosetu.com/n8095bm/)
作者:稲葉凸
作品:桃源郷の景色(http://ncode.syosetu.com/n5585bn/)
作者:まきろん二世
作品:桃(http://ncode.syosetu.com/n7290bn/)
作者:霧々雷那
作品:An absent-minded(http://ncode.syosetu.com/n7424bn/ )
作者:二式
作品:桃太郎お兄ちゃんの残り香を全部吸いこんでいいのは私だけのハズだよねっ♪(http://ncode.syosetu.com/n1760bn/)
作者:ツナ缶
作品:桃始笑(http://ncode.syosetu.com/n8274bn/)
作者:射川弓紀
作品:異世界ではおつかいは危険なようです。(http://ncode.syosetu.com/n8733bn/)
作者:舂无 舂春
作品:アッエゥラーの桃(http://ncode.syosetu.com/n8840bn/)
作者:ダオ
作品:桃花の思い出(http://ncode.syosetu.com/n8854bn/)
作者:葉二
作品:サクラとモモ(http://ncode.syosetu.com/n8857bn/)
作者:小衣稀シイタ
作品:桃の缶詰(http://ncode.syosetu.com/n8898bn/)
作者:シャキシャキにっ、パリパリですの!?
作品:訪来遠家(http://ncode.syosetu.com/n8901bn/)
作者:三河 悟(さとるちゃんって呼んデネ)
作品:『天界戦士・ムーンライザー』(http://ncode.syosetu.com/n8948bn/)
作者:電式
作品:P.E.A.C.H.(http://ncode.syosetu.com/n8936bn/)
作者:あすぎめむい
作品:桃源郷を探す子どもたち(http://ncode.syosetu.com/n8977bn/)
作者:一葉楓
作品:世にも愉快な黄金桃 (http://ncode.syosetu.com/n8958bn/ )
作品:苦しくて、辛くて……優しい世界(http://ncode.syosetu.com/n8979bn/)
作者:白桃
作品:桃の反対(http://ncode.syosetu.com/n8999bn/)
作者:abakamu
作品:桃恋(http://ncode.syosetu.com/n9014bn/ )