【優しい笑顔】②
やわらかい布の感触がした。心地よい香りがした。
目映い光が、まぶたを一気に持ち上げる。
「目が覚めたかい?」
顔をずらすと、よく見知った顔が朗らかに笑みをたたえていた。
「……タダ先生?」
「まだ起きたら駄目だよ。お願いだから無茶だけはしないでくれ」
額に触れたのは濡れたタオル。それを載せられるときに一緒に頭を撫でられた。
その仕草が久しぶりで、やけに気持ちよくて、ホッとする。
「……1人? まだ無償治療やってんの、タダ先生」
「今日は看護師さんがお休みなだけだよ。あいにくだけど、うちは結構儲かってるよ。毎日帰宅したら豪華なディナーさ」
「うん……金色に輝く卵かけご飯ね」
先生はさらに笑みを深めた。俺が子供の頃から尊敬している八神真之は、こういう人だ。
「俺、どうしてここに……」
「高熱を出して倒れたんだ。セラさんたちが君を心配していたよ」
「……セラが」
オウム返しのように復唱して思い出す。アイツに嫌な姿を見せた。せっかく心配してくれてたのに。
「……彩子さんのことを、聞いたよ」
「――っ!」
とっさに起き上がろうとするのを、慣れた手つきで阻まれてしまう。
やわらかく笑っているけれど、それがこの人の本心かどうなのかは別問題だった。
悲しんでいないわけがない。母とも兄とも仲が良く、誰よりも親身になってくれていたから。
「君は、独りではないよ。セラさんにも言われたんだろう? それが当たり前だ。独りでないのが普通なんだよ」
……この人は、いつもこうやって悩んでるこっちがバカみたいに笑いかけてくる。
そういうところが、母とそっくりだった。理由もなくにこにこしている2人を並べたら瓜ふたつだ。
だから、こんなにも打ち解けられたのかもしれない。
「さてと……まずは風邪を治すこと。次に何をするかはそれからだよ。いいね?」
普段は超がつくほど優しいけれど、こうやって患者に言い聞かせるときの先生が頑固なことは、経験上承知済みだった。
「……うん」
素直に頷き、病室を出て行く先生を視線で見送った。




