老人とは
ヒルスタ卿の領地を抜け、小規模反乱が多発している地帯に向かっていた。その途中の小さな村だった。
違和感。一見普通にも見える、が、やはり明らかにおかしかった。
「人がいないな」
そうか、いや人だけじゃない。家畜の類も存在しなかった。かといって争った跡があるわけでもない。
ただ、生き物だけが消えている。それは、ひどく不自然でそれでいてどこか幻想的なものだった。
世界が、違う。この村が、それも違う。自分達以外の生物がこの世から消え去ったのではないか?
「どうした、ここには何もないぞ」
不意に声をかけられた。いつの間にか頬のこけた老人が後ろに立っていた。良かった、人がいた。思わず安堵のため息がこぼれそうになる。
「どうして村に誰もいないのですか?」
疑問に思っていたことを聞いてみる。
「この村の若い連中は皆、南の地域で起きた反乱に加わってる」
「子供も老人も女性も連れて?」
「老人なんて俺ぐらいなもんさ、女は頭数になる。そうすると子供も連れて行かなきゃならねえ」
「あなたは残ったんですか? ここには食料があるようには見えませんが」
「いいさ、俺は長く生きすぎた。同い年のやつらは皆、死んじまってる。反乱にも加われない老いぼれが反乱軍の食料を食って生活なんて、できるわけないだろうが。だからおとなしくこの村で草食って生きることにしたのさ」
「そう、ですか」
言葉が見つからなかった。聞くべきではなかったかもしれない。
確かにこの老人の歳まで生きる人は少ない。貴族であれば年老いた者は経験豊富な人物として貴重な存在になる。だが、農民の場合、働くこともできないのに食扶持を増やす邪魔者でしかないのだろう。それを自身で自覚しているが故の悲痛な言葉だった。
「それで、お前さんたちは。やはり、あれか、反乱軍に加わるのか。え、どうなんだ。身なりも悪くはないし、そんな生きるのに苦労してる様にゃ見えんが」
「反乱軍は優勢ですか?」
老人の質問には答えず言った。
「知らん。ここに戦況を伝えに来る奴などいない。ただまあ、仮に勝っても争いは収まらんな。なんせ全体の指導者になれる奴がいない。今は村ごとに単独で動いているだろう。勝てば指導者をめぐる争いが起きてくる」
「では、私が反乱軍のリーダーになります」
南へ二日ほど行くと荒れ果てた大地が続いていた。埋葬のされてない亡骸もあった。
突如として変わった風景に気を引き締める。今の状態では反乱軍もここらの領主達の連合軍も敵なのだ。
「いよいよだな」
「ああ」
短く言葉を交し合う。
そういえば、最近エーベルは二人きりのとき以外あまり口を挟まない。何故だろうか。
聞いてみようかと思ったがやめた。おそらく何か考えあってのことだろう。
進んでも風景が変わることはなかった。たまにあるのは原形も留めていない村の跡や散乱した武器、物、者。
ごく稀に普通の村もあったが厳重な警備を敷かれていて入ることができなかった。反乱に加わらないことで守ってもらっているのだろう。
丸一日もたったころだった。辺りが森へと変わっていく。
向こうに甲冑を身に纏った兵が二十名ほどいた。こちらには気づいていないようだ。
一瞬、紋章を出して切り抜けようかと思ったが、あまりに不自然すぎるこの状況では賭けになる。
やはりここは身を隠すのが一番だと思いなおし、エーベルと共に草木の覆い茂っている場所に入った。
兵士たちが通り過ぎた。ひとまず助かったようだ。
「おい、こっちに道があるぞ」
エーベルの言葉に振り返ると確かに獣道の様なものがあった。大きさは人間が丁度通れるくらいのものだ。
「通った跡があるな。人間だという保証はないが」
「可能性はある。行ってみよう」
確かに昼間に道を歩くのは得策とは思えなかった。それならこういう場所を探索してみるのも悪くないかもしれない。
今まで見た感じでは反乱軍の方が不利だと思う。さっき通った兵もさして警戒をしている風ではなかったし、放置されていた亡骸も農民と思われる人のものが多かった。
だとすると、反乱軍の拠点がまともな場所にあるとは思えない。
獣道はところどころ分岐していた。それでも、最近何かが通った様な跡がついているのはいつも一つだけだった。
抜けると、広い場所に出た。人は、いた。七十人くらいだろうか。全員すでに視線はこちらを向いている。獣道を通るときに出る草を揺らす音が耳に入ったからなのか。
数人が武器を構えた。一人だけだが弓を持っている者もいる。
「我々は敵ではない」
二人ともレイピア以外の武装をしていなかったので向こうも半信半疑なのだろう。攻撃してくることはなかった。しかし武器は構えたままだ。
「ここの指導者と話がしたい」




