【きっと大丈夫】②
明かりはついているものの、リビングで動くものはない。
「ただいまー……郁人くん?」
返事がない。テレビに集中しているのだろうか。
「郁人くん!」
もう一度呼ぶと、ビクッと肩を震わせ、ひどく驚いた様子で振り向いた。
「あ……セラ、早かった、な」
「…………」
「何だよ、俺の顔なんかついてる?」
「郁人くん、また無理してるでしょう?」
「してないって」
「じゃあ、どうしてぼんやりしてるのかな?」
「は? 俺のどこがぼんやり……」
「貸してっ!」
「うわっ!?」
郁人くんからテレビのリモコンを奪い取り、電源を切った。
「アンタ、いきなり何を……」
「1.『下町湯めぐり温泉旅』!」
「……は?」
「2.『魔法少女リリの大冒険』! 3.学園純愛ドラマ『多分君に恋してる』! さて、現在放送中の番組は!?」
「……はぁ、くだらない」
「答えられないの?」
「……っ、セラ……!」
「答えられないんだ。へぇーそう」
「~~~~~~っ!!」
バンッ! と勢いよく机をひっぱたき、郁人くんが立ち上がる。
「答えは、1だっ!」
「郁人くん……!」
緊張の一瞬、そして。
「……残念! 正解は4.『イブニングニュース』でした! この時間帯はどこの局もニュースだよー……あれ?」
「アンタなぁ! ふざけてんのか! そんなの選択肢になかったぞ!」
「全然おかしくないよ。だって私『この3つのうちのどれでしょう』とか一言も言ってないし。
それに、たとえ引っかけでもちゃんとテレビ観てたら答えられる問題でしょ?」
「……っ!」
真っ赤な顔をふいと逸らし、郁人くんは無言でソファに座った。
私は鞄を置いて、その隣に腰かける。
「郁人くん」
「どうせ腰抜けだよ。叩き出すはずの兄貴のことでメソメソ帰ってきたなんてな。笑いたければ笑えよ。カッコ悪いだろ。こんなの……」
沈んだ声に胸がズキンと痛んだ。でも。
「笑ったりするもんですか!」
「……な」
「私は、郁人くんが誰かに心配をかけるのを嫌がってるの知ってるもの!
『心配だよ』って言うとダメだから、絶対心の中にしまっておこうと思ってたんだから!」
「……言ってるけど」
「郁人くんが変な意地張るから、言わなきゃいけなくなったの!」
「……いくらでも意地張るよ。セラに心配かけないためだったら」
「え……?」
「……セラは、おふくろに似てる。落ち込んでるヤツを見過ごしたりしない。そいつのためだったら何でもするだろ。
だから……怖いんだよ。俺たちのせいで、大変な目に遭ったらどうしようって……」
堰を切ったように溢れ出る声は、今に泣きそうなほど震えている。
「平気よ。私は大丈夫」
「なんにもわかってないヤツほど、そうやって簡単に大丈夫とか言うんだ!」
声を荒げた郁人くんは、力なくうなだれる。
「……俺は弱い。アンタを守ってやることができない。だから、少しでも危険事に頭を突っ込んでほしくない」
「郁人くん、私を守ってくれようとしたの?」
「……笑えるだろ。若葉の足下にも及ばないクセに」
「あのね、若葉くんと比べることのほうが間違ってると思うの」
「そうだよな……俺じゃ話にならないよな」
「そうじゃなくて。聞いて、郁人くん」
私は丸くなった郁人くんの背に手を添え、横顔を覗き込んだ。
「人には向き不向きがあって、若葉くんは運動が超得意、郁人くんは勉強が超得意でしょ?
私はどっちも人並みだけど、何かに秀でてるってすごいことよ。だから、自分のできることをすればいいんじゃないかな」
「頭で、どう解決するんだよ」
「私が知ってる郁人くんのもうひとつズバ抜けてるところ、教えてあげよっか。
郁人くんはね、人が好きなんだよ。大好きなんだよ」
「……人が、好き?」
「誰かに心配されることを嫌がるって、その人に心配させたくない、その人が好きってことでしょ?
その人に笑っててほしいから、辛いことも我慢するんだよ。私もそうだったから」
悲しい顔をしてほしくないから、無理にでも笑う。それがいい方法なんだって思ってた。
だけどそんな私に、若葉くんは怒った。
「とまあ、長々と並べ立てちゃったけど、私が言いたかったのは『一緒に頑張ろう』ってことだよ。郁人くんを心配するよりも先にね」
「セラ……」
「落ち込んでしまうのはしょうがないけど、ずっと下向いてたら、つまんないよ?」
偉そうな口かもしれない。
だけど、彼より1年は多く生きている人間として、これだけは言わせてもらいます。
「きっと大丈夫。これは私の口グセだから、何を言ってもなかなか直らないからね?」
気休めの一言でも、何も根拠がなくてもいい。
郁人くんがちいさく笑ってくれたから、それで。




