【一転して、喜劇】②
(納得いかない……!)
屋上の入口上方にある、給水タンクの横。そこに座り込んで動かない。
頬をふくらませているわけは、若葉くんがお昼の約束に10分遅れて来たから……ではないと思う。
……若葉くんがみんなと打ち解けられますようにって望んでたのは私。だけど……。
「さっきから全然食べてないね。具合悪いの?」
「そういうことじゃない、けど……」
「けど?」
素顔を知った瞬間、今までのことは棚に上げ、目の色を変えて若葉くんを引き留める女子が、私には無責任に思えて仕方なかった。
若葉くんが優しくて、カッコよくて、頼りになるってこと、私はずーっと前から知ってたんだから……!
「……ははっ!」
「え、何? 何で笑うの?」
「僕の苦労も、やっと報われるのかなって思って」
「く、苦労??」
「声に出てたよ」
「……なななっ!!」
……いつもみたいに笑顔で見つめてくれてたら、どんなによかっただろう。
なのに、今日は若葉くんまで頬をほんのり朱に染めているから、心臓が飛び跳ねてしまうんだ。
「ねぇ、抱き締めてもいい?」
「どど、どさくさに紛れて何言い出すの!?」
「だってセラちゃんが今、すごく可愛いから」
「か……っ!?」
「そうやってスネてくれて、嬉しいんだよ。……ね、抱き締めたい」
そばで囁く声は、甘い。
強張る私の体温を確かめるように、頬にそっと触れる手。
「っ! ダメ!!」
私は、渾身の思いで彼の手を止める。
「セラちゃ――」
「それはダメよ!」
「……どうして?」
「聞いて若葉くん! 今のはダメなの! うまく言えないんだけど、今のじゃダメなの!」
これでもかというほどのダメ出し。とにかく全部! それを聞いて若葉くんが寂しそうな顔をしたけど、それもダメ!
「なんて言えばいいんだろう……私だけ受け止めるっていうのは、違う気がするんだ」
若葉くんの気持ちを受け止めて、優しくされるままじゃダメ。
「不公平だから、私もちゃんと返したい。若葉くんと対等になりたいの」
「……わかった」
嫌な思いをさせただろうか?
不安になって見上げた先には、優しげな笑みがあった。
「だったら君の気持ちが追いつくまで、僕は待ってる」
「いいの? いつになるかわからないんだよ?」
「大丈夫。待ってる時間……セラちゃんと過ごす時間も、きっと楽しいだろうから」
そうして人懐っこく笑う顔が、あの頃と重なる。
「…………聡、くん」
「うん? 何か言った?」
「あ……何でもない! それよりお弁当食べなきゃだね!」
箸を動かすふりをして、真っ赤な顔を隠した。
……彼を名前で呼ぶのは、もう10年ぶりになるだろうか。
若葉くんにとって、私の名前を呼ぶことは容易いことなのかもしれない。
だけど私は違った。ずいぶん変わってしまった彼を前にして、以前みたいに話せても内心気が気じゃない。名前を呼ぶことさえも、躊躇してしまう。
それは若葉くんだけじゃなく、私も変わったからなのかもしれないね。
☆ ★ ☆ ★
若葉くんと仲直りして迎えた放課後。
いや、別にケンカしてたわけじゃないけど、今までみたいな気まずさがなくなったからいいのだろう。
あれこれ考えていると郁人くんが校門にやって来た。彼は若葉くんを見るなり、大きく首をひねる。
「誰、コイツ」
……やっぱりそうなりますよねー。
「若葉くんだよ」
「え、マジ? コイツあの眼鏡? うっわ化けたなー」
「失礼な。コンタクトにしただけだよ」
「あっそう。それはそうと、なんでアンタまでここにいるの?」
「今日は一緒に帰ろうと思ったから」
「へぇ、好きにすれば」
素っ気ないわりには、突っぱねたりせず付き合ってくれる郁人くんに感謝。
若葉くんと郁人くん、2人に挟まれて家路を歩く。
……私たちの知らないところで、闇はもう、間近に迫っていた。