【いざ、尋常に!】②
私たちは家から近い公園にやって来た。若葉くんと出会ったあの場所だ。
休日だし、親子連れもいていつもより賑やか。
「郁人くん、こっちこっち!」
私はトートバッグを近くのベンチに下ろすと、人の少ない場所まで大きく手を振りながら郁人くんを呼んだ。
呆れ果てたように歩いてくる彼へ、にっこり笑ってあるものを差し出す。
「はい!」
「何、これ」
「見てわからない?」
「……グローブ?」
「そ、グローブ。子供のときにお父さんとキャッチボールして遊んでてね。久々にやりたくなって」
「はぁ? やだよ。なんで俺がそんなことしなきゃいけないわけ?」
わけわかんねー、と首を振る郁人くんに、満面の笑みを向ける。
「できないんだ」
「……な」
「もしかして、やったことないとか?」
「馬鹿にすんな! キャッチボールくらいやったことある!」
「じゃあ何でしないの? ああわかった。私が怖いんだー!」
「……大人しくしてりゃ、好き放題言いやがって……ああそうかよ、わかったよ。投げればいいんだろ。
よしわかった、そこで待ってろ。絶対後悔させてやる!」
ビシィ! と私に指を突きつける郁人くん。どうやら思惑にハマッてくれたようです。
「そうこなくっちゃ!」
――……
それから小一時間、私と郁人くんの闘いは繰り広げられた。そして。
「……はぁ、はぁ……なぜ、勝てない……」
「おあいにくさま。私、握力だけじゃなくて肩力もあるんだ」
「くそ……」
「まあ郁人くんの場合は体力だけじゃないね。ほら、木陰でちょっと休もう?」
キツイのは本当らしく、郁人くんは顔をしかめながらも木陰のベンチに腰掛けた。その隣に私も腰を下ろす。
「うーん、久しぶりにいい汗かいた! ちょうどお昼時だし、郁人くんも一緒に食べようよ!」
「……は?」
「じゃーん、お弁当を作ってきました!」
トートバッグから取り出したのは、私が心を込めて作ったお弁当。
冷蔵庫にあるものでできる限りのものを作った。いいんです、気持ちがあれば!
「……これ、アンタが作ったの?」
「あ、疑ってる? 私だって女の子らしく料理は好きなんだから!」
ある人に刺激されてつい最近猛勉強し始めたばかりとは、口が裂けても言えないけど。
「まさか、本当の狙いはこれ?」
「さあ? どうでしょう」
「わざとらし」
「それより、いただきまーす。ほら郁人くんも」
郁人くんはため息をついて、差し出された紙皿と割り箸を受け取った。
「……いただきます」
彼が最初に口に入れたのは、卵焼き。
「どう?」
「……ごくごく普通」
「それって、良くもなく悪くもなくってこと?」
「自覚してんじゃん」
「ひどい! そういうときはおいしいって言うんだよ」
「悪いね。正直者なもんで」
郁人くんは黙々と箸を進める。気を取り直して、私も卵焼きをぱくり。
「……アンタも物好きだね」
「そうかな?」
「あんだけ怒鳴られても、ケロッと馬鹿騒ぎできる人間の気が知れない」
「うーん……でも、郁人くんが楽しそうだったからいいかな」
「楽しそう? 俺が?」
「キャッチボールしてて、絶対に負けない! って必死になってたじゃない」
「それは、アンタが好き勝手やってるから頭に来て……ってああもう!」
ヤケになって頭を掻き回した郁人くんは、しまいに深いため息をつく。
「……アンタは面白おかしくはしゃげるかもしれないけど、俺はこういうところ、苦手なんだよ……」
「そっか。私もだよ」
「…………え?」