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【眼鏡の悲劇】①

 

 化学室に入ってすぐだ、なんとなく目にした試験管の口から煙が立ち込めていることに、身の危険を感じたのは。




「また実験してたの? 今度は学校燃やさないでね」



「これは線香だ」



「雅宏さんが本気出せば、線香もダイナマイトになるんじゃない?」



「……俺はテロリストか」




 非常にわかりにくいが、ふてくされたように唇を尖らせる。


 相変わらずなのがおかしくて、砕けた空気のまま居住まいを正した。




「それでは改めて。何のご用でしょうか、土屋先生?」



「よせ、堅苦しい」



「教師と生徒なんだから、一応」



「結構。お前もわかっているクセに言わせるな」



「はいはい」




 生返事をしながら手近な席に座る。雅宏さんは隣の椅子に僕と向かい合うようにして座った。




「最近、気になることはないか」



「あるよ。無性に調子がよくて。次の満月もよく晴れるみたいだねぇ」



「目の調子は」



「お察しの通り上々」



「次」




 眼鏡を外すと、雅宏さんは白衣の胸ポケットに差してあったペンライトで僕の目を調べる。




「…………経過は正常だ」




 その言葉で身体の緊張を解いた。


 かけ直した眼鏡のレンズ越しから、カルテらしきものにペンを走らせている雅宏さんの様子をうかがう。


 授業でなくとも白衣を手放さないものだから、はたから見ればまんま医者だ。




「……ねぇ、僕って毎月診てもらわなきゃいけないの?」



「元部下に頼まれてるんだ。大学に来ないなら、くれぐれも往診お願いしますってな」



「今度言っておいて。僕は何ともありませんって」



「……昔に比べると、ずいぶん丸くなったな」



「そう? 結構可愛い子供だったでしょ」



「よく言う。百戦錬磨のじじばばも真っ青だったぞ」



「仕方ないよ。環境が環境だったから」




 せっかく笑い飛ばしたのに、雅宏さんが柄にもなく悲しそうに眉尻を下げた。




「俺が担当する前の……あの若造のせいだな」



「雅宏さん、それはもういいって」



「だが、お前をあんな風にしてしまったのは俺たち大人のせいだ。……あんな実験、知っていれば絶対にさせなかった」



「雅宏さん」




 もどかしくなって、少しだけ声の調子を張る。




「人嫌いになった時期もあったけど、もう過ぎたことでしょ?」




 雅宏さんの言葉は、彼の言う大人たちの罪をすべて背負っているようだった。



 ――でも、それは違う。




「雅宏さんが全部背負うことはない。……守りたい人ができたんだ」



「……紅林か」




 核心を突かれ、苦笑した。


 教師がこんなことを訊くのはめったにないのだが、好奇心旺盛な元研究者の性か、それとも親心に似たものなのか……。




「彼女が人を好きだから、僕も好きになる。ただそれだけのことなんだよ」



「紅林第一主義だな」



「あれ、雅宏さんも僕第一主義じゃなかった?」



「…………」



「……何てね。僕のために徹夜で調査してくれたり、衝動を抑える方法を教えてくれたことはちゃんと覚えてるよ。ありがとう。親孝行はするよ」



「芳一には」



「しない」



「……泣くぞ、アイツ」



「知ったこっちゃありません。あんな馬鹿親」




 そう言ってまとめれば、雅宏さんも追及しようとはしなかった。


 立ち上がって試験管の置かれた教卓まで歩いて行く。ごそごそと探った後、何かを手に戻ってきた。




「今日の本題」




 プラスチックケースを手渡される。手の平サイズのそれはどう見ても……。




「……コンタクトケース?」



「お前、眼鏡だと体育ができないだろう。なら単位が取れず留年必至だ。俺のクラスからそんな面倒なヤツ出したくないからな。コレ使え」



「コレって、雅宏さんが?」



「そうだ。眼鏡と同じ性能の、特殊加工した俺特製コンタクトレンズだ。ついこの間できた」



「まさか、この間のボヤ騒ぎってコレを造ってて……」



「失礼な。ボヤじゃない、小規模爆発。コレのために校長から厳重注意を受けた。俺の命懸けの開発精神に感謝するんだな」



「ええっと、ありがとう?」




 せっかくの好意を無下にするのも忍びなく、とりあえずもらっておく。




「使うかどうかの判断はお前に任せる。だが使ったほうがお前のためになるだろう」



「え、なんで?」




 聞き返して後悔した。雅宏さんが僕の顔をじーっと覗き込んでいたからだ。


 こういうときの彼は、大抵よろしくないことを考えている。




「なぁ聡士、生命の神秘は、万物において最も尊ぶべきものだ。誰もが必ず美点を持って生まれてくると俺は考えている」



「うん……?」



「宝の持ち腐れほど無駄なものはない。――お前のその宝、有効に活用してみろ」




 いまいち意図が掴めず首を傾げる僕に、雅宏さんはニヤリと笑った。

 

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