【後悔の先に見つめるもの】①
恐る恐る院長室に足を踏み入れる。真剣な面持ちの八神さんが、私たちを出迎えた。
「……よくいらっしゃいました」
視線は少し俯き気味、目も腫れている。寝不足なのだろうか。
彼は私たちに座るよう促し、最後に向かいのソファへ腰を下ろす。
「事情は聞きました。昨日のことも、セラさんのことも、隼斗くんのことも。
その上で率直に申し上げます。今回の一連の事件について、私には思い当たる節がありません」
「この期に及んでまだそんなこと言うのか!?」
「本当に知らない。だから言えない。それだけだ」
「何も知らないことはないはずです。城ヶ崎は事件の際、あなたに救急を要請したと被害者の方が言っていました。
現場からお父さん……宗雄さんの病院のほうが近いにも関わらず、です」
「彼が被害者の方にリスクを負わせてまで八神さんに助けを求めた理由は、何なんですか?」
若葉くんと私の問いに、八神さんは息を吐きながら答えた。
「それはひとえに、彼が私を信頼してくれたゆえの行動だったと受け取っています」
「だったら、兄貴が親父のこと信じてなかったみたいじゃんか!」
「きっと、そうだったんだよ」
「先生……!」
「言っただろう? 宗雄さんは君たち親子を置いて行ったひどい人だ。
たとえ腕のいい医者であろうとも、家族を大切に出来ない人が患者を大切に出来るはずがない。隼斗くんはそう考えた」
「じゃあ、親父が出て行った理由って何なんだよっ!」
「……それは……」
そこで初めて、八神さんが口ごもる。
「八神さん、私は部外者なので詳しいことはわからないんですけど、逆にそれでわかったことがあります。
客観的に見て……ちょっと言い方が悪いですけど、本当に城ヶ崎が宗雄さんのことを嫌っていたのなら、どうしてついて行ったのでしょう?」
答えはない。もう少し、慎重に踏み込んでみる。
「私が本人に聞いた限りでは、宗雄さんについて行くほうがよかったと言っていたような気がします」
「……そのほうが楽な生活が出来るからだろ」
「ううん、そうじゃないの。城ヶ崎は言ったわ。『どうせなら郁人もついてくればよかったんだ』って。
私、考えたの。彼の言う『宗雄さんについて行くほうがよかった』っていうのは、『誰にとってよかった』のかなって。
……それは多分、彩子さんなんだと思う。出来るだけ彼女の負担にならないように。……お母さんが、長く生きていられるようにって」
「だったら、そう言ってくれたらよかったじゃんか。何で兄貴は言ってくれなかったんだよ!?」
「……それは、君のためでもあったからだよ」
「タダ、先生?」
「たとえどんなに負担がない楽な状態だったとしても、周りに家族が誰1人いない状況に、君は耐えられる?」
「……っ!」
「そんなことをしたら、精神的に彼女を追い詰めてしまう。
では誰を残すかを考えたときに、隼斗くんは君を選んだんだ。母想いの君にすべてを託して……」
誰もが黙り込んでしまう。
それは城ヶ崎の、家族を想う気持ちが起こした出来事……。
「でも八神さん、八神さんの言い方だと、城ヶ崎がまるで自分を犠牲にしたみたいです。お父さんのもとへ行くことが外れクジみたいな……。
勘違いだったらごめんなさい。でも八神さんは、宗雄さんに対して壁を作っているようで……」
「いいですよ。その通りですから。この際はっきり言います。私は、宗雄さんのことをあまり快く思っておりません」
郁人くんが身じろぐ。それを見て、八神さんが少し声の調子を落とした。
「家族を一度捨てた人に、父親が務まるわけがない。そのような人に隼斗くんや郁人くんを任せるわけにはいかないんです」
「八神さんの、その思いも引っかかるんです」
「……セラさん?」
「お医者さんという立場もありますし、患者さんやその家族とある程度の信頼関係は必要だとは思うんですけど、やりすぎと言うか……
それこそ、一つ一つのお家事情に首を突っ込んでいたら、身がもたないと思うんです。
でも、城ヶ崎や郁人くんのこととなると我が身のようになって……八神さんがそうまでして2人を守ろうとする理由は、何ですか?」
「それは…………彩子さんと約束をしたからです。彼らを守ると」
その言葉、その表情が、私に確信をもたらす。
「――おふたりは、どういう関係だったんですか?」




