【ニュー・ファミリー?】②
声のしたほうを見ると、校門のそばに少年の姿を見つける。
「い、郁人くん! どうしてこんなところにいるの!」
私が声を上げると、少年――郁人くんはかったるそうに歩み寄ってきた。
「俺がここに来ちゃいけないわけ?」
「そういうことじゃないけど……」
「迎えに来た。帰るよ、セラ」
ポカンとする私の隣で、若葉くんがすっと瞳を細めた。
「それは一体、どういうこと……?」
若葉くんが厳しい面持ちで郁人くんに詰め寄ろうとしたまさにそのとき、突然鞄から振動が。
反射的にスマホを引っ掴んで取り出し、通話ボタンをタップする。
《ナマステー、セラ!》
「もしもしお父さん今何してるの! 何度も電話かけたんだけど!」
《悪いっ、ガンジス川にスマホ落としちゃって~》
ああもう、何やってんのかしらこの人は……!
「いや、この際それはいいとして、どういうことなのか説明してもらいましょうか!」
《あ、郁人ちゃんと家に着いたのか。いやぁ、よかったよかった》
答えになってない。この人には日本語が通じないのだろうか?
ここで、若葉くんが合図をしてきた。スマホを貸してほしいとのことだった。
「賢聖さん、ご無沙汰してます」
《ん? そういうお前は……まさか聡士!? なんだ帰ってきてたのか!》
スマホを渡したけど、お父さん、声大きい……丸聞こえ。
「ええ。それより、僕も説明をしてもらいたいです。彼は何者なんですか?」
《何者って、ごく普通の高校生だけど》
「高校生、ですか?」
《そうそう、高校1年生》
「年下? じゃあ私、年下の子にタメ口はおろか呼び捨てされてたの?」
「そんなに驚くことか。年下にナメられる典型タイプじゃん、アンタ」
「開き直られた!?」
「……賢聖さん、それじゃあ答えになっていません。僕はこの無礼で常識知らずで生意気な小僧は、一体どこの馬の骨かと聞いたんです」
白熱した気温も、ドスのきいた声が響いただけで2、3度降下する。電話の向こうでわざとらしい咳払いが聞こえた。
《まぁアレだな。色々あってちょっくら面倒見なきゃいけなくなって……》
「だからその『色々』の部分を言いなさいって言ってるの!」
《セ、セラ、母さんみたくなっとる。落ち着くんだ。
……スマホは川ん中だし、こっちも突然だったから。詳しいことは速達で送った手紙に書いてあるはずだ》
「それらしきものは影も形もございませんが!」
《なら、宅配業者がシンガポールらへんで海賊に襲われたのかも……》
「そんな映画みたいなことがあるかッ!」
《ゴ、ゴホン。とにかくだな、郁人は事情があって、しばらくウチで預かることになった》
「しばらくって、どのくらい?」
《それはアイツ次第といいますか》
「そんな! じゃあ郁人くんが都合つくまで、私たち2人きりってこと?」
《ん? まぁ……そういうことダネ☆》
「ダネ☆ じゃないわよーっ!」
《平気平気。郁人はしっかり者だから》
……つくづくこの人は……年頃の娘を持つ父親としてあるまじき言動を!
「心配すんなよ。アンタみたいな女、好みじゃねぇから」
こっちはこっちで失礼なこと言ってるし!
「じゃあ、どうして迎えに来たの?」
「これから日が短くなるっていうのに、アンタ抜けてるから。宿代だとでも思ってれば?」
《ええと、納得? じゃあこれから仲良く……》
「できると思いますか、この状況で」
若葉くんに容赦なく指摘され、上ずった声が聞こえてくる。
《アッ! やべ、もうこんな時間? オレ、今からタ―ジ・マハル付近で有名なチャイの店に行かなきゃならんのでな! 悪いがここら辺で! じゃっ!》
「え、ちょっとお父さ――」
プーッ、プーッ、プーッ。
しんと静まり返った校門前に、むなしい音だけが響く。
通話を切り、無言で差し出してくる若葉くんからそれを受け取って、ため息。
「……帰ってきたら覚えてなさい」
こうして、長い長い奇妙な共同生活は幕を開けたのだった。