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【終わらない謎かけ】③

 

 隼斗くんには、その気があったらここに来るよう言ってあるから。


 待ってても来ないようだったら、暗くならないうちに帰りなさい――




 おじいさんからの言付けを伝えたさゆりさんは、城ヶ崎の部屋に程近いという一室に私たちを通し、仕事へ出掛けて行った。




「来るかな……城ヶ崎」



「来るよ。来なかったら、今度会ったときに食い殺す」



「あはは……ごめん若葉くん、それ笑えなかった」




 それっきり黙ってしまうと、和室はしんと静まり返る。


 落ち着かない私はキョロキョロと辺りを見回し……




「ん?」




 視界に飛び込んできたものへ、いけないとはわかっていながらも手を伸ばす。




「……若葉くん、これ!」



「うん、写真? これは……郁人くん? ……いや、違うな」




 大学生くらいだろうか。学校で撮られた、友人間の何気ない1枚のようだ。


 中央に、郁人くんとよく似た栗毛の人がいたんだけど、周りの男性に比べて華奢な身体つきや柔和な顔立ちが、その人を女性だと示してくれた。




「もしかして、この人が彩子さん?」




 周囲に視線を配り、ほかにもたくさんの写真が飾られていたことに気づく。


 ある写真を裏返すと、黄ばんだふちに几帳面な字でこう書いてあった。




『彩子 16歳』




 思い出の多さを表す写真の数。



 古かったり、新しかったり。


 赤ちゃんだったり、学生だったり。



 会ったことのない私でも、彼女がとても優しく笑う人だったってことがわかる。


 会ったことがなくても、この人がもうここにはいないんだって思うと、胸が痛む。



 ……だったら、城ヶ崎も郁人くんも、悲しみはこんなものじゃなかったはず。




「すごい量だね。でもおかしいな。こんなにたくさん写真があるのに、城ヶ崎や郁人くんと映ったものが1枚もないなんて」



「……若葉くん、ちょっといいかな。実は、前々から気になっていることがあるの」




 若葉くんは手にしていた写真を置いて、私と視線を合わせる。




「郁人くんから聞いたんだけど、霧島――彩子さんの実家は資産家で、旦那さんの宗雄さんは婿入りしたらしいの」



「確かに、表札も霧島だったね」



「でも、彩子さんと宗雄さんは離婚していないそうよ」



「……どういうこと? 日本は夫婦同姓が原則でしょ。普通に考えれば宗雄さんが霧島姓に変わるはずじゃない?」



「私もずっと考えていたの。一家の大黒柱だもの、仕事上通称として旧姓を名乗ってるのかなって考えたんだけど、違うみたい」



「宗雄さんが今も城ヶ崎姓のままだって?」



「ええ。現に城ヶ崎はお父さんの姓を名乗っているわ。戸籍上はまだ有効なのかも」



「待って。城ヶ崎と郁人くんの苗字が違うっていう理由になっても、それは法的にあり得ない」



「そう考えると、今まで考えたことは全部説明がつかなくなってしまったの」



「じゃあどうして……」




 難しい表情で考え込んだ若葉くんは、ハッとしたように顔を上げる。




「まさか……事実婚?」



「私もその線が一番怪しいと思ったわ。別姓でも法的に問題はないから。


 だけどわざわざそんなことをする理由が疑問なの。だって籍を入れてないんだよ。親権は大きな問題になるはずでしょう?」



「相続権か……こんなに立派な家なら尚更だ。どっちにしろ、わからないことがありすぎるね」




 一番腑に落ちないのは、宗雄さんの行動。


 彩子さんが亡くなって間もない今、どうしてさゆりさんと再婚しようとしているのか。


 そもそも、宗雄さんはどうして一度家を出て行ったのか……。




「――何しに来た」




 意識を引き戻す低い声。


 敷居を隔てた向こう側に、彼が来てくれていた。




「城ヶ崎! どうしても謝りたくて来たの。私、あなたの気持ちを考えずにひどいこと言っちゃった……ごめんなさい!」




 突然頭を下げた私に、城ヶ崎はわずかだが戸惑っている様子だった。




「あなたの悲しみを完全にわかってあげられないかもしれない……でも! 力になりたいの!」



「……つい最近まで郁人郁人と言っていたヤツが、今さら何を」



「友達だから!」



「っ!」



「お父さんに言われたからとか、あなたたちが可哀想だからじゃない。本当に大切だと思うから、力になりたいの!」




 黙り込んだ城ヶ崎は、どこかやつれている……。




「帰れ」



「城ヶ崎っ!」




 元気づけたい。励ましたい。その一心で声を上げようとした。


 だけど見てしまった。城ヶ崎の、苦しみに歪んだ顔を。




「帰れ。……帰ってくれ」




 視線は伏せ気味、声は絞り出すか細さ。



 彼は心の中で叫んでる。「寂しい。助けて」と。



 だから私は、もう聞き逃さない。




「辛いことがあるなら抱え込まないで。あなたは独りじゃないんだよ。


 郁人くんだけじゃない。私や、若葉くんや、朝桐くんたちだっているの。あなただけが頑張ろうとしないで!」




 本当に辛い人ほど、言葉で助けを求められないと私は知っているから、見過ごしたくない。



 城ヶ崎が背を向ける。振り返ろうとはしない……が。




「……俺には、俺たちには、家族なんていない」



「え?」



「いないんだ。……もうここには来るな」




 それはどういうことなのか? 訊ねる前に、城ヶ崎は薄暗い廊下の向こうへ姿を消す。


 もどかしさは募る一方だけど、何か大切なことを教えてくれたと、私はこのとき感じた。

 

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