【頼って】③
真昼の風が、建物の陰にいる僕らを心地よく撫でる。
とりあえず昼食を促し、それも終えてしばらく後。よっぽど疲れていたのか、彼女はあっという間に寝入ってしまった。
肩には適度な重みがかかり、安らかな寝息が耳元で聞こえる。僕の隣を安らげる場所だと思ってくれたことが、嬉しかった。
「こんなに無防備な顔をして眠るなんて。……満月の夜だったら、危険だったな」
彼女の頬を撫でる。撫でるほどに、愛しい気持ちが溢れ出す。
遂に耐えきれなくなり、壁を背に座るようにして眠る彼女に覆いかぶさった。行儀よく膝の上で重ねられたちいさな手に自分のそれも重ねて……。
影がひとつになる。周りには太陽以外ない。
彼女が一度身じろいだ。しかし目を覚ます様子はない。
このまま終わってしまうのが惜しくて、もう一度だけ、と再度目をつむる。
ふわり、と甘い香り。柔らかな髪が僕の顔の横をさらりと滑り落ちる。
彼女の体温を、触れた唇から感じた。熱い。この感覚が愛おしい。
――僕と太陽だけが知っている秘め事。
季夏の日差しの下、誰よりも愛おしい少女の額に、精一杯の理性をぶち込んで唇を添えた。
寝込みの少女の唇を奪うなど邪道な真似はするものか。
そんなことはしなくたっていい。待てば望みはあるのだ。だから待つ。
そのときはきっと、今よりもっと互いが愛おしくなるはずなのだから。
「……瀬良」
伝えよう。彼女の、その心に。
「何があっても、守ってみせるから」
僕の言葉に応えるかのように、彼女がもう一度身じろいで、微笑んだ。
☆ ★ ☆ ★
「隼斗、帰っていたのなら声をかけたらどうなんだ?」
問いには答えない。無駄だと思うから、余計な労力消費は避ける。
ただでさえ、今は話しかけられることが苦で仕方ない。
「ねーえ、宗雄さん、そっとしておいたほうがいいんじゃなあい? オトモダチとケンカしたみたいよ」
「本当か? さゆり」
「本当よぉ。それよりも、明日は大事な学会があるんでしょー?」
「うーむ。そうだな」
やがて、人影が消える気配がした。だが1人分だけだ。
「……何の用だ」
「あら? よそ見してるのによくわかったわね。うふふ、やっと2人っきりで話ができるわ♪」
嬉しーなー! と舞い上がる女に向き直り、一言だけくれてやる。
「下手な小芝居だな」
つと、化け猫が動きを止めた。
じっとこちらを見つめてきた後、艶やかな唇が弓なりに曲がる。
「何のことかしら?」




