【いざ、尋常に!】③
「……ねぇ、郁人くん」
視線で示すと、公園に入ってきたばかりの若い女の子たちと目が合った。
その直後彼女たちがしていたことといえば、私のほうを見て何やら耳打ちをしたり……奇妙な目で、見たり。
「――っ!」
弾かれたように振り向いた郁人くんの顔が、徐々に熱で赤に染まっていく。
そんな彼とは対照的に、私は実にのんきな声で……声を演じて、言った。
「実際目立つし、人がたくさんいる場所に来ると、珍しくないことなんだよ」
「そんなこと!」
「怒ってくれるの? 郁人くんは優しいね。私だって慣れないな。慣れちゃいけないんだけど。
……慣れてしまったら、何を言われても何とも思わないってことじゃない。それは、正しいことを注意できなくなるってこと」
「……わざわざ人目にさらすようなことをして、アンタは後悔しないのか」
「しないよ。だって私、どこもおかしいところなんてないもん」
「……だけど、どうせ人は外見しか見ないだろ。アンタが普通の女だとしても、外見だけで判断されるのに」
「そうだろうね。でも、それだけでもない」
「何……?」
爪先に、何かがコツンとぶつかった。
「あ! ボール!」
高い声が聞こえ、幼い女の子が駆け寄ってくる。
足元に転がっていたカラフルなボールを拾い、その子に差し出すと、母親と思われる女性が歩いて来て頭を下げた。
「ありがとうございます。ほら、みかちゃんもお姉ちゃんにありがとうって」
「うん! お姉ちゃん、ありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして。また元気に遊んでね」
「うんっ!」
手を振りながら歩き出す女の子を、笑顔で見送った。
「わかる? 郁人くん」
声をかけると、郁人くんが我に返ったように身じろぐ。
「最初は、誰だって外見で判断するよ。でもそれは、その人のことを知らないからなんだよ。
時間が経って、少しずつその人のことを知って、初めてその人と仲良くなれるの」
「人を、知る?」
「今の女の子とをお母さん、私たちがここに来たときもいたでしょ。そのときはさっきの女の子たちみたいな反応をしたの。
だけど私と郁人くんがキャッチボールしてるの見て、知ってくれたんだよ。どこにでもいるお姉ちゃんとお兄ちゃんなんだって」
郁人くんが大きく瞳を見開いた。驚き。ただそれだけに彼の瞳は染まる。
「郁人くん、私に聞いたよね。『裏切られるかもしれないのに、どうして人と関わることをやめないのか』って。
人の顔色をうかがう人もいるかもしれないけど、ずっとそのままなわけじゃない。
ちゃんと知ってもらえたらきっと仲良くなれるんだって、私は信じてるから。――これで、答えになる?」
嘲笑われないよう怯えて生活するんじゃない。一緒に笑い合うために1歩を踏み出すことが、大切なんだ。
「……お気楽だね。でも悪くないんじゃない。その考え方」
――肯定的な言葉を、初めて聞いた。
とっさに見た郁人くんの横顔は、ほんの少し、穏やかそうで……。
「なっ……ジロジロ見てんじゃねーよ!」
「え? あ、ごめんっ!」
「つーか俺、アンタのせいで疲れたんだからな! さっさと食って帰るぞ!」
顔を真っ赤にして不機嫌この上ない郁人くんを見るのは、なんか……初めてじゃないような……?
(……そんなわけないか。これまで会ったことないんだし)
だからたぶん、こんな風に怒られるのが彼と話してるときぐらいだったから、ちょっと頭をよぎったのかな、なんて考えた。