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【埋もれ木に花咲く】①

 

「――ぐぁあっ……!」




 耳をふさいでしまいたかった……けれど。



 呻き声は八神さんたちのじゃ、ない……?




「どきやがれオッサン! でもってセラちゃんたち出せコラァ!」




 聞き覚えのある声がした。



 そろそろとまぶたを開き、驚愕する。そこにいた人影は。




「朝桐……くん?」



「無事か、紅林!」



「ちーっす、助けに来ちゃったー」




 朝桐くんだけじゃない。日野くんも和久井くんもいる。どうして……。




「なぜあんなガキがここに…………うぐっ!?」



「わっ!」




 私を拘束していた男の呻き声と共に、大きく身体が傾ぐ。




「……っと。無事だね」



「………………若葉、くん?」




 陽だまり笑みにグッと覗き込まれ、彼の腕に支えられているのだと理解。


 身を起こすより先に、微笑みをたたえていた瞳……薄暗い部屋に煌々と輝く琥珀のそれが、鋭く細められる。




「――その汚ねぇ手で、誰に気安く触った?」




 突如として温度を下げた声音に、男が後ずさる。




「今宵は満月……俺は非常に機嫌が悪い。問答無用で食い殺す!!」




 言うなり、私を抱きかかえたまま竹刀を振るう。


 片手、しかも動きにくい体勢で踏み込みも甘いはず。


 なのに目にも留まらぬ速さで繰り出された一撃は、男をいとも簡単にフッ飛ばした。呻き声すら上げさせずに、だ。




「堀川を殴られなかった分が溜まっていたからな。半殺しでは生ぬるい」




 ポツリと恐ろしいことを呟き、私を離す。かと思えば。




「怪我がなくて本当によかった。心配したよ……」




 真正面から、ぎゅうっと抱き締められ、た……?




「え……えっ?」



「ちょーっと待て! 溜まってたって、さっきから散々暴れてるだろむしろ俺らより!


 つーかどさくさに紛れてラブシーン展開してんじゃねーぞうらやましいなコラァ!」



「負け犬ほどよく吠えると言う」



「負け……っ!? ああそうだよどうせ俺なんかセラちゃんの眼中にねぇよ畜生!!」



「こら朝桐! 口より手を動かせ!」



「そうだよ。お前さっきから威嚇だけで1人も殴り飛ばしてねぇじゃん!」



「ぐっ! ……く、くっ……くっそぉおおおっ! どうせ俺なんかモテないんだぁああああああっ!!」




 半狂乱で竹刀を振り回す朝桐くん。と同時に男が2人宙を舞う。


 メチャクチャだ。もはや剣道でも何でもないけどメチャクチャな強さだ。




「おお、やれば出来るじゃないか朝桐!」



「よっし、そのまま世の中のモテないダメ男たちの鬱憤を代わりにぶつけてやれ!」



「うおおおおおっ!! モテたぁああああいっっ!!!」




 ゴッ! ガッ! バコッ!!




 信じられないほど、次々に男たちが宙を舞った。




「……聡士くん」



「言われた通り、おじいさんとおばあさんを避難させました。


 ついでにここに来るまでの間にいたヤツら、全員ブッ殺……コホン、ちょっと夢の世界にお連れしてきましたから」



「君は本当に……すごいですね」



「全員……? まさか、あの人数をか? ざっと20人はいたはずだぞ! それがただの高校生のガキごときに……」



「ただの、それが命取りだったな。俺は『壬生狼』――猛る獣、狼の血を引いた俺が、そうやすやすと人間風情にやられるものか」



「狼の血を引いた!? それはどういう……」




 錯乱する宗雄さん。それも仕方ない。未知との遭遇だ。




「くそっ……そうだ、隼斗をこっちに連れて来い!」




 その言葉に戦慄する。


 人質は、郁人くんだけではなかったのだから。




「……ふふ、はは。あんまりにも大人しいから忘れていたよ」



「あっ……オッサン汚ねぇぞ!」



「黙れ小僧!!」



「……朝桐、明らかに俺たちのほうが不利だ。あまり刺激しないほうがいい」



「でもよ和久井!」



「今はアイツの安全が第一だ!」




 こうなってしまっては、攻撃の手を止めざるを得ない。




「もう少しのところだったなぁ八神。ガキ共には驚かされたが、舵を握ればこっちのもの。俺の言う通りにしてもらおうか」




 私たちは息を呑み、意地の悪い笑みを浮かべた宗雄さんの様子をうかがう。




「あいにくだが、こっちとしてもこんな抜け殻はいらない。郁人と交換だ」



「……何っ?」



「このクソガキは攻撃的すぎていかん。その点、郁人はひ弱だがかなり賢い。調教しようによっては改善の余地はある」



「……貴様、まさか……」



「1人で来いよ、郁人。大人しく交換に応じたら、八神たちは見逃してやる」




 そんなの嘘だ。私たちが警察に走ったりすれば、困るのは彼らなのだ。


 黙ってしまいたくない。けど……黙らなければ隼斗が。




「………」



「郁人くん、駄目だ、馬鹿なことを考えてはいけない」



「俺………行くよ。状況はあまり変わらないけど、兄貴がこっちに来たほうがいくらかいいだろ。……治してやってくれよ。父さん」



「郁人くん!」




 八神さんの訴えもむなしく、郁人くんは歩き出す。それを、満足そうに眺める宗雄さん。



 悪魔が笑う。私は唇を噛む。



 私は……見ていることしか出来ないの? ……悔しい。




「聞き分けのいい子だ。俺のところで可愛がってやる」




 ドンッ、と隼斗が突き飛ばされ、郁人くんが引っ張られた。




「隼斗っ!」




 駆け寄って覗き込んでも、彼の瞳は虚ろなまま。



 これで私たちは、用済み。



 ……覚悟を決めた、そのとき。

 

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