【離れたくない】①
いつから、なんてわからない。
物心ついたときには、もうそこにいた。
『郁人くん、そんな顔しなくてもいいじゃないか』
『……だって、どうせもう川で遊ぶなって言うんだろ』
『熱を出したことを怒ってるんじゃないよ。ただ、そうやってそっぽを向いていると、お母さんが心配するだろう?』
人が好きかと問われれば、是と答える。
人が嫌いかと問われれば、否と答える。
『郁人くん、私は人が好きだよ。君も、隼斗くんも、彩子さんも、患者さんも、みんな大好きだ。
けれど、ひとつだけ嫌いな人がいる。それは、命を大切にしない人だ。いいかい、君はそういう人になってはいけないよ』
わかっている。そんなことは。
わかっているから、守ってきたんだ……。
――……
「郁人くんっ!」
彼を見つけたのは、街はずれの道。
飛び出したときの勢いはもうなく、力なく歩く後ろ姿は私の胸を痛めさせた。
「……俺、どうしたらいいんだろう……」
ふと立ち止まった彼に追いつく。途方に暮れたそれを聞くのは、2度目。
「戻ろう? 八神さんと仲直りしよう? 八神さんだって、きっとそうしたいはずだよ」
「そんなのわかってる……っ! だけど、先生じゃ駄目なんだよ! 親父だっておふくろのこと考えてて……っ。
どっちも選ぶわけにはいかないんだ。明らかに先生のほうが悪いんだ。
……そう思うのに、先生のことが好きだから、選べない……。タダ先生と、離れたくない……」
力なくしゃがみ込む郁人くん。その傍に、私も屈む。
……屈み込んで、肩を抱いてあげることしか出来ない。でも。
「……話そう。八神さんと、宗雄さんと一緒に」
「……え」
「これはもう家族みんなの問題だよ。今まで見過ごしてた部分を、ちゃんと解決させなきゃ」
肩を抱いた手に力を込める。泣きそうだ。必死にこらえて、彼に伝える。
あなたも、独りじゃないんだよ、と。
「……セラ」
郁人くんは、私の手をギュッと握り返してくれた。
きっと大丈夫。だから、さあ、立ち上がろう。
「お取り込み中のとこ悪いんですけど、ちょっといいですかね?」
若い男の声がした。
いつの間にか、見知らぬ男性が笑みを浮かべて私たちを見つめている。
「霧島郁人くんと……そちらは紅林瀬良さんですね?」
「どうして、私の名前を……」
「ちょっくらお時間いただいてよろしいですかね。城ヶ崎宗雄さんがお呼びなんですわ」




