【真実の物語】①
赤い陽が落ちる様子を、見覚えのある縁側越しに見た。
霧島家の客間に通されてすぐ、その縁側の板木を踏み締める足音を耳にする。
「この前ぶりだな、郁人」
「親父……」
「まぁそう強張るな。楽にしてくれ。そちらの女の子も」
向かいの座布団に腰を下ろす男性を見やる。
がっしりと広い肩、貫禄のある声。同じお医者さんでも八神さんとはまるっきり違う。
この人が、郁人くんたちのお父さん……。
「親父、さっきの男は誰だ」
「ああ。彼は懇意にしている企業の人だ」
「病院の? とてもそうは見えなかったけど」
「人と人の関わり合う仕事だからな。色んな人に助けてもらっているんだよ」
「へぇ……それで、俺たちが呼ばれた理由は?」
「そうそう。本題を忘れてはいかんな。お前に大事な話があってな」
神妙な面持ちで居住まいを正す宗雄さん。郁人くんが背筋を伸ばし、私もそれに倣う。
「よく辛抱したな」
「……え」
「もう潮は満ちた。……一緒に住もう」
「……ちょっと待てよ親父! まだ暴行事件の犯人は捕まってない! 兄貴は疑いをかけられたままなんだろ? そんな大変な時期に……」
「……はて、どうした郁人? 前に来たときは、隼斗のことをあまりよく思っていなかったはずだが……」
「それはタダ先生にっ……!」
「八神? なぜそこで八神が出てくる。もう会うなと言ったはずだが……まさか」
宗雄さんの表情が険しくなり、郁人くんが俯く。
「なぜ会った。言っただろう。あの男はろくでもないヤツだと」
「と、友達が怪我して、入院した先がタダ先生のとこだったんだ!
俺も一緒にいたから付き添わないわけにはいかなくて、それで…………それで、全部聞いた。親父と、おふくろと、タダ先生のこと」
「――お前!」
「でも親父っ! 悪いのは先生だって……親父は俺たちのこと考えてくれてたってわかったから!」
「郁人くん!」
絶対ウソだ。だって郁人くん、すごく苦しそう……。
八神さんを簡単に嫌いになれるわけないのに、早くこの問題を解決しようと無理してる。
それは駄目だよ、郁人くん……!
「だから親父、俺は!」
「郁人、いい。もういいんだ。……わかってくれたのなら、それでいい」
「え」
「そうか……知ってしまったか。もうお前は子供ではないな。
……ここまで、本当に長かった。やっと俺の後を任せられる」
宗雄さんの言葉を、郁人くんはどのくらい理解したんだろう。
まばたきを忘れた瞳を見る限り、あまり思わしくないよう。
それでも宗雄さんは続ける。
「俺はな郁人、お前が医者を目指すと言ったとき、涙が出るくらい嬉しかった。
俺の跡を継いでいい医者になれる。お前は賢い。きっと上手くやるだろう。
……だがな、ひとつ覚えておけよ。医者は医者でも、八神のような医者になってはいけない」
身震いがしたのは、入り込んできた夜風のせいだけじゃない。
「それは……どういう、意味?」
「言葉通りさ。我々は常に時間に追い立てられているというのに、患者といつまでもつまらん話を続ける。
それだけでなく、やたらと患者の家事情に首を突っ込み、引いては俺たち家族までもを引き裂いたのだぞ?
そんな男は同じ医者の風上にも置けん。そういうヤツから先に落ちていくのさ。
だからな郁人、この厳しい世界を生き抜くためにいいことを教えてやる。何、簡単なことだ。すぐに出来る」
「お、やっとりますなぁ。お話はもう出来たんで?」
襖が開き、さっきの人と同じ雰囲気の、中年男性が姿を現した。
「ああ、ちょうど今からでして」
「お? 将来有望な御曹司の世紀の瞬間ですか? 面白そうですな。見物しても?」
「ええ、どうぞ」
何やら親しげに話した後、宗雄さんは私たちを振り返る。
「親父、何のことだかサッパリわからないんだけど……」
「医者を目指すお前に、絶対に成功する秘訣を伝授しようとしている、ってところだ」
「え、ええと、よくわからないけど話長くなりそう?
もしそうならセラをあんまり引き止めてるとかわいそうだし……ほら、もう暗いからさ。先に帰してやって……」
「それは無理だ。彼女に手伝ってもらわなければならないことだからな。だから一緒に呼んだんだ」
「私、ですか?」
「ああ、難しいことではないです。ただじっとしていていただければいいんですよ。……そう、じっと、ね」
「じっと………?」
いまいち思い当たらない。
答えは、変わらぬ笑みのまま郁人くんを見やった宗雄さんが示した。
「郁人、この女を殴れ」




