ヒルスタ卿
すでに小規模の反乱は起きていた。だが所詮は烏合の衆、すぐに鎮圧されていた。
軍勢を手っ取り早く集めるにはそれをまとめて一つにするのが一番良いだろう、というのが何日か二人で話し合った結果だった。他にも味方につきそうな貴族や、行動を起こす場所も大体決まった。本当はあまり貴族を味方に入れたくなかったが、やはりそうも言ってられなかった。
どうやらエーベルは国に陳情するために反乱を起こすのではなく、新たな国を作ろうとしているらしかった。それはやりすぎではないか。でもそれもいいかもしれない。そう、思い始めていた。
「ヒルスタ卿、やっぱり頼るべきはこの人しかいないな。下級貴族とはいえ農民の信望がここまで厚い人も珍しい。何より反体制派だ。ずいぶん上の方とはもめてるらしい」
「問題はヒルスタ卿の治める領地がここの中央部と離れているということだな。家を出て行くんだ。もし協力が得られなくてもここに帰ってくることはできない。それだけじゃなく治安の悪いところ通らなくてはならない」
エーベルがこんなことを言うのは否定を求めているときだ。こう言って誰かに否定してもらうことで不安を消している。昔からの癖だった。
「何を今更、だれも簡単にいくなんて思ってないさ」
重武装をして家を出るのは無理だった。精々愛用のレイピアぐらいなものだろう。服はなるべく質素なものを選んだ。金はかき集められるだけかき集めた。食料は必要最低限しかもっていくことはできない。
真夜中、衛兵の数も減っているはずだった。抜け出すのはそう難しいことではない。
正面から出ようとは思わなかった。裏手の窓を窓枠ごとはずし外に出た。満月の夜だった。風は吹いていなかったが寒かった。
薄着の農民はこれより温度の低くなる冬をどうやって乗り切るのだろう。私には想像もつかないことだった。それ故、貴く感じるのかもしれない。
家は外壁で周りを覆われていて出るには正面に位置する正門と父上から教えてもらった先祖代々の隠し扉しかなかった。正門には衛兵がいるはずだから行くことはできない。私は暗がりの中外壁に偽装した隠し扉を探した。
見つけた。私が押すと仰々しい音を立ててそれは開いた。
待ち合わせの場所についた。エーベルはまだ来ていない。待つしかなかった。
「待たせたな」
この声が聞こえたのはあれから大分経ってからだった様な気がする。だが別段問題が起きた風でもなかった。
「早く行こう。夜が明ける前が一番歩きやすい」
「そうだな」
よし、そう言って歩き出した。
本来一日程度であろう中央部を抜けるのに三日間かかった。あまり貴族の出歩くところを通ることができなかったからだ。
その間に必要なものは買い足した。格好も変えた。おそらくこれで二人組みの旅人にしか見えないだろう。
「ここからは山道だ二日ほどで超えれるらしい。そうしたらようやくヒルスタ卿の領地に入る」
エーベルがそういったのはあれからさらに四日たってのことだった。これまで通ってきたところは比較的安全だった。それでも疲労は確実に溜まっていた。
晴れたていたこともあって気温は安定していた。山は険しかったがどうというほどのことでもなかった。
一瞬木が光った。そこで足を止めた。エーベルも気づいたようだ。
足音。舌打ちをした。後ろにもいたのか。レイピアを抜き、構えた。六人、全員が鎌を備えていた。農民だろうか? 全員まだ若い。二十歳、いや同い年くらいかもしれない。
中二人が間合いを詰めてくる。後の四人は前後二人ずつ道を塞いでいる。一人はエーベルに任せ、もう一人をレイピアで牽制する。向かい合ってみたが、隙はかなりあった。山賊を生業にしているとは思えなかった。
腕を狙い斬り込む。相手の反応が一瞬遅れる。生身の腕から鮮血が吹き出す。一気に間合いを詰めて顎を柄で下から突き上げた。倒れた。
気配。遅かった。転がって避けようとしたが肩口を切られたようだ。
もう少し後ろにも気を配っておくべきだった。道を塞いでいる敵が切りかかってくるわけがないと高を括っていたのがまずかったか。
多分、浅傷だ。今はまだ気にするほどでもない。
立ち上がる。エーベルも一人を倒している。残り四人、敵は包囲を崩していた。
二人同時に切りかかってきた。片方を避け。もう片方をレイピアでいなす。いなした方の相手の足にレイピアを突き刺した。思ったより深く刺さっていたのか抜くことができなかった。最初に倒した男の鎌を拾い上げ最後の一人と向き合う。
来る。相手の突進をかわす。しかしそれで精一杯だった。もう一度来る。今度は鎌のリーチ内でかわすことができた。後ろから切り裂く。
エーベルの方も丁度終わったところだった。
「切られたのか」
肩口の傷から血が流れていたらしい。エーベルは傷一つ負ってなかった。
「すまない、反応が遅れた、浅傷だろうからたいしたことはないが」
「そうか、それならいい。しかし、今の奴ら山賊じゃあないよな」
どうやら思っていたことは同じだったようだ。
「だろうな。大方、食うに困った農民といったとこだろう」
「そうだな」
それからは、あまりしゃべらなかった。
「悪いがここには、立ち入れないことになっている」
衛兵に呼び止められた。目の近くに傷のある、がたいの大きい男だった。男は申し訳程度の武器を備えて仁王立ちしていた。普通門番は重装備でいるものだが。これも治安の良さの表れか。
「ヴィンツェンツ=レフリー」
「エーべルハルト=ジェルマン」
名乗り、レイピアを見せた。柄には紋章が入っている。
「し、失礼しました。取り次ぎますので少々お待ち下さい」
屋敷の屋内は質素なつくりになっていた。さっきの衛兵はヒルスタ卿の部屋まで案内すると駆け足で立ち去った。
「初めましてヒルスタ卿、ヴィンツェンツと申します。よろしければヴィンと呼んでください」
「やあ、よく来てくれた。君がレフリー家の御長男か。一度会いたいと思っていたんだ。そちらのお方はジェルマン家の御次男だね。お兄さんから君のことは良く聞いているよ」
「エーベルハルトです。以後、お見知りおきを」
「うむ、それでお二方そろって何の用かな。良家のご子息が供回りもつけずそのような格好でここまで来ているところを見ると、よほど大切な用なのだろう」
あまり歓迎はされていないようだった。それもそうだろう、反体制派だから父上とは犬猿の仲のはずだ。それでも、この優しそうな顔をした初老の紳士は笑顔でそう言った。
「単刀直入に言います。この地で挙兵していただけないでしょうか」
賭けてみた。この場で殺されるかもしれない。だが、反応を見ながら話を移していく気にはなれなかった。言葉を濁されては困る。
「断る」
即答だった。ここに挙兵の話できたのが分かっていたのだろうか。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。そう思っていると、ヒルスタ卿が口を開いた。
「だが、農民反乱がどこかで広がり、勝てると私が判断すれば、それに参戦しようとは思っている。無論農民の側として」
事実上の参戦宣言だった。
「ありがとうございます」
「何を言っているんだ、私は挙兵しないといったのだ。聞いてなかったのか、ヴィン。ほら、暇じゃないんだからさっさと帰るんだ」
私はもう一度お礼を言うと、エーベルと共に屋敷を立ち去った。
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