【背水の陣】①
埃っぽい蔵に放り込まれて、どのくらい経ったのだろう。
「……隼斗」
呼ばれても、顔を上げる気力がなかった。
「聞いてるの?」
カツカツと近づくのは、魔の足音。自分を闇の中に誘おうとする……。
「起きなさい!」
頬を衝撃が襲う。もう慣れた。痛みも何も感じない。
次に聞こえてくるのは、あの女の、ヒステリックな叫び声だけ……。
「起きなさい隼斗! いつまで寝てるの! 目を覚ましてっ!」
「……っ」
耳元で叫ぶな。うるさい。
身体を揺さぶるな。……気持ち悪い。
「早く…………起きなさいってのっ!」
「……ぐっ!」
何て乱暴な。……やばい。臓器にまで衝撃の余波が。久々に痛い……。
「生きてるわね! よかった。早く起きて! 時間がないの!」
……何だ? こいつは。
鉛のまぶたを押し上げる。
ゆっくりと顔を上げ……心臓が止まる、かと思った。目の前にいた女は。
「おふ……くろ?」
……重症だ。幻覚まで見え始めた。
――……
「やはりお前が暴行事件の黒幕か。城ヶ崎宗雄……!」
「家の前には俺の回し者がいたはずだが……ふ、薬でも使ったか。まったく、家族のこととなると鬼のような男だ。
――だからお前だけは油断ならないってな!」
「ひゃっ……!」
「セラさんっ!?」
畳に叩きつけられる寸前、今度は八神さんが抱き留めてくれた。
「ありがとうございます……でもっ」
私だけを突き飛ばした宗雄さんが、郁人くんを後ろ手に拘束。
そのまま奥に引っ込んだと同時に、今まで傍観していた男が進み出る。
「ワタシの出番みたいですなぁ」
男は無精ひげをたくわえた顎をさすりながら、ニヤニヤと八神さんを品定めする。
「悪いんですけど、黙っといてくれます? 警察に話されると困るんですわ。仕事に差し支えますんでねぇ」
「……暴力団の者だな」
「そんな仰々しいモンじゃないですけどねぇ。城ヶ崎サンとこの病院が患者不足で困っておる言うんで、ワタシらが提供してやっとるんですよ。
ワタシらとしては鬱憤のええ発散になるし、金は入るし、城ヶ崎サンとこの病院も儲かって、一石三鳥やないですか。
わかったらお帰りくださいます? ワタシもあんまり怪我人出したくないんですわ。死なんように手加減するの、意外と骨が折れるんで」
「どこまで人の命を弄べば気が済むんだ! ふざけるな! すぐにこの家から出て行けっ!」
「あらら、交渉決裂……っちゅーことでいいんですね。んなら、こっちはこっちの対応を。……オイ」
合図と同時に、男たちがぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
ザッと見て10人。彼らを前に怯むことなく身構える八神さん。
「闘えるお医者さんってカッコいいですけどねぇ、そっちにはか弱いお嬢さんがいらっしゃりますでしょ?」
「足手まとい」と言われたようだった。
……悔しい。自分の不甲斐なさが恨めしい。
「セラさん、お逃げなさい。私が隙を作ります」
「八神さん!? そんな!」
「私たち大人の問題を、何の関係もないあなたに押し付けたことが間違いだった。
こうなるかもしれないと思ったからこそ、言わなかった。守りたかった……あなたが傷ついていいはずがありません」
静かな言葉が、ひどく優しくて……自らの身を賭して闘うつもりなのだと、悟らされた。
「……そん、な……」
涙が溢れる。彼の決意に見合う力を、私は持っていないのだ。
八神さんが正面を向き、男たちと宗雄さんを見据える。
「驚いた。本当にやるんですかね。勇気があるというか無謀というか……」
「手加減はいらない。隙を見せればあの男はどんな手でも打ってくる」
「……了解!」
男が下唇を舐め、1歩踏み出す。




