【タカラモノ】①
「ちょーっと待ったぁ!」
部屋にこもりきり、食事中だって完全無視。
やむを得ない理由で始まった共同生活の上、居心地の悪すぎる空気に我慢ならず、ついに郁人くんを呼び留めた廊下。
後片付けまで済ませ部屋に戻ろうとした郁人くんは、怪訝そうに振り返った。
「何か用」
「たまには話したいなーって思って」
「くだらない」
「くっ、くだらなくないよ! 一緒におしゃべりするのってね、」
「話したら何かくれるわけ? だったら俺も喜んでするけど、そうじゃないだろ。だからしない。それだけ」
「ちょ、ちょっと待って……!」
顔を背けた郁人くんの肩に触れると、押し切るように振り払われてしまった。
やっぱりこうなっちゃうのか……と落胆したとき、振り払った反動か、郁人くんのポケットから何かが零れ落ちた。
コトン、と適度な重みの音を立て、転がってきたそれを拾い上げる。
「返せっ!」
血相を変えた郁人くんが、ものすごい形相でそれをひったくった。
「あ、えと……それ……綺麗ね」
「……は?」
私が見たのは、手の平に収まる大きさで、丸くて、鮮やかな蒼色をしたもの。
何かはわからないけど、透き通った青空みたいに綺麗だった。
「すごく大事なものみたいだね。宝物?」
「……そんな上等なものじゃない。もういいだろ」
「待って、まだ全然話して……!」
「――どうしてアンタは、そうやって俺に関わろうとするんだ!!」
突然の怒号に身が竦む。
一方で、郁人くん自身も驚いたように目を見張り、唇を噛み締めた。
「……俺とアンタは、ついこの間まで赤の他人だったんだ。一時的にここに住むとしても、いつかまた俺は出て行く。他人に戻るんだ。
……それなのに、優しくしてどうする? 変に感情を残せば余計面倒になるだけだろ。話すだけ無駄だ」
「無駄だなんて、そんなことはないわ!」
「じゃあ無駄じゃないって証拠がどこにある? 『私がそう思うから』なんてのはダメだ。信用できない。目に見える形で見せてくれ」
すぐに返すことが、できなかった。
郁人くんは、突き刺すような視線で私を見据える。
「アンタ、学校でイジメられてんだろ」
「どうしてそれを……」
「アンタの親父が心配してたんだよ。……誰だって他人に合わせて生活してる。人間なんてそんなもんだ。
人の顔色うかがって、知らんぷりまでして簡単に友達を犠牲にする。その餌食になってんだろ、アンタは」
「……それは」
「人に裏切られたんだろ? ひどい仕打ちを受けたんだろ? だったらなぜ、人と関わることをやめない。
何ともないのも今だけで、明日裏切られるかもしれない。……もしかしたら、今どこかで」
せきを切ったように紡ぎ出される言葉に、黙って耳を傾ける。どれも心に突き刺さるくらい痛かった。
でも言葉以上に、郁人くんの辛そうな表情と、純粋過ぎる瞳が、いっそう胸を痛めさせた。
「……好きだから」
「……何?」
「人が、好きだから」
栗色の瞳が見開かれたのも束の間で、
「……おめでたいヤツ」
クシャッと栗毛を潰した郁人くんは、逃げるように薄暗い廊下の向こうへ消えて行った。