【優しい笑顔】①
日の出前の早朝、寝室に着信音が鳴り響く。
《ボンソワール! 元気かセラ! 今はフランスにいるんだ。もう少しで帰れるからな!》
「……おはようお父さん。そのわりには日本から遠ざかってるけどね」
《何その冷静なツッコミ……っつーかおはようって、今そっち何時?》
「4時だよ。朝の」
《なんと! こっちは夜8時だぞ! テンションが最高潮に達するその勢いでかけてしまった!
すまんセラ、起こすつもりじゃなかったんだ。怒らないでくれ~》
「……いいよ。どうせ起きてたし」
急激な温度差に気づいたお父さんは、恐る恐るといった感じで訊ねてくる。
《……何かあったのか?》
「あったよ。おかげで眠れなかった」
そう言ってしまうと何が? って質問されるのは目に見えてるから、昨日の出来事をお父さんに話した。
《……それは大変だったな。そうか、郁人はお前にちゃんと話したんだな。だったら、もう言ってもいいな》
ひとつ間を置いて、お父さんは口を開く。
《郁人が家出したのは、彩子さんとケンカしたからってのは聞いたな?》
「うん。郁人くん、すごく後悔してた……」
《本当に悲しいことをしたな。……あのなセラ、郁人が家を出て行く日、彩子さんはある男に、会いたいと手紙を書いたらしい》
「それって……」
《わかるか? 郁人たちの父親だよ。その手紙を郁人が偶然見つけてしまったんだ。
『あんなろくでなしに会って何になる』――そう言った郁人に、彩子さんが珍しく激怒したらしい。それがアイツの家出の原因だ》
散らばったパズルのピースが、ピタリとはまるようだった。
お互いを想い合う親子のちょっとしたすれ違いが、大きな悲劇を生んだ。
神様は、何てひどいことをするんだろう……。
《オレと郁人が会ったのは、仕事で日本を出た日――アイツが家出をする何週間か前のことだ》
「そんなに前から?」
《街でアイツが荒くれ者に絡まれてるところに居合わせたんだよ。
それから何度も目にするもんだから、説教垂れるつもりで問い詰めたら、家に居にくいって。
彩子さんの異変に薄々感づいてたんだろう。そっから色々と相談に乗るうちに……な》
私は、郁人くんが家に来た日のことを考えた。
『ウチに来い』
お父さんの言葉さえも、郁人くんには信じられなかったはず。
だけど行き場を失くし途方に暮れて、胡散臭い希望にすがるしかなくなる。
ただ――居場所を求めて。
《セラ、父さんからお願いがある》
いつになく真剣な父の声へ、静かに耳を傾ける。
《郁人を見ていると、昔のお前を思い出して辛くなる。幸い、お前は郁人と隼斗くん、両方と接点がある。だから2人の架け橋になってほしい》
拳を握り締める。
「わかったわ」
今まで人に守られていた。そんな私が誰かのためにできることがあるなら、私は行動しよう。
《……それでこそ、オレの自慢の娘だ》
誇らしげなお父さんの表情が、目に見えるようだった。




