始
なんとなくね、もふもふに感化されてみたんだよ?
頭がガンガンする。体もギシギシする。
霞む視界に、虚ろな思考。
そして、また、闇に沈むー。
はっきりと目が覚めた時には、どこだかわからない木に囲まれた湖の前に倒れていた。
(うぅっ…、頭が割れる)
相変わらずガンガンする頭を抱えて蹲りながら、なんでこんな状況にあるのか考えるが、痛む頭では思考がまとまらない。
ガサガサと何かが近付いてくる音がするが、その音すら耳障りで頭に響く。
(あぁ…、もうどうにでもしてくれ)
ふわりとした浮遊感を味わうと、私の大好きな柑橘系の香りが鼻を擽る。
それから、頭を撫でられる感触がしたかと思えば、今までの頭痛が嘘のようにすぅーっと引いていった。
「…雌か」
目の前いっぱいに広がっているのは、艶のある白髪と真っ黒な瞳。スッキリとした顎のラインと高くて形のいい鼻梁。薄い唇は笑みなど浮かべたことなどないように引き結ばれて、少しつり目で男らしいカーブを描く眉が、そこにはあった。
「がふっ!?がふがふがふーーーっ!?!?」
今までお目にかかったことのないような美形のお出ましに、びっくりして声をあげれば、獣の声が耳に飛び込んでくる。
「がふぅーーーっ!?(なんでぇーーーっ!?)」
紛れもなく自分の声帯が震えている感じなのに、出ているそれはまるっきり獣の声。
美形を見つめながら、顎がガクンと下がりっぱなしになってしまう。
「…?大丈夫か?」
(だ、大丈夫なわけない!)
口を閉じることも忘れて、首を振れば美形は困った顔で唇に笑みを浮かべた。
「がふっ!(あうっ!)」
微笑みというか、苦笑なんだろうが、そのちょっとしたことで人間味が増し、フェロモンがそこら辺に振りまかれた気がした。
直視出来ずに両手で目を覆うと、ぷにっとした感触が瞼を刺激した。
(ぷにっ?)
私の両手は今までそんな感触だった覚えはない。
恐る恐る瞼から両手を離し、そっと目を開けると、可愛らしい肉球とご対面した。
「うがぁーーーーーーーっ!!!?(肉球ぅぅうううぅぅっ!!!?)」
目をこれでもかと開き、手から腕、そして抱え上げられている美形の腕の間から見た自分の体は、真っ黒な毛に覆われている。
「がぅぅうううーーーぅぅっ!?(なんでぇぇえええーーーぇぇっ!?)」
理解出来ない事態に意識がすぅーっと遠のき、視界が黒に塗りつぶされる直前、美形の驚愕した顔が目に入った。
(が、眼福…)
再び意識が闇に呑まれる前に思ったことは、そんな事だった。