【晴れ色スタートライン】①
「だーかーら、お前近すぎんだって! もうちょっとあっち行け!」
「無理だ。これ以上行けば池に落ちる」
「あのさぁ、こっちだってギリギリなんだから、文句言わないでくれる?」
「だけどな日野! この間せっかく大活躍したんだから、少しくらい良い目見たって……」
青空の澄み渡った昼下がり、私たち5人は肩を並べて歩いていた。とっても賑やかだったんだけど……。
「お前ら3人近すぎる。散れ」
「「「……………はい」」」
若葉くんの言葉を受け、3人は私からすこーしだけ距離を取る。
「ぎゃあぎゃあ騒がしいな……」
そこへ聞こえた嘆息。校門のそば近くで、呆れたように壁へもたれかかった青年の姿を見つけた。
「隼斗!」
「……ん」
足取りも軽く駆け寄れば、身を起こした隼斗と向き合う形になる。
ワイシャツの上に紺のジャケット。私たちと同じように衣替えした彼は、いつも緩いブルーカラーのネクタイをきちんと締めている。
「しっかりしてると、結構違って見えるね。全然怖くない」
「顔は生まれつきだバカヤロー」
仏頂面で反論されるのが今はおかしくって、笑ってしまう。こうして話せるの、1週間ぶりだしね。
彼の本名は八神隼斗。
前に「名前を呼ばれるのが嫌いらしい」と朝桐くんから聞いたけど、それは城ヶ崎姓だったから。
本当の名前を取り戻した今、隼斗の表情はどこかやわらかくなった。何より、呼んだら短いけれど返事をしてくれる。
「何だよ……ニヤつきやがって」
「ううん?」
やっぱり、心根は優しい人。彼の素顔が垣間見えるようになって、なんだか嬉しいな。
「それで、どうだった?」
「全部、終わった」
隼斗はもと来たらしい道を見つめ、瞳を細めた。
「叔母さんが最大限先延ばしてくれてたからな、家族全員で出ることが出来た。
……親父、泣いてたよ。眠ってるみたいに綺麗だってな。郁人は言わなくてもわかるだろうが」
「……そっか」
宗雄さんが逮捕されたことで、隼斗の停学は解けた。
けれど彼にはやらなければならないことがたくさんあった。『家族』として新しく踏み出すための準備。
そのひとつが今日この日……そう、彩子さんのお葬式だ。
母の死に触れ、きちんと見つめることがどんなに勇気のいることか、両親がいる私にはわからない。
それでも、応援することは出来る。彼がこれから歩んでいく手助けになりたいと思う。
「紅林」
「うん?」
「2回」
「……何がでしょうか?」
「借りだ」
「またまた~。貸し借りとかいいって言ってるのに」
「ざけんな。押し売りでも借りっぱなしってのがシャクなんだよ」
押し売りって! いや確かに家に押し掛けたりしたけど!
複雑な笑みしか浮かべられずにいると、ぶしつけに若葉くんを指差した隼斗が、半ば食い付き気味に詰め寄ってきた。
「いいか、今度なんかあったらまず俺に言え。そこの犬野郎よりも先にな。2回までは無条件で助けてやる」
一息にまくし立てた後、ちいさく付け足された言葉に目を見張る。
――悪かった、色々。
直接的な言葉じゃなくても伝わってきた、感謝の気持ち。
家族と一緒に笑えて、友達と冗談を言い合える。
そんな普通の1日がやっと彼にも訪れたんだって実感できて、思わず顔に出ちゃうくらい嬉しくなった。
「歯に衣着せず言ってくれるよねぇ」
「あぁ、そういや犬にも種類があったか。わりぃなポチ公」
「あははっ――食い殺されたいかヒヨッ子が」
「上等だ、テメェのそのよく利く鼻へし折ってやるよ」
「いいぞいいぞ! やれやれーっ!」
「お前は黙ってろ、朝桐」
「今日も平和だねぇ~」
……冗談、じゃないかもだけど、大丈夫だよね。たぶん!




