【大空へ……】②
窓際で風が吹いた。
すうすうと寝息を立てている郁人くんに布団をかけ、一件落着。
昨晩は徹夜をしていたのか、とても疲れていたようだ。起こしたほうがいいのだろうけど、なんだか微笑ましい気持ちが行動に移させてくれない。
「おふくろに似てるからって襲うなよ、親父」
振り向くと、部屋の入口に隼斗くんが立っている。
「嫌だなぁ、襲わないよ。彩子さんじゃないし」
「……うっわ、何気に野獣宣言」
「滅多にない褒め言葉だよ」
さてと、と踵を返したとき、郁人くんが突っ伏して眠る机の上に、見覚えのあるものが転がっているのに気づいた。
蒼色のソレは、巡り巡ってここに辿り着いたらしい。胸を満たす陽だまりが大きくなったのは、言うまでもない。
「郁人、徹夜?」
「ああ。何でも宣戦布告をしてきたそうだよ」
「は? 誰に?」
「さあね? とりあえず、真っ向対決に必要不可欠な徹夜なんだって」
「頑張るのはいいけどさ、迷惑被るこっちの身にもなってほしい」
「それは私からもちゃんと言っておくよ」
部屋を出て行こうとすると、呼び留められた。
「アンタも徹夜だったんじゃないのか? 郁人からもらったんだろ、手紙」
「確かにもらったけど……それがどうして徹夜と関係が?」
「アンタのことだ、読んでるうちに涙腺崩壊して、一晩中泣き通しだった可能性がおおいにある。現に目が赤い」
「涙もろいのは、寝不足と並んで医者につきものの不治の病でね」
「絶対嘘に決まってる」
きっぱり否定するものの、隼斗くんはそれ以上掘り下げようとはしない。
「どこに行くんだ?」
「天気もいいし久々のお休みだから、ちょっと散歩。お昼ご飯までには戻ってくるよ。郁人くんに怒られてしまうからね」
「おふくろがいなくなって、アイツが母親化してきたよな」
「もともと手先の器用な子だからねぇ。いいお嫁に行けるよ」
「親父、それぜってー郁人の前で言うなよ」
「わかってる。それじゃあ行ってきます」
くすっと笑い、静かなその部屋を後にした。
――……
特にあてもなくぼんやり歩く。
それでも、快晴の空の下、陽だまりを浴びながら歩くのはとても気持ちよかった。
ふと立ち止まる。
草花が覆い茂り、爽やかな空気が漂う場所。そこは、あの場所に似ていた。
医大の中庭……かつて自分と彼女が大切な約束をした、あの場所に。
あそこほど広くはないけれど、見上げる空の広さは同じ。
目をつむると、記憶が蘇ってくる。
胸をいっぱいに満たすほどに、温かな記憶だ。




