【絶望へのいざない】①
……耳を塞ぎたい。目を覆ってしまいたい。
何かが軋む音。闇に散る鮮烈な赤。
たった1歩先で繰り広げられている光景は、まるで地獄絵図だった。
――……め、ろ……。
蚊の鳴くよりか細い声が、のど元からせり上がってくる。
――やめてくれ!!
「――――――ッ!!」
声にならない自らの悲鳴で飛び起きる。
額からは玉の汗。Tシャツが身体に貼り付き、気持ち悪い。指先は震え、動悸がする。
「夢……か……」
知らず知らずのうちに、布団の端を握り締めた。
「やっとお目覚めね。おはよう、隼斗くん」
閉ざされた扉の陰が揺らめく。
窓から射す不気味な赤い光を浴びて、女が姿を現す。
「来んな、変態」
「あらあら、うなされてたから心配になって来たのに。も~」
唇を尖らせた後、まんざらでもなさそうに口角を上げる。
「これでも本気で心配したのよ。あたし」
いつもとは違う言いっぷりに気を取られているうちに、それは起きた。
ヤツが目の前で笑みを消したと思ったら、グッと身体が引き寄せられた。
倒れ込んだ先は、化け猫の腕の中。
「あんまり無理しちゃダメよ?」
「……な!」
振り払おうとしたのに、なぜだろう、力が入らない。
「ほーら、こんなに弱ってるのに。生まれたばかりの雛鳥みたい」
――前言撤回。
腹の底から湧き上がってきた感情も手伝って、俺は化け猫を突き飛ばしていた。
本人はと言えば、あらら、なんて言いながらきょとんとしている。
「俺は弱ってなんかねぇ」
そう、弱くなんかなってない。
だから、誰の力も借りない。
これだけは、譲れない。
「今日も『お出かけ』するの?」
「邪魔するか」
「やだ、あたしもそこまで野暮じゃないわよ。だけど、そうねぇ……頑張ってる隼斗くんに、元気の出るモノをあげる」
……やけに機嫌のいい化け猫。
怪訝に思いながら、差し出されたものへ視線を落とし――愕然とする。
『城ヶ崎へ 突然ごめんね。今日の分のプリントです』
丁寧にまとめられた、大きさのバラバラなプリントの束。
表には、ちいさなメモに丸っこい字で一言。それが、何日分も。
『城ヶ崎へ 朝桐くんたちが心配してたよ。みんな寂しいみたい。早く元気な顔を見せてくれると嬉しいな!』
「……何だ、これは……」
「あら、わからない?」
わからないはずがない。これで思い当たらなかったら、自分をブッ飛ばしてるとこだ。
……だから、俺が聞いているのはそんなことじゃねぇ。
「なぜお前がこれを持っている!!」
「ふふ、お気に召したかしら?」
「ああそうだな。人のものを我が物顔で管理するテメェらの外道っぷりには、つくづく感服するぜ」
「管理っていうか、ちょっと預かってただけなんだけどなぁ……って隼斗くん? おーい!」
こうなってしまっては、居ても立ってもいられない。
「もう来んなつっただろうが、あの馬鹿……っ!」
外はまだ黄昏時。今からなら間に合うだろう。
「もぉ~、置いてきぼりはやーよ!」
「テメェ……いい加減にしろ。離せ」
「隼斗くーん、そんな怖い顔してたら、いい出会いがなくなっちゃうぞ? せっかく、オトモダチも新しい家族も心配してくれてたのに、もったいなーい」
「……待て。新しい家族……? どういうことだ」
「あら? 前に聞かなかったっけ? 郁人くんが、あなたと一緒に住みたいって言ってきてたのよね~。でも、隼斗くんはイヤみたいって返事しちゃった」
……耳を疑った。
何だって? そんなこと聞いてない。だってあのときは、何も……。
……そうか、これが本性か。
「……テメェ、ふざけやがって……!」
「きゃっ、怖―い!」
「待ちやが……!」
「――隼斗」




