【安息の中の不穏】②
若葉が出て行ってから、30分くらいしてからだろうか、玄関のブザーが鳴った。
「はい……」
「セラちゃん、久しぶり!」
玄関を開けた俺をスル―して入ってきたのは、黒髪の女性。
「聡ちゃんから聞いたわ。怖かったでしょーっ! 私がいるから大丈夫よっ!」
「……わ、都おばさん」
俺は、セラに突進した女性を見やった。
高校生の子持ちのはずなのだが、ともすれば20代にも見えなくもない若々しさ。あり得ない。
……まぁ、あの若葉の母なのだから、何でもありか。
「あの……」
恐る恐る声をかけてみると、女性――都さんは初めて気がついたように俺を振り返った。
「あら? ごめんなさい、私ったらつい暴走しちゃって。あなたが郁人くん?」
「ええ、まあ」
「そう。今日は頼りにしてるわね。さあ、お夕飯にしましょうか。セラちゃん、キッチン借りるわね」
「あ……はい」
勢いに圧されてセラが頷く。それを確認したときの満面の笑みといったら、アイツとそっくりだなぁなんてことを考える。
「美味しいものを食べて、元気出してね!」
☆ ★ ☆ ★
それから、どのくらい経っただろうか。
夕食と入浴を済ませ、都さんと話しているうちに、セラは眠ってしまったようだ。
ソファの背にもたれて、すーすーと寝息を立てている。だがその寝顔は、安らかと言うには少しやつれていて……。
「自覚はないみたいだけど、精神的にかなりダメージを受けていたのね。かわいそうに。……よいしょ、っと」
都さんがセラを横たわらせようとしたので、すかさず手を貸す。
「俺がやります。ここじゃ風邪を引くし、部屋で寝かせたほうがいいでしょ」
「あらそう? 頼りになるわねー」
「……一応、男ですからね」
子供の頃、兄に「チビ」だの「女顔」だの言われ……その名残がいまだに改善されていないとしても、俺だって、女の子1人抱える力ぐらいある。
「…………」
セラを起こさないよう、静かに抱き上げる。
悔しいことに背はこいつのほうが少し高いようだが……こいつのほうが、とても軽いようだ。
なぜか顔が熱くなる。ギクシャクする足取りで部屋まで運び、ベッドに寝かせ任務完了。
ふー、と額の汗を拭いたと同時に、都さんが満足げに頷いた。
「お疲れさま。それじゃあ、私も寝るからー」
おやすみー、と笑顔で手を振られ、頷き返しそうになって……。
「――はい!? 寝るって……ここでですか!?」
動揺してセラを見てしまったのがいけなかった。
「可愛いからって、襲っちゃダメよ?」
「っ! 襲いませんっ!」
「あらそう? 聡ちゃんなんか、いつも大変だってボヤいてるけどね。お年頃ねぇ」
――そんなプチ情報いらない。
「私だってセラちゃんが心配なの! 郁人くんもこんな可愛い子と添い寝したいだろうけど、そこは男の理性でグッと我慢よ!」
「……いや、別に添い寝したいとかないんですけど……」
「ふふ、これからここは花の園よ。殿方はご遠慮なさって?」
……聞いてない。
なぜかこう、納得できないものが胸につっかえていたのだが……プルルル、と電話の音がしたので、肩を落として踵を返した。
「……俺が出ます」
「よろしくねー!」
結局言い募ることは諦め、トボトボとリビングに向かうのだった。




