【心配で心配で】①
ピリリリ、ピリリリ。
八神医院を出てからしばらくもしないうちに、状況は一変する。
「もしもし、歩美ちゃん? こんな時間にどうしたんだい。……何、隼斗くんが!?
……わかった。とりあえず歩美ちゃんは大人しくしていてくれ。その間隼斗くんを頼む」
途切れ途切れの会話でも、ただならぬ事態ということは簡単に見て取れる。
八神さんは通話を切ると、深刻な面持ちで眉をひそめた。
「歩美ちゃんは、彩子さんの妹……郁人くんたちの叔母に当たる人です」
「その人が、何と?」
「ある理由から、彼女には隼斗くんのことを任せていたのですが、状況が思わしくない方向へ動いているようです。……聡士くん、」
高校生のあなたにお願いすることではない、と、八神さんの表情が物語っていた。
だから僕は、彼の迷いを断ち切るために言う。
「僕は平気です。安心して使ってください。体力だけは無駄に余ってますから」
「……ありがとうございます」
「お気になさらず。さ、急ぎま、――っ!」
「聡士くん?」
「……僕たちをつけている人がいます」
「何ですって?」
五感を研ぎ澄ませる。人の匂い。人数は……1人、2人……3人。足音が重い。男だ。
見晴らしのいい通りで、建物の影に揺らめく人影を見つける。
息を詰め、じっと目を凝らす。やがて――
「そっ……そんな睨まなくてもいいじゃないですかぁ!」
向こうからビクビクした3人が……主に朝桐がやってきた。これが脱力せずにいられるだろうか。
「まったく……コソコソと何の真似だ」
「何って、そりゃあアレだアレ」
「だからドレだっつってる」
「……そっ、そんなに怒らなくてもいいじゃないですかぁ!」
……何とヤワな男なのだ。
「……部活終わって午後から予定ないしぃ、せっかく日曜なんだしぃ。
テキトーに街歩いてたら見かけたから、話しかけてみようかなぁって思ったら何かヤベェ空気だしぃ……」
……何と紛らわしい男なのだ。
「八神さん、行きますか」
「え、ちょ!」
「よろしいんですか? お友達なのでは」
「いいんです。話すだけ時間の浪費で、」
「こらこらこらこら、少しくらい聞いてくれたっていいじゃんか! どうせアンタらも城ヶ崎ん家に行くんだろーがよ。俺らも行かせてっ!」
「……は?」
「いやだから、俺らも行かせてくれって……」
「違うその前! アンタら『も』ってどういうことだ!」
「それはさっきセラちゃんが、郁人……だっけ、城ヶ崎の弟。アイツと城ヶ崎の家に向かってたから」
「なぜ!」
「なぜ!? それはさすがの俺もわからないというか……見たことねぇ兄ちゃんと一緒だったけど……」
「それはいつ頃のことですか!」
「あ、ついさっきっす。街はずれからここに来る前のことだから、ちょうど10分くらい前?」
「聡士くん、急ぎましょう!」
「はいっ!」
「え!? 俺ら置いてけぼり!? 待ってぇえええ!」
事は一刻を争う。にも関わらず朝桐の馬鹿にタックルされてしまい、身動きが取れない。
「お前っ、いい加減にしないと本気で殺るぞ!」
「それはやだ殺られたくない! でもつれてってー!」
「ふざけるな! こっちは遊びで行くんじゃないんだ!」
「ふっ、ふざけてなんかない! 俺たちは城ヶ崎が心配で心配で、とにかく死にそうなんだ――――っ!」
まるで愚図る子供。だが思わず怯んでしまった隙に、それまで黙り込んでいた和久井たちが1歩踏み出る。
「朝桐は馬鹿だが、それは本当だ。俺たちも同じ思いだ」
「友達が長いこと顔出してないの。俺らにだって心配する権利はあんだろ?」
彼らは事の重大さをわかっていない。
わかっていないけれど……友を思うその瞳は、本物だ。
「……わかった。ついて来るといい」
「へぇそうですか、どうせ駄目なんですね……ってんんんっ!? ウソッ、マジ!?」
「ただし条件がある。来るときは、竹刀と、捨て身の覚悟を忘れるな」
「――へ?」




