【2年A組土屋先生】①
朝の会議室に、怒号が響き渡る。
「一体どういうおつもりなのですか!」
「寺元先生、少しお声が大きいかと……」
見かねた隣席の女性教諭がなだめるが、怒号の主は一向に引き下がろうとしない。
「我が光涼高校は生徒自治の自由な活動を認めてきましたが、それは生徒個人の責任感があって初めて成立するものです。
しかし、ふたを開けてみれば不良生徒がはびこっている。この状況をどうお考えか、ぜひあなたの見解を伺いたいものですね、土屋先生」
厳しい視線が机の一角の人物を捉える。そこに座っていたのは、寺元とは対照的な、清閑な男性教諭だった。
「……なぜ私に?」
低い声が返ってくる。といっても不機嫌などではなく、もともとの声質である。
「決まっているでしょう。あなたの担当学級に該当生徒がいるからです」
「さぁ。私には何のことかわかりませんが」
「何を仰います! ただでさえ不良生徒の多い2年部で、彼らの頂点となる問題児がいるではありませんか!」
「それは、紅林瀬良のことですか?」
「ほかに誰がいると言うんですっ!」
周囲の教員が固唾を呑んで見守る険悪な空気の中、土屋はしかし眉ひとつ動かさない。
「寺元先生の仰るような生徒は、私のクラスにはおりません」
「竹刀を振り回すことのどこが一般生徒なのですか」
「紅林は剣道部ですが」
「それはわかっています。私が問題にしているのは、最近は特に同じ剣道部の不良生徒たちと結託しているということで……!」
「単に仲がいいというだけでしょう。生徒の交友関係に私たちが口出しすべきではないのでは?」
「……編入生徒を連日連れ回しているようですし、先日あったという校内でのボヤ騒ぎも、紅林が絡んでいるという話が……」
「あ、それ私です」
「……は?」
「実験中に小規模単位の爆発を起こしまして。会議中に謝罪させていただいたのですが、はて、出張でいらっしゃらなかった寺元先生には、連絡が行っていない?」
「……何やってんですかあなたはーっ!」
「いやはや申し訳ない。少々慣れない薬品の配合でして。ですが無事成功しましたので、ご心配には及びませんよ」
持ち前の超低音で「はっはっは」と笑い声を上げる土屋。
寡黙で表情変化が非常に乏しいため、厳格だと思われがち、寺元も今の今まで忘れていたが、この化学教師はもともと能天気であった。
「しかし寺元先生、すべてを紅林のせいにするのはいただけませんな。それは生徒第一である我々教師の信念にそぐわないでしょう」
「……ですが!」
寺元の言葉をチャイムが遮る。これ好機とばかりに、進行を務める教頭が口を開いた。
「それではここまでにしましょう。会議で報告された注意事項については、各クラスで連絡してください」
直後、寺元が苦虫を噛み潰したような顔をしたことを、その場にいた誰もが目撃し、受け流した。
「……面倒なことになったな。一応、呼んだほうがいいか」
しかし土屋が独りごちったことは、本人以外に知る者はなかった。