【夕暮れの戦慄】③
地面を見つめて歩いていた。
どこまでも続く道。果てしなく、終わりがない。
自分は今、何をするために歩いている? 何のために……。
「ふざけんな! 話が違うじゃないか!」
現実に引き戻された。見回すけれど、人の姿は見えない。だが聞き間違いではない。若い男の声だ。
「金髪の女を襲ったらそれでいいって話だっただろう! あの男と会わせろ!」
何の話だ。それに、この声……。
「ぐっ!!」
ドサッ……。
反射的に音のほうへ顔を向ける。見渡しのいい広い河川敷があって、人影を見つけたのだが……。
「……堀川っ!?」
間違いない、あれは堀川だ。呻き声を上げ、うずくまっている。
俺は飛び出した。緩い坂をつくった芝を下って、全速力で駆け寄る。
近づくにつれ、夕暮れに鈍く光るものがあらわになる。あれは…………血?
――頭の中が、真っ白になった。
「おいっ、堀川!!」
俺の呼びかけに、小さく反応する堀川。
苦しみに歪んだ表情が、やがて憤怒へと変貌する。
「来るんじゃねぇ! お前なんかに助けてもらいたくない!」
「何を……それにお前、さっき金髪の女がどうって……」
「ああそうだよ! 俺がやったよ! お前んとこの女を襲ったのは俺だよ!」
……ウソだ、そんな。
「堀川、何で!」
「お前のせいだ! ぽっと出の庶民のクセに出しゃばりやがって! お前のせいで、俺は父さんに…………」
――ガツッ、と重たい音がした。
堀川は驚愕で固まったまま、ドサリ、と崩れ落ちる。
「クソうるせぇガキが。余計なことまでしゃべりやがって」
我に返る。見たことのない男が自分をまじまじと覗き込んでいた。
「お前、何者だ……!」
「このガキの知り合いのようだが……坊主こそ、コイツに何の用だ?」
唇を噛み締める。拳が震えている。
コイツが誰かなんて、薄々わかっていた。
「お前もか!? お前も、暴行事件に関わってるのか!?」
「坊主……知ったような口ぶりだな。何を知っている?」
「……何っ?」
「どこまで知っている?」
にじり寄られた分、後退する。
「バレたら厄介だな」
胸倉を掴まれるのを、強引に上を向かされるまで気づけなかった。
「……う、く……ぁっ!」
息ができない。抵抗できない。
鉛のまぶたをこじ開けて見たものは、曇天のような、濁った目。不気味にギラつく目だった。
「――郁人くんっ!!」
……声が、した。誰かが駆け寄ってくる音も。
俺は朦朧とする意識で顔をずらす。
「ちょっとあなた、郁人くんに何てことしてるんですかっ!」
目を見開く。
近づくふたつの影。
そのうちのひとつ。夕暮れの光に煌いた金髪。波を打つような長い髪。
男とは正反対の、澄み切った空のような瞳で自分を見る少女は。
「セ……ラ……」
強張った身体の力が、抜ける。
「郁人? このガキ、霧島郁人か。コイツを痛めつけると面倒なことになるな。……仕方ねぇ」
ふっと、首を絞めていたものが外れる。
「郁人くんっ!?」
セラに支えられながら、見た。自分たちには目もくれず、立ち去る男の姿を。
「郁人くん! しっかり!」
「……俺はいい、から、堀川の手当てを……」
「えっ」
セラが辺りを見回し、ややあって倒れている堀川を見つけた。
「彼? ……やだ、すごい怪我じゃない!」
「息はあるみたいだけど……意識がない。危険だね」
堀川の呼吸を確認した若葉が、携帯を取り出す。
「八神さんに連絡をするから、もう少しの辛抱だよ」
「大丈夫、私たちがついてるわ!」
俺は薄く笑い返した。
セラたちが来て、ホッとしたのは確かだけれど。
……安心しきれないなんて、言えない。




