【いざ、尋常に!】①
波乱の土曜が明け、日曜日。
今日1日の予定を考えながら朝食を作っていると、程なくしてドアが開いた。
「郁人くん、おはよ、う……」
「――――――」
……はい、朝一番に仏頂面いただきました。低血圧なんですね。
「おい」
「はいっ?」
な、なんだ、とおたま片手に構えてしまった私に、郁人くんはムスッと唇を尖らせたまま言う。
「アンタ、若葉とかいう人、好きなの?」
「へ?」
スキ?
その言葉がぐるぐると頭の中を回る。何回か回って、理解。
「なんですって――――っ! あああ、あなた、なんて突拍子もないことを!」
「だってアンタ、人が好きって言ってたから。で、どうなわけ?」
「そそっ、そんなこと急に言われても……」
「嫌いなんだ?」
「そういうわけじゃないけどっ!」
「けど?」
そんな「素朴な疑問です。教えてください、先生」みたいな言い方で首を傾げられても。
うう……郁人くんの視線が痛いです。
「好きか嫌いかって、そんな簡単なことも答えられないの?」って言われると思ってたのに、郁人くんは悲しげに瞳を伏せた。
「……そうだよな。簡単に言っていいことじゃないよ。好きとか、嫌いとか」
「郁人くん……?」
何も聞こえていないように、郁人くんはただ床を見つめている。
が、前触れもなくバッと顔を上げられ、伸ばそうとした手を引っ込める。
「俺、朝ごはんいらないから」
「どうして? もうすぐできるのに」
「食欲が湧かない」
「体調が悪いんだったら、尚更食べて体力をつけなきゃ」
「アンタに指図されるいわれはない。もう俺に関わんな。部屋にも来んな。いいな」
反論の隙も与えられないまま、立ち去る郁人くんの背中を呆然と見送るしかない。
「……どうして私、怒られてるのかしら。もしかして、手料理がまずいからイラついちゃったとか……?」
あ、それはないか。今まで自分の分は自分で作ってたみたいだし。
詳細を聞こうにも見ての有様。このまま言われた通りにすれば機嫌は損ねないだろうけど、それは無理というもの。
『関わるな』――と、ただでさえ言ってはいけないことを、彼は口にしたのだ。
「待ってなさい郁人くん。思い通りになるとでも思ったら、大間違いよ!」
嬉しいことに、今日の空も蒼く澄んでいる。
そうと決まれば、早速行動に移るのみだ。
☆ ★ ☆ ★
かくして4時間後、すべての準備は整った。
「郁人くん、私よ。入るけどいーい? いーよあらホントじゃ失礼しまーす!」
「なっ!」
鍵を閉められないよう、さっさと部屋に入る。
ちょうどドアを閉めたところで、駆け寄ってきた郁人くんの険しい視線とかち合った。
「……俺、言ったよな。関わんなって」
「残念。私の辞書にその言葉はなくて」
「ふざけてんの?」
「大真面目。さぁ、行くよっ!」
「ちょっ、おい! 何すんだ!」
「ずっと1人で部屋にいるから陰気になるの。天気なんだし、外に出なきゃもったいないじゃない」
剣道により培われた私の握力は、普通の男の子1人くらいなら引っ張ることができる。ので、郁人くんをずるずると部屋から引きずり出す。
「どこに行くつもりだ!」
なおも抵抗を続ける郁人くんに、満面の笑みを返す。
「すーっごく、楽しいところよ!」