【ニュー・ファミリー?】①
今日は部活もなく、ホームルーム後は速やかに下校するのみ。そんなわけで、渡り廊下にて人待ちをしている最中です。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「ううん、お疲れさま、若葉くん!」
向こうから駆けてきたのは、黒フレームの眼鏡をかけた、黒い艶髪の男の子。一見普通に見える彼は、ある特殊な体質の持ち主。
「先生から体育館倉庫の整理を頼まれてたんだっけ」
「うん。授業に出ないんだからそれくらいはしないとね」
若葉くんは、生来ひとつしかないはずのDNAをふたつ持って生まれた。
そんな彼の瞳は、光の反射角度によって色が変化する。これはふたつめのDNAが視神経に存在するため起こるのだそうだ。
こうした特異体質が悪目立ちすることがないのは、光を調節する特殊加工がされた眼鏡のおかげ。
とはいえ、もし眼鏡が外れてしまったら――という事態を考慮して、体育の授業を自粛しているのが現状だ。
「目が悪いわけじゃないのに、不便じゃない?」
「否定はできないな。でも、ずいぶん助けられてもいるんだよ。この眼鏡には、視力を落とす加工もされているんだ」
「視力を落とす? そう言えば、普通の人より目がよかったよね……」
「眼鏡をしていないときは、ビルの3階から地面に広げた新聞が読めるって言ったら、イメージつく?」
「そんなにいいの!?」
「ははっ……よく見えるっていうことは、それだけたくさんの情報が視覚を通して得られるってことなんだ。
色や形、動物なら動作とか。僕の場合、情報量が多すぎて処理能力が追いつかないことがある。
だからわざと視力を落として、脳への負担を軽減してるんだよ」
「なるほど……」
納得する一方で、腑に落ちない気持ちを拭えなかった。
脳裏をよぎるのは、漆黒と琥珀の光の下、一度だけ目にすることができた華麗な太刀さばき。
「……ねぇ、若葉くんが部活をしないのは、体質のせい?」
若葉くんは、どこか人を避けているきらいがあった。
満月を見て狼が哮り立つように、狼のそれと同じように組み替わった遺伝子を持つ彼も気が昂る。
そうやって理性を失ったとき、誰かを傷つけるのではないかと恐れていたから。
でも、彼がひどいことなんて絶対にしないことを私は知っている。若葉くんは、優しい狼さんなんだから。
「困ったことがあったら、遠慮なく話してね?」
「君は鈍いようで、鋭いんだから……」
見上げる私を安心させるように、若葉くんは微笑んだ。
「大丈夫。切羽詰まって悩むほど我慢してないよ。家に帰ったらちゃんと稽古をつけてもらってる」
「え、家で?」
「僕の師範、父さんなんだよ。仕事のない日は相手をしてくれるんだ。
心配してくれてありがとう。僕だって今まで積み上げてきたものを台無しにしたくないし、部活に入っていなくても腕は磨いてるから」
やりたいことを我慢してるんじゃないか?
私の心配事なんて、若葉くんにはあっさり見透かされてしまう。
「……そっか。いいなぁ、お父さんと仲よしで」
「そうでもないよ。あの人どこか飛んでるし、口うるさいし。
それを言うならセラちゃんはお母さんと仲いいよね。愛梨さん元気にして……セラちゃん?」
「う……その……お母さん、今いないんだよねぇ……」
「え」
たった一言で察してくれたのか、若葉くんの表情が一気に青ざめる。
「ということは、 またやっちゃったんだね……賢聖さん」
「そうなの。また仕事場で女の子口説いて。本人は真っ向から否定してるんだけど、お母さん激怒して国に帰っちゃった。今回は長丁場みたい……」
我が紅林家ではおなじみの光景。だけどもれなく巻き込まれる娘の身にもなってほしい。
「じゃあ、今はセラちゃんと賢聖さんの2人なんだ?」
「それが、お父さんもいないの」
「いない? あの『娘命!』の賢聖さんがセラちゃんを置いて一体どこに!?」
「インドに。ある日突然『世界各国の紅茶を買いに行くんだ!』って宣言して、そのまま飛行機で飛んでっちゃった。お母さんのご機嫌取りのつもりなのかな」
「それはまぁ、何というか、寂しいね」
「寂しい……? そんなことあるわけないわ!
いつもみたいにお母さんを怒らせるだけなら千歩譲って許せるけど、出て行った後もトラブル残して行くなんて……!」
「はた迷惑なトラブルで悪かったね」