【真実の物語】②
この女を殴れ、という言葉が、耳を通り抜ける。
「は……ははっ! 冗談やめろって。マジ笑えねぇから。働きすぎでおかしくなった? 医者が誰かを怪我させるなんて聞いたことないよ」
「そうだなぁ郁人。確かに働きすぎたかもしれない。……働いて働いて、それでも報われない生活に嫌気が差してな。
だが俺は、それが正しいと思うんだよ。このやり方で今までやってきた。患者がいなければ作ればいい。簡単なことだろう?」
――患者がいなければ作ればいい。そんな……。
「そんな乱暴な真似……それこそ、暴行してた人たちと変わらないわ……」
「口を慎んでもらおうか。俺は暴行などしていない」
鋭く突き刺す声音に、つい漏らしたことを後悔し……
「そう、暴行などしていない。運ばれてきた患者を治療しただけだ。……もっとも、すぐに感づいた馬鹿息子に阻止されたがな。おかげで満足に動けやしない」
「っ! 城ヶ崎が!?」
「兄貴……っ!」
後悔したことを、後悔する。
城ヶ崎はなぜ、被害者のリスクを冒してまで八神さんに連絡をしたのか。
なぜ、やってもいないのに黙秘を続けていたのか。
その全てを、今ここで理解した。
脅威から被害者を守るため。
自分が捕まることで、出来るだけ警察の注意を自分とその家族に引き付けるため。
城ヶ崎はずっと独りで抗っていた。叫んでいたのだ。
――この男が真犯人だ、と。
「あなたは、それでも人の命を預かる医者ですかっ! 城ヶ崎の居場所を教えて!」
「それを聞いて、どうするつもりだ?」
「決まってるわ。あなたから引き離すのよ!」
「引き離して……その後はどうする? ここがこいつらの家なんだぞ? 他に帰る場所もない。母親もいない。
ふん、小娘風情がいきり立つなよ。……おい、郁人、何をしている。早くこの女を痛めつけろ!」
「俺は……出来ない!」
「何だと?」
「セラを傷つけるなんて、絶対に出来ない! どうしたんだよ親父! 何でこんなことを!」
「チッ……甘ったれたことを。それでもお前は、霧島の子供か!」
「家は関係ないでしょう! 郁人くんは郁人くんです!」
「黙れ小娘!」
「きゃっ!?」
畳へ叩きつけられた衝撃に顔をしかめるヒマもなく、にじり寄る宗雄さんを認める。
「俺が手本を見せてやる。ガキならガキらしく親の言うことを聞け、郁人」
「……やっ……」
冷たい表情で……でもその中に笑みを浮かべて、私を、見下ろす。
「やめろ親父っ!!」
「よく見ているんだな。お前のその目で、この女が泣き叫ぶ様を!」
「いやっ!!」
腕を掴まれていて、逃げられない。
怖い、怖い……怖い……っ!
目をつむる。強く。とても強くつむった一瞬後――衝撃が身体を襲う。
「うぁああ……っ!!」
呻き声。でも…………私じゃ、ない。
「え…………」
硬いまぶたをこじ開けた先に、私を庇うように抱き締める、郁人くん。
「郁人くん!? 郁人くん、しっかり!」
「……セラ……大丈夫、か。……どこも、痛くない……?」
「痛くない! 痛くないよ! だから郁人くん……っ!」
滲む視界で、彼が激痛に顔を歪めながらも笑ったのがわかった。
「……若葉に言われた、からな。自分がいないときは、セラを頼む、って」
「そんなこと……!」
しなくてもいい。誰かが傷つくのはもういや……!
「お前も物好きだな。たかが女1人ぐらいでムキになって」
力なくもたれかかる郁人くんの肩越しに、右手をヒラヒラさせながら嘆息する宗雄さんを見た。
とたん、形容しがたい熱が身体の奥から沸き上がる。
「どうしてこんなことをするの!? 郁人くんはあなたの息子でしょう!?」
「息子? ああ息子ね。いないいない。クソやかましいガキなんざ、はなから俺にはいねぇよ」
鼻で笑い飛ばした宗雄さんは、不気味な笑みを貼り付けたまま郁人くんを覗き込む。
「いいことを教えてやろうか郁人? お前は、俺の息子じゃない」




