【晴れ色スタートライン】②
話したいことがあるなら、家で待ってろ。アイツはそっちに行くはずだから。
若葉くんに送られて帰ってくると、どうやら彼のほうが先だったよう。
隼斗の言葉通り、郁人くんは玄関前でじっと佇んでいた。
「外で待ってなくてもよかったのに。最近風が冷たくなってきたでしょ?」
「……いや、話したらすぐ帰るつもりだったから」
居住まいを正すように向き直る郁人くんを見やる。
お葬式帰りで、彼も制服姿……ということは、あの星麗の制服なんだけど……。
「……何か、大人びて見えるね」
「そうか? 俺はあんまり好きじゃないけどな。派手すぎ」
ダークグレーのシャツ、シルバーのネクタイ。白いブレザージャケットの左胸には、金糸による校章の刺繍。なんていうか……パッと見だけで圧倒される。
肩凝るわぁ、とあくまで庶民派意見らしい郁人くんは、わざとらしく肩を叩いた後、ふと真顔になる。
「さっき、堀川と話してきた。……アイツ、セラに謝ってたよ。大変なことをしたってな」
「そう……でもどうして」
「親父に見捨てられるのが怖かったんだって」
「……お父さんに?」
「ほら、うちってボンボン学校だろ? 無駄にプライド高いヤツ多いんだよ。生徒も、親も」
郁人くんが言うには、こうだ。
堀川くんの家は、星麗生の中でも有数の名家だったらしい。それと同時に厳しくて、成績もトップじゃないと許さない! ……そんな教育方針だったのだとか。
でも、郁人くんがいたから。立場がなくなった堀川くんは、少しだけでもいいから、困らせたくて……そこを宗雄さんにつけ込まれた。
「確かにアイツのやったことは許されることじゃない。……だけどな、俺、アイツの気持ちがわかるんだよ。どこにも居場所がなくて、誰かに助けを求めてたんだと思う。
俺は成績残さないとおふくろに負担かけるからって、周囲を省みてなかったからさ、アイツの気持ちに気づいてやれなかった俺の責任でもあるんだよ。悪い……セラ」
「……ううん」
幼い頃からプレッシャーをかけられて、必死に一番を取っても「当たり前だ」と一蹴されて。
「よく頑張ったね」……堀川くんは、たった一言が欲しかっただけなんだ。
罪悪感という心の傷を負ってしまったけれど、気づいてくれたならそれでいいのだと思う。堀川くんはもう、間違わない。
「で、今日来たのはその話と、もうひとつ言いたいことがあったから」
「言いたいこと?」
「……今までの、ありがとうの気持ち」
それまでの硬い空気とは打って代わって、郁人くんの表情は穏やかだ。
「もう荷物は霧島の家に運んで、父さんも一緒に住めることになった。その前に、世話になったヤツに礼のひとつでも言わなきゃダメだと思ってな」
「そんな。私、郁人くんといて楽しかったよ」
「はは、それはよかった。でもここはきっちり。
俺の勝手な都合でいきなり押しかけた上、生意気な態度取って、ごめん。迷惑もたくさんかけたし、怖い思いもさせた。
でもセラは俺のこと見限ったりしなかった。すごく助けられたよ」
「私ってあんまり役に立ってなかったよ? 特に事件の日は」
思い出して、苦笑いが漏れる。今だから笑って済ませられるけれど。
「でも、セラがいたから若葉もあの3人も集まってきたし、何より、そこに辿り着くまで説教されて、励まされた。セラがいたから俺は強くなれた気がする。ありがとう」
「郁人くん……」
「……だけど、アンタに守られるようじゃ、俺はまだまだだ。
俺はこれからもっと強くなる。誰にも負けないような強い男になって、大切な人を守れるようになりたい。
そのためにもここを出て行くよ。俺はアンタにそう宣言するために来た」
ゆっくりと歩き出した郁人くんは、私たちの横を通って、止まる。




