来訪者
「また徴発か」
最初に口に出たのはそれだった。
「まあ、いいじゃないか。その分納める税が減るんだ。結果的には特になる」
父上は私の言った意味が分からないようだった。誰もこんな腐った家のことなど心配していない。ただ心苦しいだけだ。
国民一律で取り上げるというのもふざけているが、その代わりになくなる税が貴族に課せられている税だというのはもっとふざけている。
王は戦費の国民平等負担を訴えてこの徴発を行っているらしいが、どう見ても周りの貴族が私服を肥やすためにやっているとしか思えなかった。そしてそれには父上も加担しているだろう。
「ふふ、戦争はまだまだ終わりそうにないな」
父上はそう言って顔をほころばせた。私は腰のレイピアに手が伸びそうになる衝動を必死に抑えた。
今起きている戦争は一進一退の攻防を繰り返している、様に見える。だがその実、戦争の勝ち負けに真剣なのは互いの国の王だけなのだ。
互いの国の貴族は戦争で儲ける事を考え、互いの国の農民は苦しみ、戦争の終結を、いや暮らしの安定を求めているのだろう。
せめて相手の国が貴族制でなかったら、この国を滅ぼしてくれ、そう思うほどだった。だがそれも望めない。
「ヴィンツェンツ様、エーベルハルト殿がいらしております」
戦地から帰ってきたのか。久しぶりに親友と会えるのはやはり嬉しかった。
「分かった、ありがとう」
私は召し使いにそれだけ言った。
「やぁ、久しぶり」
そこまで言って異様なまでにエーベルが真剣な表情をしているのに気がついた。
「久しぶりだな。少し話があるんだが、いいか?」
しゃべり始めると少し顔つきはやわらかくなった。それでも目や言葉は怒気の様なものを帯びている気がする。
「いいよ」
短くそう答えると、自分の部屋に招いた。
「ヴィン、徴発の話は聞いたか?」
「聞いた、父上は喜んでいたよ。また得をした、とね」
最大の嫌悪をこめて、そう吐き出した。
「そうか、実は俺の両親も同じような感じなんだ。というよりほとんどの貴族はそうなんだろうけど、お前は違うよな?」
エーベルの言葉から怒気の様なものは消えていた。と言うよりも感情が抜け落ちたかのようだった。必死に抑えているのかもしれない。
「違う。尤もそうやって儲けた物で生活しているのだからあまり変わらないかもしれないが」
「そうか、いやそれならいいんだ。実はな……」
言おうか言うまいか悩んでいるようだった。珍しい。そんなにも言い難いことなのだろうか。何となく考えていることは分かった。私も考えていたことだからだ。だからこそ何も言わずにエーベルの次の言葉を待つことにした。
「反乱を起こそうと考えているんだ」
長い間の後、今までの声量とは比べ物にならないほど低い声で、そう言った。
それは、誰かに聞かれないためなのか。それとも自信がないのか。あるいは、腹が括れてないのか。
なんにせよ、勝算がありそうな感じではなかった。
「そんなことだろうと思った。それで、勝てる見込みはあるのか?」
帰ってくる答えは分かっていた。それでも聞いておきたい。
「ないことはない」
答えは予想したものとは違っていた。勝てるとは言い切れないところに弱さはあったが、可能性に私は胸の高鳴りを感じた。もしかしたら変えられるかもしれない、この腐った世の中を。
「当てがあるのか? もちろん、この国に不満を持っている奴はごまんといるだろう。けどな反乱を起こそうと思ったら生活も命も家も全部投げ出さなきゃならないんだ。それも自分のだけじゃない」
「分かっている。だが、今度の徴発で反乱を起こさなくてもそうなる人が出てくる。それだけじゃない貴族の中でも一部、今回ので得をしない連中がいる。そいつらに利益をちらつかせて味方につける。そうやって反乱が大きくなれば中立を保っている農民も動き出すだろう。そうなれば十分勝てる」
「なるほど、不確定要素が多すぎるな。それで、自信を持って勝てると言えないわけか」
「そうだ、だからこそここに来たんだ。ヴィンに反乱軍のリーダーになってほしい。ヴィンなら俺よりも多くの軍勢を集めることができる。家柄も人脈も全然違うし、長男だ。俺は次男だからな。元々、家を継げない奴が反乱を起こすより、次期当主が反乱軍のリーダーになった方がインパクトがでかい。おまけにヴィンツェンツっていやぁ切れ者で有名だからな」
正直勝算は少ないと見てよさそうだった。私が考えていたことと大差はない。しかし、いずれはやらなければならないことだ。
それなら良い機会かもしれない。せっかくエーベルが持ってきた話だ、無下に断ることもできない。
「分かった。その話に乗ろう」
「本当か? ヴィンは家を捨てることになるんだぞ。今のままなら幸せに暮らせる」
「かまわない。いずれ、しようと思っていたことだ。それに家を捨てるのはエーベルも変わらないだろう」
「よしこれで勝ったも同然だな」
……そういうことか。エーベルは最終的な勝利を見ている。一度でも反乱が起きていれば例え自分が死んでも後に続くものが絶対に出てくる。そう思っているのだろう。
それに比べてどうだろう。貴族は自分達の利権しか考えていないなどと言いながら、結局は私も自分が勝てるかどうかしか考えていないではないか。
私は自分を、恥じた。
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