【絶望へのいざない】②
ヒラリと化け猫が逃げ出したのと同時に、入ってくる男がある。
……猫の次は狸かよ。
こいつもグル。……いや、こいつが親玉か。
ふつふつと煮えたぎる怒りのまま、目前にそびえ立つ男を睨む。だがヤツは意にも介さない。
「お客様がいらっしゃった。ご挨拶しろ」
「――っ!!」
部屋を飛び出す。縁側を駆け抜ける。
途中ある部屋には、祖父母がいた。いつものように、怯えた表情をして。
「お忙しいところすんませんな。お邪魔させてもらいますわ」
案の定、客間にはあの男共が座布団に鎮座していた。
「帰れ! ここは、お前らが来ていい場所じゃないっ!」
「おやおや……息子さん、ご機嫌ナナメですなぁ」
「申し訳ない。まだ幼いですから、理解しきれていないのですよ」
狸もやって来て、全員集合、か。……クソが。
「理解ですか。ワタシらも、誤解されるようなことしてますもんなぁ」
「とんでもない。あなた方のおかげで、私の病院も助けられているのです。さぁさぁ。早速お話いたしましょう」
「ふざけるな! 誰がそんなこと許した!」
「隼斗、お前が家を守ろうと必死になっている姿は微笑ましいが……笑わせるな。これはビジネスなんだ。口出しするんじゃない」
「ビジネス? それがか!」
ここで、狸が舌打ちをする。
「お前がどんなに抵抗しても、無駄だ。抵抗できるだけの資格すらお前にはない。なぜならお前は、実の弟を、自らの意思で拒絶したのだから」
言葉が止まる。時間が止まる。
……そうか。そういうことだったのか。
自分の心臓を、止めてしまいたかった。
それが相手の思惑だろうと、自分を責めるほかなかった。
自分が郁人を拒絶した。その事実だけが、意味を持つ。
俺はまんまと、罠にハマッたのだ。
「……クソッ!」
……それでも。
『辛いことがあるなら、独りで抱え込まないで! あなたは独りじゃないんだよ!』
こんなとき、決まって聞こえてくる声に欠片でも勇気をもらう。
母はいない。弟は自分が傷つけた。
父は、最初からいやしない。
なら、祖父母とこの家を守ることができるのは、自分しかいない。
足掻く力を。
「何とでも言いやがれ! この家で、俺の前で、お前らの好き勝手にはさせない!」
父という皮を被った狸が顔をしかめる。
その後ろで、男たちが面白そうにニヤつく。そのうちの1人が、進み出てきたとき。
パシッ! と甲高い音が鳴り響いた。正面だけを見据えていた俺への、背後からの不意打ち。
「……甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ」
聞こえてきた声は、ゆったりとした、艶のあるものではなかった。
けれどそこにいるのは、あの女。冷たい表情で、自分を一瞥する。
「アンタの居場所はここじゃないわ。来なさい」
「……っ!」
「来なさいって言ってんのよ! 聞こえないの!?」
もう一度、平手で頬を叩かれる。ヒューと、口笛が客間を通り抜けた。
「たくましい奥さんですなぁ」
「さゆり」
「どうせ用はないんでしょ。あたしの好きにしてもいいわよね」
「ああ」
腕を引っ張られ、まるで捕虜のように歩かされる。
ここに、自分の家族はもういない。
自分はこれからどうなるのか……考えるのはもういい。
己の情けなさと無力さを、嘆くだけなのだから……。




